夜明けの鐘
「ここが魔術学園『夜明けの鐘』……」
カレンは、門の向こうに広がる景色を見上げたまま、感嘆とも困惑ともつかない息を零した。
「まるで前世で過ごした居城のように、華やかで……優雅な佇まいですね。
……というか、似過ぎていませんか?」
問いかけというより、確認に近い声音だった。
無理もない。
眼前にそびえる門は、白く磨き上げられた石で組まれ、装飾過多とすら言えるほどの意匠が惜しげもなく施されている。
一般的な学園の校門が持つ「出入り口」という実用性の匂いは、そこには欠片もない。
代わりにあるのは、富と権威を誇示するためだけに存在しているかのような、露骨なまでの豪奢さだ。
門を越えた先に広がる校舎群も同様だった。
特殊な石材で外周を固め、壁面には、かつて最高峰と謳われた建築士たちの手による荘厳なレリーフが刻まれている。
それらは単なる装飾ではない。
――この校舎に傷をつけようとすれば、防衛魔法が発動し、加害者に等価以上の制裁が返る。
そんな仕組みが、最初から組み込まれている。
建築、装飾、防衛、威圧。
すべてが魔術的作用を前提に、緻密に計算された配置だ。
もはや教育施設というより、魔術城塞と呼ぶ方が正しい。
合理性と虚栄心が、これ以上ないほど高い次元で両立している。
――何度見ても、趣味の悪さと完成度の高さが両立した、見事な代物だ。
僕は小さく鼻を鳴らし、カレンの視線の先を眺めながら口を開いた。
「似てるも何も、当然だろう」
一拍置いて、淡々と続ける。
「その建物は、僕が前世で所有していた宮殿のひとつだからね」
カレンが、ぴたりと動きを止める。
「さすがに千年も経てば、あちこち改修されてはいるけど。
……骨格と趣味は、ほとんどそのままだ」
つまりは、そういうことだ。
ここは学園であり、
同時に、かつて僕が支配していた世界の残骸でもある。
――随分と、気の利いた再利用じゃないか。
「イズヒト様、それは本当ですか!」
カレンは目を見開き、門と校舎を交互に見比べた。
「どおりで見覚えがあるはずです。
人様の家を勝手に改造した挙げ句、公共施設にするなんて……現世の者は皆、盗っ人なんですか?
まったく、親の顔が見てみたいですね」
「その親を辿っていけば」
僕は肩をすくめる。
「いずれ、僕たちの先祖に行き着くだろ」
「……なるほど」
カレンは一瞬だけ真顔になり、次いで不穏な結論に辿り着いた。
「では、先人である私たちが、正当に奪い返しましょう」
「進化の方向がおかしい」
即座に切り捨てる。
「盗っ人からテロリストにクラスチェンジする気か。
僕たちが遺したものが、こうして後世の役に立っているなら――それで十分だろ」
そう言い聞かせると、カレンは納得いかないとでも言いたげに頬を膨らませた。
思い出の詰まった住処を、断りもなく使われているのだ。
感情としては、むしろ自然な反応だろう。
けれど。
この宮殿の所有権は、前世の僕が、最も信頼していた側近に譲り渡したものだ。
死に際に、好きに使えと告げた。
千年という時間を経て、学園という形に変わったとしても――
それは巡り巡って、彼の選択の延長線にある。
だから僕は、文句を言わない。
……もっとも。
そんな過去の内情を、いちいちカレンに語ってやる気はないが。
僕は話題を切るように、軽く顎を引いた。
「行こう、カレン。
もうすぐソウマとの約束の時間だ」
「ええー、待ってくださいよー!」
カレンは慌てて後を追ってくる。
「せっかくなんですから、もう少し思い出話に花を咲かせましょうよー!」
そう言って振り返るカレンの声は、無邪気というより、すでに満開だった。
――もう十分に咲いているだろう。
君の頭の中で、だ。
これ以上その脳内花壇に水を与えれば、これから控えている魔術演舞にまで蔓が伸びかねない。
今必要なのは追肥ではなく、明確な処置だ。
言葉の除草剤を撒く。
少々強めのやつを。
「いいか、カレン。ソウマとの魔術演舞に負けたら――これから先、僕たちは一緒にいられなくなるかもしれないんだぞ」
一拍置いて、声を落とす。
「……僕は、それが嫌だ」
どうだろう。
自分で言うのもなんだが、なかなかの名演技だと思う。
わずかに潤ませた視線。計算された沈黙。
情に訴え、理性を呼び戻すには十分――の、はずだった。
だがカレンは、雷に撃たれた彫像のように固まり、次の瞬間、震える唇から息を漏らした。
「イ、イズヒト様……。
そ、そこまで私のことを……」
そして、なぜそうなる。
「きゃー!
じゃあ今からあのソウマって人を一瞬でぶっ殺して、その後イチャイチャしましょうね?」
「え……あ、うん」
知っているだろうか。
除草剤とは、すでに生えている草を枯らすものであって、
その後から無限に発芽する異種植物にまで効くわけではない。
無限に花が咲き誇るカレンの脳内土壌は、
きっと栄養も日当たりも申し分ないのだろう。
僕は一つ溜息をつき、
ソウマの待つ学内闘技場へ向かうため、彼女を引き連れて歩き出した。
――せめて、花が血に染まらないことを祈りながら。
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