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虚位


「イズヒト様、学園に行きましょう」


「嫌です」


「ぬぁんでですかあ!? 私が召喚されてもう丸二日!

 現世のことは書物で色々調べましたが、イズヒト様と同じ年代の人は皆、学園に通うと知りました。

 そこでお友達を作ったり、魔術の腕を競ったりするんですよね。私も行きたい!」


 嫁を自称するこの可哀想な頭の少女――通称カレンとの、忌まわしき……間違えた。

 数奇な出会いから、今日で三日目になる。


 僕は床に並べた木の板の上に膝をつき、工術商会(こうじゅつしょうかい)で調達した釘を一本ずつ打ち込んでいた。

 乾いた金属音が部屋に反響する。

 魔術的な静寂とは程遠い、現世らしい騒音だ。


 叩く。

 打つ。

 黙殺する。


 そうしなければ、会話になってしまう。


「……ねえイズヒト様、聞いてます?」


「聞いてる。

 聞いたうえで却下している」


 金槌を振り下ろす手を止めずに答える。視線は板から外さない。

 視線を合わせたら、ろくなことにならない。


「でも学園ですよ!?

 魔術競技専科ですよ!?

 魔術を学び、競い、未来ある若者たちが切磋琢磨する――」


「……」


 釘を打ち損ね、金属が甲高く鳴いた。

 舌打ちを噛み殺し、ため息をひとつ落とす。


「学園に行きたいだって……?

 誰が開けた床の穴を、今まさに修理してると思ってる」


 金槌を置き、ようやく顔を上げる。


「お前だ。お前が考えなしに魔法をぶっ放したせいで、部屋一つまるごと使い物にならなくなったんだろうがあ!?

 外に出れば即通報、内に籠もれば床が抜ける。

 そんな状況で、何を呑気に学園だ」


 言い終えて、再び釘を打つ。

 強く、深く、音が止むまで。


「身動きが取れないのは、全部お前のせいだろ」


「それは……すみません。

 力の加減が出来なくて」


「復活した魔王みたいなことを言うな。

 だいたい、僕が学園に行くことはあり得ない」


「どうしてですか? 靴を隠されたり、お金を貸せと脅されたり……

 チビ陰キャ引きこもり、短小包茎早漏野郎って馬鹿にされるからですか?」


 ――ぶちり、と。

 頭の奥で、何かが音を立てて切れた。


「最後のは、お前の言葉だろうがああああ!!」


 投擲の達人も顔をしかめる全力投球フォームで、金槌をぶん投げる。

 頭蓋に直撃して気絶でもしてくれれば儲けものだが、まあ、そんな都合のいい未来は来ない。


 迫り来る金槌を脇目に、カレンが瞬時に片手を開く。

 それだけで空間が歪み、煌々《こうこう》とした魔法陣が展開され、即席の魔力障壁が形成された。


 金属音。

 軽い衝撃。

 あっけないほど容易く、金槌は弾き返される。


 当たり前のようにそれを成し遂げてから、彼女は嬉々として声を上げた。


「わあ、イズヒト様こわーい♡」


 怖いのは、お前の存在そのものだ。


 きっと僕がいくらカレンを抹殺しようと試みても、

 今みたいに、容易く手で払われてしまうのだろう。

 分かっていたさ。最初から。


 だが――今に見ていろ。

 僕が力を取り戻した暁には、必ず目にものを見せてやる。


 荒れていた呼吸を整え、床にあぐらをかいた。

 怒りは立っている時ほど、制御が難しい。


「今さら学園に行ったって、何になる。

 得られる学びなんて一つもないよ。

 僕は魔術のスペシャリストだからね」


「今は、違いますよね?」


「……うるさい」


「では、お友達はいらっしゃらないのですか?」


 その言葉は、

 雷でも、魔術でもなかった。


 ただの疑問形だった。


 何それ、美味しいの?

 ――とまでは、言うまい。


 そんな返しをしたところで、誤魔化せる類の痛みではないと、

 僕自身が一番よく分かっていたからだ。


「さあね。学園に出向いたなら、話をする奴もいたさ。

 でも、その程度だよ。

 向こうは友達だとも思ってないだろうな。

 数えられるくらいしか、通ってないし」


「可哀想に……。やっぱりイズヒト様、学園では除け者にされて。

 でも大丈夫です。私だけは、イズヒト様の良いところ、たくさん知ってますから……!」


 ――ああ、これは。

 完全に“気の毒な人”を見る目だ。


 大丈夫?

 本当に僕の良いところ、知ってる?


 それ、花瓶の中で干からびた花に、まだ香りを探して回るような、苦し紛れのフォローじゃないよね?

 同情を優しさと勘違いして、そっと蓋を被せてきてるだけじゃないよな?


 ……違う。

 学園に通っていないのには、ちゃんと理由がある。


 僕は一度、息を吐いた。


「違うよ。全部、アーイシャと再会する為さ。

 学園に通う時間も、すべて死霊術の研究に費やしてきた。

 出席した数少ない日だって、書庫で魔術書を漁るためだったし」


「まあ、イズヒト様。急に愛の告白なんて、照れるじゃないですか。

 そんなに、私のことを想ってくれてたんですね」


「いや、お前はアーイシャじゃない」


「ひどい……。数十年も連れ添った嫁の顔も忘れるなんて……!

