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王位 【Ⅱ】


「……イズヒト様、治癒魔術を使います。

 傷は塞がりますが、痛みはしばらく残りますので、ご無理はなさらないでください」


「できれば、痛みも取ってほしいんだけど」


「すみません。私、治癒魔術って苦手なんですよ」


 前世の、いつだったか。

 アーイシャが、まったく同じ調子で口にした言葉を思い出す。


 カレンは、自身の不出来を詫びるようにはにかんでから、

 僕の右肩に穿たれた風穴へ、そっと手を当てた。


「――再生の息吹、この手に芽吹け。

 【回帰の光(リグレシオン)】」


 淡い緑の光が、カレンの掌に灯る。

 それに照らされるようにして、右肩の傷は、

 時間を巻き戻すかのように、ゆっくりと塞がっていった。


 一般的に見れば、重傷の部類なのだろう。

 それでも――この程度で済んでよかった。


 急所は、正確に外されている。

 僕は幸運の女神に愛される質じゃない。

 偶然、致命傷を免れた、なんて都合のいい話ではないだろう。


 あれは、意図的だ。

 それだけ、相手の魔術制御が洗練されていたということだ。


 殺すつもりだったなら、

 僕はもう、この裏路地の白壁に残る

 乾いた染みのひとつになっていたはずだ。


 ――随分と、弱くなったものだ。


 そう思った瞬間、

 胸の奥で、何かが静かに軋んだ。


「ありがとう、カレン。もうだいじょ――」


「殺します……」


「え」


「この世に、塵一つ残すことも許しません。

 一族を根絶やしにしても、なお償いきれない。

 来世に人として生まれることすら拒みたくなるほどの苦痛と絶望を、

 記憶に、魂に刻み込まなければ――

 私の怒りは、決して鎮まりません……」


 ――まずい。


 これは発言ひとつで、世界に終焉をもたらす類のやつだ。

 勇者一行が魔王討伐を掲げて駆けつけるのを待っていたら、

 この国は、その前に滅ぶ。


「カレ――」


 声を張ろうとした瞬間、

 腕に、力が入らない。


 無様だ。

 だが、破局を受け入れられない女々しい恋人みたいに、

 地を這ってでも、カレンの脚にしがみつくべきか。


 それくらいしなければ、止められない。


 心臓が、異様な速度で鼓動を刻み始めた、その時だった。


 視界の端で――

 目の前の三人組のうちの一人が、

 状況を理解していない者特有の、薄ら寒い笑みを浮かべた。


「おい、お前――誰に楯突いてるのか、分かってるのか?」


 男の一人が、得意げに胸を張る。


「この方はな、学園でも九人しかいない

 王位アブソリュオの階級を持つ、ソウマ・ツヅリさんだぞ」


「九人……ですか。

 随分と、たくさんいらっしゃるんですね」


 カレンは、柔らかく首を傾げた。


「こちらは――世界に、ただ一人。

 私の旦那様、ハトバ・イズヒト様です」


 そして、花が咲くような笑顔で、告げる。


「どうか、その汚い口を閉じてください」


 ――やめてくれ。


 すごく、ださい。

 本気で、ださい。


 この人たち、他人の肩書きを振り回して、

 いったいどこで張り合っているんだ。


「俺の父ちゃん、反社会的勢力だから」と

 見栄を切る小坊主と、何が違うというんだ。


 笑顔で蔑まれた男の顔が、ゆっくりと怒りに歪む。


 だが――

 早く気づいてほしい。


 カレンが可愛らしく笑っていられるのは、

 魔力と殺意を、限界まで“抑えているだけ”だということに。


「……お前」


 男は、低く唸った。


「女だからって、手を出されないと思うなよ?

