第15話「再会カフェと、未払いの気持ち」
名古屋への異動から一か月。
東京本社には、再び湊の名前が出張予定表に載っていた。
その文字を見た瞬間、胸の奥がふっと温かくなった。
“来月、別件で上京します”――
あの手紙の言葉が現実になる日。
美咲はいつもより早く出勤して、
机の上を丁寧に整えた。
鏡の前で髪を直す自分に気づいて、
思わず苦笑する。
(仕事の日なのに、なんでこんなに緊張してるんだろう)
昼過ぎ。
オフィスに一ノ瀬湊が現れた。
スーツ姿は相変わらずで、
少しだけ日焼けした肌が健康的に見える。
その笑顔を見ただけで、
胸の中の“未処理データ”が一気に溢れ出した。
「久しぶり」
「おかえりなさい」
「出張ついでに顔出した」
「ついでなんですか」
「本当は、君がメイン」
その一言で、心臓のリズムが乱れた。
会議が終わった夕方。
湊からメッセージが届く。
件名:【コーヒー支払いに関する件】
本文:
約束の領収書、今からカフェで処理してもいい?
美咲は笑いながら返信を打った。
件名:【経理承認】
本文:
承認します。ただし、割り勘です。
会社近くの小さなカフェ。
夕暮れの光がガラス越しに差し込み、
テーブルの上に柔らかな影を落としていた。
「変わってないな」
「何がですか」
「ここ。君が前に連れてきてくれた店だろ」
「覚えてたんですか」
「忘れるわけない」
二人の間にコーヒーの香りが広がる。
湊は、スーツのポケットから一枚の紙を出した。
【領収書】
品名:桜井美咲との再会
金額:0円
但し:笑顔で完済済み
「また、これですか」
「俺の“未払い分”はまだ残ってる」
「何のですか」
「気持ちの支払い」
「……請求期限、もう切れてますよ」
「延長願い、出していい?」
「審査厳しいですよ」
「通るように頑張る」
コーヒーを飲む湊の横顔を見ながら、
胸の奥に静かに“甘い残業時間”が流れていく。
帰り際。
店の外に出ると、夜風が少し冷たかった。
信号待ちの間、湊が小さく呟く。
「名古屋、悪くないけどさ」
「はい」
「やっぱり東京が落ち着く」
「理由は」
「君がいるから」
美咲は言葉を失った。
何も言えず、ただ微笑んだ。
赤信号が青に変わる。
二人が並んで歩き出す足音が、
どこまでも静かに響いた。
“この気持ちはまだ未払い。
けれど、いつか必ず精算しよう。”
湊の心の中で、そんな言葉が繰り返されていた。