 私に飽きたら、ご自身の記憶ごと粗大ゴミにポイですか?

 積み重なった思い出のサイズが大きすぎて、回収料金、高くつきますよ!?」


「お前みたいな妄言女、回収してくれる業者があるなら、今すぐ連絡するわ!

 なんなら再生工房(リサイクルショップ)でもいい! 土下座でお願いしちゃおうかなあ!?」


「言ってくれましたね。

 言ってくれましたね。

 言ってくれましたねえええ!」


 カレンは顔を真っ赤に染め、右手を僕に向かって差し出す。

 何か魔術を唱える気だろうか。掌に光の粒が徐々に集約していく。


 額から滝のように冷や汗が流れ落ちるのを感じる。

 今のカレンの瞳――完全に錯乱し、何をしでかすか分からない狂気のそれだ。


 勢いに任せれば、僕など一瞬でスクラップにされ、粗大ゴミとして廃棄されかねない。

 弁明しなければ、今すぐに……!


「な、ななな、何度も言わせるな。

 お前とアーイシャは、見た目が全然違うんだ。

 信じてくれって言う方が無理だろう」


 前世の嫁、アーイシャの肌は褐色で、瞳はコバルトブルー。

 対して自称嫁のカレンは、白い肌に琥珀色の瞳。

 さらに、童顔で振る舞いまで幼い。

 アーイシャはもっと、気品と慎ましさを備えた女性だったはずだ。


 心臓が喉を逆流するように脈打つ。

 だが、頭だけは冷静を保つ。

 策略を練る余裕は、恐怖と紙一重で存在する。


「僕もカレンを信じたい。

 でももし違っていたら――考えただけで怖いんだ。

 僕は、終生アーイシャだけを愛し続けると誓ったからね」


 ――保身のためだけに編み出した、全力投球の上辺だけの美しい言葉。

 この女を信じたいだなんて、毛ほども思っちゃいない。


 カレンは差し出した右手を見下ろす。

 その白い肌を見つめ、やがて目を伏せ、複雑そうな笑みを浮かべる。

 魔力をそっと収め、手を下ろした。


「……それは、ずるい言葉ですね。

 信じたいって言われたら、寄り添いたくなるじゃないですか」


 ――あれ、助かったのか?

 何だか分からないけれど、今しかない。

 安堵の隙間に、ここぞとばかりに僕の舌が躍る。

 踊れ、僕の舌根。舞え、言葉の小さな魔術よ。


「あ、ああ。僕たちはまだ現世では出会ったばかりだろう?

 これから長い時間をかけて、お互いのことを知れたらいいじゃないか。

 そうだ、この後、一緒に何か食べに行かないか?

 良く行くカフェテラスがあって――ティーズ……なんたら、ドラゴンって店だ。確か。

 カレンも気に入ると思うよ」


 よく行く店、と言いながら店名すら曖昧なのは――

 そもそも行ったことがほとんどないからである。

 そして今、カレンの許しを内心、地中に頭をめり込ませる勢いで乞うている。

 滑稽だ。文字通り、頭を土に突っ込むような、そんな気持ちだ。


 カフェテラスとカフェテリアの違いもわからない僕が、洒落た店に通うわけがない。

 行ってみたい気持ちがないわけではない――いや、正確には、行ってみたいのではなく、カレンを機嫌よくさせたいだけだ。


 誘いの言葉を放つと、カレンの表情が曇天の空から差し込む光のようにぱっと晴れた。

 その瞬間、僕の胸の奥に、小さな安堵と、しかし危ういほどの緊張が同時に芽生えた。


「二人でお出かけですか? 

 男女が並んで歩く、それはつまりデートですか!?」


「思考が思春期男子学生みたいだな……うーん、まあ、多分デートだと思う。

 もうそれでいいや。

 部屋の修繕用具も買い足さなきゃいけないし、二人だと運ぶのも楽だ」


――余計な一言で、一気にムードが霧散する。

カレンは顔を曇らせ、ぶーたれたように唇を尖らせる。


「イズヒト様ぁ、じゃあせめて、一緒に見つめ合いながら歩きましょうね」


「二人で電柱に頭ぶつけて絶対死ぬだろう、やだよ」


「もう、いけず!」


 騒ぎ立てるカレンを無視し、僕は立て付けの悪いクローゼットに手をかけ、学園のコートを取り出して羽織る。

 学園に通っていないくせに、なぜこんな格好をするか――理由は簡単だ。

 生徒だと判明すれば、何かと施設でのサービスを受けやすくなる。

 一人暮らしの貧乏学生にとって、無料で得られる恩恵は貪欲に享受すべきだ。


 制服だけでなく、身分証も忘れない。

 学園内の序列を示す、最低ランクのTier5『虚位インフェリオ』の指輪を――。

 指先に装着する冷たい金属が、僕の掌に静かな決意を刻む。

 今日、カレンと共に歩むこの道は、単なる買い物などではない。すべては、計算の一手だ。



 


お読み下さりありがとうございます。

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