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第14話「会えない夜の“領収書”」

湊が名古屋へ異動して、もう二か月が過ぎた。

朝の通勤電車、同じ車両に乗っていたはずの姿はなく、

オフィスの中もどこか広く感じる。


それでも、メールのやり取りは毎日のように続いていた。

仕事の報告、他愛もない雑談、

そして、時々こぼれる“本音”の言葉。


【件名:今日の経費報告】

東京が恋しい。

いや、桜井が恋しい。

これも出張費に入る?


そのメールを読むたびに、

笑って、そして少しだけ泣きそうになる。


ある夜。

終電間際のオフィスで、

美咲はひとり、経費精算の処理をしていた。


疲れた頭でパソコンを閉じた瞬間、

デスクの上に一通の封筒があることに気づいた。

差出人欄には、見慣れた字でこう書かれていた。


「名古屋支店 一ノ瀬湊」


驚いて封を開けると、

中には数枚の書類と、小さなメモが入っていた。


【名古屋支店経費明細】

交通費:〇〇円

宿泊費:〇〇円

恋しさ:上限なし


その下に、丁寧な筆跡で書かれた一文。


“経理処理ができない気持ちは、いつか会ったとき直接渡します。”


手が止まる。

胸の奥が熱くなった。


「……もう、ずるい」

思わず呟いた声が、静まり返った部屋に響いた。


翌日。

出社すると、加奈がにこにこしながら近づいてきた。


「おはよ、美咲。今日さ、名古屋から誰か来てるらしいよ」

「え?」

「支店の人が本社に打ち合わせって。もしかして――」

「そ、そんな偶然……」


言い終える前に、ドアの向こうから懐かしい声がした。


「経理部、今大丈夫ですか」


美咲の手が止まった。

まさか、と思いながら顔を上げる。

そこに立っていたのは、スーツ姿の湊だった。


「久しぶり」

「……本当に来たんですか」

「出張。正式に」

「経費は?」

「ちゃんと申請した」

「なら、受理します」


二人の間に静かな笑いが生まれる。


湊が机の上に、茶封筒を置いた。

「これ、追加の資料。あと、もう一つ」

「もう一つ?」

「領収書」


そう言って、ポケットから小さな紙を差し出す。


【領収書】

品名:再会

金額:0円

但し:笑顔で支払い済み


美咲の目に涙がにじむ。


「もう、そんなのばっかり……」

「俺の中で、恋愛って全部“経費扱い”だから」

「変な会計ですね」

「でも、損してない」

「どうして」

「君に会えたから」


心がゆっくりと温まっていく。

その一言が、どんな言葉よりも嬉しかった。


夜。

湊を見送ったあと、

美咲は自分のデスクに戻り、封筒を開いた。


中には、手書きの報告書の最後に小さく添えられた一行。


“また来月、別件で上京します。

そのとき、会議のあとで――コーヒー、奢らせてください。”


美咲はふっと笑って、そっと呟いた。


「それなら、領収書は私の名前で切っておきますね」


オフィスの照明が消え、

夜風が静かにカーテンを揺らした。

経理部の帳簿には今日もまた、

“黒字”のページが一枚増えていった。

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