表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

王位

 

 大通りを外れ、細い裏路地へ足を踏み入れる。

 白く塗られた壁が視界の奥まで連なり、通路は迷路のように折れ曲がっていた。


 慣れた観光客なら、ここを抜け道として利用するのだろう。

 だが、普通の人間はまず足を踏み入れない。

 迷い込むと、どこに出るのかすら予測できない道だ。


 ――でかい赤ん坊をあやすには、これほど都合のいい場所もない。

 人目はなく、街の喧騒は遠くに霞み、石畳に反響する足音だけが、静かに僕らの存在を知らせる。


 冷たい石壁からは、かすかに日の余熱が伝わり、湿った砂利の匂いが鼻をくすぐる。

 小路の曲がり角を曲がるたび、街灯の影が揺れ、僕の手を握るカレンの指先から微かな緊張が伝わってきた。


「……落ち着いたか?」


「はい。すみません、イズヒト様。

 どうにも、感極まってしまって」


「勘弁してくれ。

 次にお前を外に連れ出す時は、口をロープで縛っておく必要がありそうだ」


「まあ。なかなかハードなプレイですね。

 悪くないです」


「黙れ」


 罰のつもりで吐いた言葉が、

 この変態女の欲求を満たす結果になるとは、夢にも思わなかった。


 ――本気で、頭が痛い。


 これから先、

 僕はどうやって、この女と生活していけばいいのだろう。


「学園生徒も、ちょうど下校時刻だった。

 何人か、見てただろ?」


 思い出したように言う。


「変な噂が立ち始めたら、どうする。

 ……まあ、もう行くこともないから、どうでもいいんだけどさ」


「そういえば、イズヒト様」


 唐突に、カレンが首を傾げた。

 濡れた睫毛の奥で、好奇心だけが妙に澄んでいる。


「学園に行っていなかった理由は、よく分かりました。

 でも、それでも一つ、分からないことがあるんです」


「……何だよ」


「そこまで学園に関心がないのに、

 どうして今まで“在学”していたのですか?」


「……っ」


 言葉が、喉の奥で引っ掛かった。


 ――また、そこか。

 本当に、妙なところばかり見ている。


 死霊術の研究に没頭し、

 学園という場所を、ほとんど利用していなかった僕。


 それでも、籍だけは残していた理由。


 確かに、今となっては不自然だ。


 カレンを召喚する直前まで、

 僕は“最強”と呼ばれる魔術師だった。


 そんな存在が、

 学園生徒という肩書きを持ち続けていること自体が、どこか歪んでいる。


 ――まあ、いい。


 どうせ、隠すほどの理由でもない。


 発泡スチロール製の脳みそでも理解できるよう、

 噛み砕いて説明してやろう。


 そう思った、その瞬間だった。


「――そこ、どけよ。ゴミ虫」


 低く、粘ついた声。


 反射的に顔を上げた。


 男が三人。

 制服姿――同じ学園の生徒だと、一目で分かる。


 同時に、

 “関われば厄介な類い”だということも、即座に理解した。


 その中でひときわ目を引くのは、

 目つきが悪く、高慢さを隠そうともしない長髪の男だ。


 彼は迷いなく、

 僕たちに向かって指を差した。


「道、塞いでんじゃねえよ」


 一拍。


 そして、吐き捨てるように続ける。


「――殺すぞ」


 裏路地の空気が、

 目に見えない刃を含んだまま、ぴたりと張りつめた。


 ――何だ、こいつ。


 失うものがない、無敵の人かよ。


 鉢合わせたこと自体が事故だ。

 最近の僕は、本当にツイていない。


 溜息混じりに、呆れをそのまま言葉にする。


「どうして僕は、今日だけで二回も殺害予告を受けなきゃならないんだ。

 ついさっきまで、“世界は平和になった”って話をしてたところなのに」


「すみません、イズヒト様。あの時は、うっかり……」


「うっかり殺されてたまるか」


 軽く吐き捨て、男たちに視線を戻す。


「……それで、あんたら――」


 平和的解決を望み、あわよくば和解しようとした、その瞬間だった。


 長髪の男は、指をこちらに向けたまま、静かに口を開く。


 声音は淡々としている。

 怒りも、焦りも、躊躇も、微塵もない。


 ――その時、

 僕は気づくべきだった。


 学園内の序列を示す指輪。

 彼の指に嵌められたそれは、龍の紋章に緋色の魔石。


 学園内に、数えるほどしか存在しない――

 最上位Tier1、

 『王位アブソリュオ』を示す証。


 気づいた時には、もう遅かった。


「――穿うがつ刃は、光の吟唱ぎんしょう

 精霊の歌、具現せよ」


 詠唱は、静かだった。

 だからこそ、逃げ場は存在しない。


「【穿光バラルス】」


 光が、音を立てて空気を裂いた。


 男の指先から放たれたのは、敵を撃ち抜くためだけに研ぎ澄まされた、光の弾丸魔法だった。

 人を笑わせる曲芸でも、暮らしを豊かにするための魔術でもない。

 ――ただ、殺すためだけの魔術。


 瞬きをするよりも早く、熱を持った痛みが駆け巡る。


「があっ……! あ、ああ……!」


 声が、意志とは無関係に喉から零れ落ちた。


 全盛期の僕であれば、こんな魔術――

 額で受け止め、弾き返し、詠唱者ごと叩き伏せていたはずだ。


 だが、今の僕にその力はない。


 避けることも、相殺することも叶わず、

 ただ身体で受け止め、膝を折るしかなかった。


 光は、僕の右肩を正確に貫いた。


 余分な熱も、無駄な破壊もない。

 向こう側の景色が、穴越しに見えるほど――

 あまりにも、綺麗な撃ち抜き方だった。


 ……お見事だ。


 そう思ってしまった自分に、遅れて吐き気が込み上げる。


 血が、止めどなく溢れ出す。

 生温かいそれが石畳に滴るたび、

 ――現実が、一拍遅れて追いついてきた。


 そして――

 僕は、感じ取った。


 悍ましいほどに濃密な、殺気。


 それは、目の前に立つ『王位アブソリュオ』の男のものではない。

 彼の殺意は冷たく、均質で、

 学園という制度が許容する“暴力”の範疇に収まっている。


 ――違う。


 もっと原始的で、

 もっと深く、

 触れただけで皮膚が焼け落ちそうな――

 

 多分。


 いや、間違いない。


 カレンが――

 本気で、

 ――ぶち切れた。


お読み下さりありがとうございます。

読者さんのリアクションが継続の指標となりますので、

ぜひブックマークや評価をして頂けると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