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デュエロ・マギア


 真紅のブレザーに袖を通し、チェック柄のスカートをひらりと揺らしながら、

 カレンはその場で小さく一回転した。

 布が空気を切る音すら、彼女にとっては祝福なのだろう。

 その声音は、興奮が限界まで高まった子供のそれだった。


「どうですか、どうですか?

 どーですか、イズヒト様!」


 期待がそのまま言葉になったような声。

 逃げ場は、最初から用意されていない。


「うん、とても可愛い。よく似合っているよ」


 視線を向けるだけで、頬の痛みが疼く。

 それでも笑顔を作る。


「見惚れすぎて、今にも眼球が破裂しそうだ」


「えー!

 どれくらい可愛いんですか?」


 さらに距離を詰めてくる。

 これは質問じゃない。追い込みだ。


「天界にいた、どの女神よりもだよ」


 嘘を吐くとき、人は案外饒舌になる。


「カレンにぴったりの学園制服だ。

 あまりに尊い光景だから――今すぐ鎖で繋いで、誰にも見せず監禁したくなるくらい」


「きゃあー!」


 甲高い歓声が弾ける。


「イズヒト様、嬉しい!

 大好きです!」


 ……ああ、やめてくれ。


 どの女神より可愛い?

 そんなわけがあるか。


 お前の可愛さなんて、せいぜい――

 前世で、ただの好奇心から飼っていた、百足の魔蟲くらいのものだ。


 だが、そんな本音を口に出せるはずもない。


 理由は単純だった。


 部屋の隅に置かれた姿鏡。

 そこに映っているのは、顔中に痣をこさえ、

 まぶたが腫れ上がり、今にも眼球が限界を迎えそうな男の姿。


 ――僕だ。


 笑顔の代償が、これだ。


 胸の奥から、言葉を引きずり出す。

 それは、もはや台詞というより、呪詛に近い。


「……これで満足か、暴力女」


 喉がひりつく。


「僕を痛ぶって手に入れた学園制服の着心地は、さぞかし格別だろうな」


 血反吐を吐くような声だった。

 それでも、カレンはそれを愛の言葉として受け取る。


 ――この世界は、どうやら僕の痛みを、すべて祝福に変換する仕組みらしい。


「人聞きの悪いことを言わないでください」


 カレンは、すっと背筋を伸ばして言った。

 声音だけを切り取れば、実に理知的で、真っ当な抗議である。


「私も『魔術演舞デュエロ・マギア』なる決闘に参加するのであれば、

 学園の制服が欲しいと――それだけを申し上げただけではありませんか」


「それで、どうして僕がこんな無残な姿になる!」


 堪えきれず、声を荒げる。


「見てみろ!

 この顔! もはや人間というより、破裂寸前の風船だぞ!?

 空気を入れすぎた玩具と区別がつかないだろうが!」


 指先で、自分の頬を示す。

 触れるだけで痛む。脈打つたび、視界が揺れる。


 だが、カレンは眉一つ動かさない。


 まるで精密機械が、入力された事実だけを処理しているかのように、

 冷静なまま口を開いた。


「イズヒト様。どうやらお忘れのようなので、確認させて頂きます」


 その言葉に、嫌な予感が背骨を這い上がる。


「『お前が例え全裸で出場しようが、誰も関心など持たない。

 制服の見てくれなど気にする必要はない。試してみろ』――

 そう、とても丁寧に、はっきりと、乙女に向かっておっしゃったのは、イズヒト様ご本人です」


「……」


 脳裏で、あの不用意な台詞が再生される。

 ああ、確かに言った。勢いで。軽口のつもりで。


「乙女と書いて、サイボーグって読むのかお前は……」


 呻くように返す。


「ここまで情け容赦なく殴るやつがあるか。

 いいか、望み通り制服は用意したんだぞ?