 後悔させてやる」


 右手を差し出し、詠唱を開始する。


「――雷鳴轟く叢雲むらくも宿りて、召雷。

 の者を、弾け――

 【雷砲トゥエルノン】!」


 次の瞬間。


 男の掌から、雷の塊が弾けるように放たれた。

 空気が裂け、ビリビリと耳障りな音が裏路地を満たす。


 同時に――

 心臓を、鷲掴みにされたような悪寒。


 脳天から、つま先まで。

 一本の電流が、身体を貫いたかのような痺れが走った。


 雷砲トゥエルノンは、本来なら初級魔術に分類される攻撃手段だ。

 学生同士の小競り合いで使われることはあっても、

 これほどの威圧感を伴うものではない。


 ――だとすれば。


 この異様な圧迫感の正体は、

 魔術そのものではなく、術者にある。


 その元凶たるカレンは、

 僕を一度だけ見て、優しく微笑んでから言った。


「すぐ、終わらせちゃいますね♡」


 嫌な予感が、背骨を駆け上がった。


 僕は反射的に、自分の胸を殴りつけ、叫ぶ。


「殺すなぁ!!」


「【雷砲トゥエルノン】」


 ――届いただろうか。


 刹那。


 放たれた()()()()は、

 数百の落雷を束ねたかのような轟音を引き連れ、

 一瞬で視界を白に塗り潰した。


 それは、もはや雷の塊ではない。

 暴力的なまでに圧縮された、熱線だった。


 裏路地の塵埃が一斉に吹き飛び、

 弾けた爆風に、僕の身体は壁へと叩き付けられる。


 稲光に目を細め、カレンの姿を追う。


 彼女は――

 まるで床に落ちたゴミを掃き捨てるかのように、

 冷酷で、ひどく退屈そうな横顔をしていた。


 ……ああ。


 これは、もう。


 手遅れだったか。


 耳鳴りを振り払い、

 視線を、絡んできた男たちへと戻す。


「……!」


 取り巻きの二人は白目を剥き、身体を痙攣させて倒れている。

 そして、ソウマと呼ばれた『王位アブソリュオ』の男は、尻もちをついたまま、言葉もなく震え上がっていた。


 まず――

 全員、人の形を保っている。


 生きている。

 少なくとも、殺してはいない。


 路地の先を見やる。

 壁に穴は空いていない。

 瓦礫も、焦げ跡もない。


 つまり――

 魔術を放つ直前、

 雷砲トゥエルノンの軌道を、意図的に上空へ反らしたのだ。


 ……届いたんだ。

 僕の声は。


 安堵が、遅れて胸に落ちる。


 その背後で、

 カレンが視線を男たちから逸らさぬまま、静かに問いかけてきた。


「イズヒト様。どうして――

 彼らを、殺してはならないのでしょう」


 声音は、穏やかだった。

 怒鳴りも、震えもない。


 だからこそ、重い。


「彼らは、私の愛する人を傷付けました。

 ……憎くて、仕方がありません」


「その気持ちは――

 お前に、アーイシャの記憶が残っているだけだ」


 自分に言い聞かせるように、そう告げた。


「僕の嫁の感情に、カレンが支配される必要はない」


「……お言葉ですが、イズヒト様」


 カレンは、ゆっくりと首を振る。


「“私がアーイシャではない”というイズヒト様の推測が、

 一万歩……いえ、百万歩。

 ――いえ、一億歩、譲って正しかったとしましょう」


「歩数はどうでもいいだろ」


 遮るように言ったが、

 カレンは構わず言葉を継いだ。


「それでも――

 アーイシャの、前世の“嫁”の記憶を持つ者として、

 私が為すべきことは変わりません」


 彼女は、まっすぐに僕を見る。


「あなたを守り、

 あなたと、生きていくことです」


 一拍。


「たとえ――

 他者の命を奪うことになったとしても」


 そして、静かに。


「『私は、死んでも――

 お側におります』」


「……!」


 視界が、ぐらりと揺れた。


 雷光の残滓か。

 魔力の余波で、脳が誤作動を起こしたのか。


 ――違う。


 今の言葉だ。


 『死んでも、お側におります』


 胸の奥に、鋭い楔のように突き刺さる。

 呼吸が、一瞬、詰まる。


 どこで聞いた。

 アーイシャが残した言葉か?


