7話 絵
目を開けた瞬間、エイドリックは違和感を覚えた。
寝台の上、天井の模様が揺らめくようにぼやけて見える。体が重く、喉が乾いていたが、それよりも――視線を感じる。
ゆっくりと首を動かし、視線の先を見つめた。
そこに、フォルトゥナがいた。
彼女は寝台の傍らに置かれた椅子に静かに座り、こちらを見つめていた。
青白い顔、目の下にははっきりとしたクマが浮かび、その痩せた頬が彼女がどれほど疲弊しているのかを物語っている。
それでも背筋はぴんと伸びて、手には何かを持っていた。
「目が覚めたのね」
彼女の声は静かだった。淡々としていて、感情の色は見えない。
エイドリックはごくりと喉を鳴らした。
なぜか胸がざわつく。
そんな彼に、フォルトゥナは手にしていた紙束をそっと差し出した。
「――これを」
エイドリックは戸惑いながら、彼女の細い指が差し出す紙を見た。
それは――石墨で描かれた女性たちの顔。
どの顔も、ひどく怒りに満ちていた。
目を大きく見開き、恨みの念を浮かべ、口は何かを叫んでいるように歪んでいる。描写は異様なほど細かく、現実の顔がそのまま紙に焼き付いたかのようだ。
――そして、その顔に、彼は覚えがあった。
「ッ……」
エイドリックの顔が一瞬で青ざめた。
手が震え、目の前のフォルトゥナを恐怖に浮かぶ瞳で凝視する。
――また、だ。
彼女はまたやったのだ。
フォルトゥナの不気味な才能――目で見たものを正確に描き出す力。
彼女が目にしたであろう「彼女たち」の姿を、そのままこの紙に刻んでいる。
――自分を呪っている彼女たちの姿を。
「お前……どうして、こんな……」
エイドリックの声は掠れている。
言い終える前に、ふと窓から入り込んだ風が、彼女の手にあった紙束の一枚をひらりと舞わせた。
紙はゆっくりと空気を裂き、彼の寝台から床へと落ちた。
――それを、フォルトゥナは流れるような動作で拾い上げた。
彼女の動きは、まるで機械のように無駄がなく滑らかだった。
拾い上げた紙をもう一度差し出す彼女を、エイドリックは無意識に拒絶した。
「やめろっ!」
思わずその紙を弾き飛ばした。
紙は音を立てて、近くの床に落ちる。
部屋に、沈黙が落ちた。
エイドリックは息を乱し、紙束を睨みつける。
その視界の隅で、フォルトゥナが一瞬だけ――本当に一瞬だけ、傷ついたような表情をしたのが見えた。
――だが、それは気のせいだろう。
彼女はすぐにいつもの冷静な顔に戻り、感情のない瞳で彼を見つめる。
そして、淡々と――まるで判決を告げるかのように、静かに言った。
「お体がよくなったら、彼女たちにちゃんと謝罪してきてくださいね」
その言葉は、突き刺すように冷たかった。
フォルトゥナはそれ以上何も言わず、言うべきことは言ったというように立ち上がった。
彼女のドレスが静かに揺れ、床の木目を淡く照らす朝日に溶ける。
ゆっくりと背を向け、足音も立てずに部屋を後にした。
残されたエイドリックは、寝台にひとり取り残される。
床に散らばる怒りに満ちた女性たちの顔――。
紙の上の彼女たちは、まだ彼を睨みつけていた。
(謝れだと……)
フォルトゥナの最後の一言が、頭の中で何度も何度も反響していた。
あと3話です!