 だから当然、治癒魔術は掛けてくれるんだろうな?」


 恨みがましく、続ける。


「その制服、手に入れるのがどれだけ大変だったと思ってる」


 本当に、大変だった。


 男子生徒が女子制服の支給を申請する――

 それがどれほど異常な光景か、説明するまでもない。


 却下。

 再却下。

 遠回しな軽蔑。


 変態を見るような視線を浴びながら、

 わずかな人脈を辿り、頭を下げ、理由を捏造し、

 ようやく、ようやくだ。


 その苦労を、彼女は理解しているのだろうか。


 カレンは、そんな僕の内心など意に介さず、

 ひょいと右手を差し出した。


 まるで次の作業に移るかのような、軽やかな仕草で。



「はい、もちろんです♡ 【回帰の光(リグレシオン)】」


 彼女の掌に灯った淡い緑の光が、空気を溶かすように広がる。

 腫れ上がっていた頬から、熱と膨張が少しずつ引いていき、

 歪んでいた感覚が元の位置へ戻っていくのが分かった。

 もっとも、芯に残る鈍い痛みだけは、しぶとく居座ったままだった。


 治癒の光を浴びながら、僕はふと、彼女の着る制服へ視線を落とす。

 胸元に縫い留められた金のエンブレム。

 風鈴を逆さにしたようなベル状の花を模した校章――

 魔術学園『夜明けの鐘(アルバ・カンパニュラ)』の象徴。


 今まで、ほとんど足を運ばなかった場所。

 意識的に遠ざけ、記憶の棚に埃を被らせてきた世界。


 だがもう、無関係ではいられない。


 先日、路上で絡まれたソウマ・ツヅリという男。

 その因縁の決着は、『魔術演舞デュエロ・マギア』――魔術を用いた決闘によってつけられることになった。


 逃げ場はない。

 そして、逃げる理由も、もう残っていなかった。


 無意識のうちに、僕は呟いていた。


王位アブソリュオのソウマか……」


「大した方ではなかったと思いますが」


 即座に返ってきたカレンの声は、あまりにも気軽だった。


「いや、カレン。あいつは僕たちに、ほとんど魔術を見せていないんだよ。

 使ったのは、せいぜい僕にちょっかいをかけるための下級魔術だけだ」


「そうですけれど。イズヒト様も十分に張り合えていましたよ?」


「張り合えていたように“見えた”だけさ。

 正直に言えば、あいつの素の動きに付いていくだけで精一杯だった。

 ……力を失った今の僕じゃ、たぶん敵わない」


 自嘲を込めた言葉だったが、事実でもあった。


 治療を終えたカレンが、小首を傾げる。

 その仕草は可憐でありながら、どこか理解できないものを見るような色を帯びている。


「少々、お相手を過大評価なさっていませんか?」


「そうでもないさ。ソウマって男は、学園内でも指折りの実力者だ。

 Tier1――その階級は、才能と研鑽と運が噛み合わなければ辿り着けない。

 そして何より、あいつはまだ一度も、本気を見せていない」


 だからこそ厄介だった。

 底が知れないという事実そのものが、脅威になる。


「だとしても、私がお側にいるではありませんか。

 私の魔術をもってすれば、相手など一瞬で消し炭。

 この世のすべては、イズヒト様の思うがままです」


 ……言動が完全に悪役ヴィランである。

 しかもこれは、計画を過信した末にあっさり討ち取られる、典型的な破滅フラグ付きだ。


 お前は物語の中盤で「想定外だ……」とか言い残して散る、悪の組織の幹部か。

 本来なら、彼女の実力を知っていれば、この手の台詞も頼もしく聞こえるはずなのだが――。


 僕は、ゆるゆるとかぶりを振った。


「カレン。これがただの魔術戦争なら、君に勝る者はいないだろうさ。

 純粋な破壊力と殲滅力だけを競うなら、間違いなくね」


「……ですが?」


「これは競技だ。

 現代の決闘――魔術演舞デュエロ・マギアなんだ」


「競、技……」


 聞き慣れない単語を、カレンは慎重に口の中で転がす。


「競技にはルールがある。

 そしてルールというものは、往々にして“強者”を平等には扱わない」


 それは枷であり、歪みであり、

 そして時に――暴力よりも残酷なものだ。


 単純な力比べで終わるなら、何の心配もいらない。

 カレンに勝てる者など存在しない。


 もし仮に、そんな人間がいるのだとしたら。

 僕は持てる財をすべて投げ売ってでも、そいつに頭を下げるだろう。


 ――カレンを、殺してくれ、と。


 そんな考えが、自然に浮かぶほどには、彼女は規格外だった。


 僕は人差し指を立て、静かに言った。


「この競技にはね、ライフポイントが設定されている」


「……ライフポイント、ですか」


「命を数字に換算するんだ。

 先に0になった方が負け。単純だろう?」


 言いながら、どこか空虚な気分になる。


「魔力量そのものが反映される場合もあるけど、

 学園内の魔術演舞デュエロ・マギアでは、基本的に“成績”が重視される」


 成績。

 秩序。

 評価。


「優秀な人間ほど、最初から多くのライフポイントを与えられる。

 ボーナスという名の、正当化された差別だ」


 そして――。


「ソウマの階級、王位アブソリュオ

 それだけで、圧倒的なアドバンテージになる」


 カレンは少しの間、黙っていた。

 言葉を反芻するように、ゆっくりと頷く。


「……成績優秀者と、階級の高い者が有利なのですね」


「そういうこと」


 次の瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなる。


「なるほどなるほど。

 ……ではなおさら、イズヒト様なら心配いらないじゃないですか!」


 その無邪気な断言に、僕は思わず苦笑する。

 ――だからこそ、心配なんだよ。


 この競技は、

 “今の僕”が最も不利になるように、

 あまりにもよく出来ている。


 魔術を極めた僕が、成績優秀なはずだって?

 それは前世の僕の話だ。

 ――これまでの僕じゃない。


 どうやら、改めて話してやる必要があるらしい。


「カレン。僕はね、アーイシャと再会するためだけに、今生のすべてを注ぎ込んできたんだ」


 言葉にするたび、胸の奥で何かが軋む。


「在籍はしていたよ。

 でも学園には通っていない。

 魔術演舞デュエロ・マギアにも、一度も出場していない」


 それは怠慢ではなく、選択だった。

 世界よりも、たった一人を優先した結果だ。


「周囲から見れば、

 過去の栄光に縋って、

 女の名を呟き続ける――

 頭のおかしな、病んだ生徒だっただろうね」


 沈黙が落ちる。


「……では」


 カレンが、慎重に言葉を選ぶ。


「イズヒト様の、ライフポイントというのは……」


 ――ああ。

 こんな女を、あの世から呼び出すと知っていたなら、

 もう少し“学生らしい人生”を送っておくべきだったかもしれない。


 僕は、乾いた笑いを喉の奥で噛み殺し、

 自分自身を嘲るように答えた。


「僕のライフかい?」


 少しだけ、考えるふりをして。


「――一撃食らえば即死。

 ライフ1だよ」


 カレンの表情から、言葉が消える。


 それでも。


 それでも、勝たなければならない。


 もしこの決闘に勝てたなら――

 カレンを殺せる魔導書、

 『救済聖書ビブリオ・サルバシオン』の情報が、手に入る。


 それは敗北よりも、

 ずっと残酷で、

 ずっと必要な“勝利”だった。



お読み下さりありがとうございます。

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