 ……いや。


 そう断じるには、何かが足りない。


 記憶の底に、

 本来あるはずの情景が、ぽっかりと欠け落ちている。


 思い出そうとすると、

 そこだけ霧がかかったように、指がすり抜ける。


 カレン――

 いや、この女は。


 やはり、どこかで……。


「……イズヒト様?」


 名を呼ぶ声だけが、

 現実に僕を引き戻した。


 こめかみを押さえ、

 頭の奥に残る鈍痛を押し潰すようにして、僕は声を絞り出した。


「……カレン。もう一度、教えておく」


 一度、息を吸う。


「時代は、変わった。

 魔術で殺し合う時代は、もう終わったんだ」


 路地の先で、呻き声すら上げられず転がる男たちを一瞥する。


「……もちろん、たまにはいるさ。

 こうやって力を振りかざして、

 自分より弱い者を威圧して生きている連中が」


「でしたら、なおさらです」


 カレンは、即座に言い返した。


「ここで殺してしまうべきです。

 弱者を虐げるのは、強者のすることではありません」


 声は静かだが、刃のように鋭い。


「反乱を恐れて力を誇示する――

 ただの、臆病者です」


「……そうか」


 僕は、視線を彼女に戻す。


「じゃあ、その言葉。

 僕にも、同じように言ってくれるかい?」


 カレンの身体が、ぴくりと跳ねた。

 言葉が、喉の奥で止まるのが分かる。


 僕は、逃がさない。


「僕は――臆病者だった」


 静かに、しかしはっきりと告げる。


「だから、強くなろうとした。

 誰もがひれ伏し、恐れ慄く存在になれば、

 僕自身が“戦争の抑止力”になれると、そう信じた」


 石畳に落ちた血痕が、視界の端に滲む。


「……きっと、誰もが臆病なんだよ。

 だから力を誇示したがる」


 一拍。


「こいつらも、そうだ。

 そして――」


 カレンを見る。


「僕も、そうだった」


 ゆっくりと、念を押すように。


「カレン。

 僕は臆病者で――それでも、王だった

 そうだね?」


 短い沈黙。


「……はい」


 カレンは、静かに頷いた。


「なら、王として」


 僕は、最後の一言を差し出す。


「民衆の過ちの一つや二つ、

 許してやろうじゃないか」


 カレンは、拳を強く握り締めた。

 いくら僕の言葉とはいえ、思うところがないはずはない。


 ――頼むから、その拳を僕に振り下ろさないでくれ。


 そうなれば、おそらく。

 僕の頭蓋は、花火のように爆ぜる。

 中身ごと、景気よく。


 内心では震え上がっていたが――

 次の瞬間、カレンは拳を解き、そのまま僕に飛びついてきた。


「きゃあ、イズヒト様!

 こんなクズ共にまでお慈悲を与えるなんて……

 優しい! 可愛い! 格好良いですー!」


 ――ぎゃああああ。


 化物だ。

 こんな殺戮兵器が、至近距離で頬擦りしてくる現実。

 怖い。きしょい。離れたい。

 だが、力の差がありすぎて抵抗は無意味だ。


 成す術もなく抱きつかれたまま、

 ふと視界の端で、地べたに腰を抜かしていた男が口を開く。


 ソウマ、と呼ばれていた王位アブソリュオだ。


「……お前ら、何なんだよ……」


 声が、情けなく震えている。


「さっきの【雷砲トゥエルノン】……

 詠唱破棄だったぞ?

 どうして完全詠唱が、それに劣る……」


 一拍。


「……それに。

 どうして、そんな力を持った女を飼いならしてる?」


 そして、恐る恐る。


「……お前も、まさか――

 王位アブソリュオなのか?」


 ――階級、階級、階級。


 本当に、それほど偉いものかね。


 僕は溜息を一つつき、

 彼の視線を意識して、指輪がよく見えるように拳を突き出した。


 さあ、好きなだけ笑えばいい。


 女性に抱えられていなければ立ってもいられない、

 情けないヒモ野郎の現実を。


「僕の階級?」


ソウマの喉が、ひくりと鳴るのが見えた。


一拍置いて、静かに告げる。


「最低ランクだよ。

 Tier5――」


 そして、淡々と。


「『虚位インフェリオ』だ」

 

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