6話「呪われた」力
フォルトゥナには、生まれついての「才能」があった。
ひとつは、幽霊が視えること。
もうひとつは――目で見たものを正確に描き出すことができるという才能だった。
小さな頃からこの能力は自然と備わっていて、彼女にとっては呼吸をするのと同じくらい「当たり前」のものだった。
一度見たものであれば、どんなに細かな部分でも決して忘れない。
その皺の一本、髪の流れ、光の加減、色の濃淡に至るまで――フォルトゥナの手は、記憶を忠実に再現した。
初めてその力を褒められたのは、両親が開いた小さなお茶会で、彼女がテーブルの花瓶に挿された花をそっくりそのまま描いてみせた時だ。
「まあ、フォルトゥナったら天才ね!」
母が嬉しそうに褒め、父も「素晴らしい才能だ」と笑った。
――だが、それが何になるのだろう?
幽霊を見る力も、目にしたものを描き写す力も、どちらも世間からすれば奇妙で、理解されないものだ。
そして――彼にとっても。
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それは幼い頃、エイドリックと過ごしていたある日のことだった。
彼はいつも通り、フォルトゥナの家を訪れ、彼女の描いた絵を見て楽しそうに笑っていた。
フォルトゥナも、彼が褒めてくれるのが嬉しくて、花や風景、時には彼の似顔絵まで描いてみせた。
だが――。
「ここにいるわ」
彼女がそう言ったのは、彼が大切にしていた犬が死んでしまった時だった。
悲しみで沈む彼を少しでも慰めようとした彼女は、笑顔で足元を指さし、言ったのだ。
「大丈夫よ。あなたの犬――ここにいるわ」
その一言が、全てを変えた。
エイドリックの顔が青ざめ、次の瞬間には彼女の手を乱暴に振り払い、叫んだ。
「こっちに寄るな、幽霊姫! 気持ち悪い、化け物!」
――《《化け物》》。
その言葉がフォルトゥナの胸に深く突き刺さった。
彼の目には何も映っていなかったのだ。
彼女には確かに感じた、足元にまとわりつく犬の存在。――だが、それは彼には「異常」なものだったのだろう。
その日から、彼女は自分の「奇妙さ」に気づいてしまった。
何よりも――エイドリックにとって、彼女は気味が悪い存在なのだという事実に。
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わたし、は、呪われている。
「家系だからね」
「血筋だから」
両親に相談しても、彼らは困ったように笑うだけだった。
パーディントン家は古くから「幽霊を見たり」「声を聞いたり」「姿は見えないけれど触れる」能力や、時折「見たものを正確に書き写すことができる能力」を持つ者が少なからず生まれる家系だったからだ。
――それが何になるというのだろう。
彼女はただ普通の少女でいたかった。
ただ、エイドリックに「幽霊姫」と呼ばれず、普通に笑ってほしかった。
しかし、それは叶わない願いなのだと、彼女は次第に理解していった。
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成長するにつれて、エイドリックは彼女を避けるようになった。
当たり前だろう、とフォルトゥナは冷静に思う。
フォルトゥナの奇妙で異質な才能は、彼にとって「気味の悪いもの」だったのだ。
だからこそ、彼は――心の癒しや平穏を「普通の女の子たち」に求め始めたのだろう。
婚約者がいる貴族の男子として、ぎりぎり許される範囲で、彼は多くの女性に言葉をかけ、ちょっかいを出した。
だが、今年に入ってから――それが次第に「限度」を超え始めた。
女性に手を出すだけでは飽き足らず、賭場に出入りし、素行の悪い仲間とつるむようになった。
ファルソン夫妻は心を痛め、彼を領地に呼び戻して監視をつけ、更生させようと手を尽くしたという。
――だが、事態は悪化するばかりだった。
彼の状態を見て、フォルトゥナは「やっぱり」と小さく息をついた。
これまで彼が周囲に振りまいてきた「何か」を回避するための行動は、当然、強い恨みや念を生んでいた。
そして、ついにはその念が、彼を呪いという形で追い詰めたのだ。
(これは――私のせいだわ)
もし、もっと早く婚約を解消していれば――。
彼にとって自分が「特別」ではなくなっていれば、彼はこんなふうに苦しむこともなかっただろう。
(私が――彼を苦しめている)
こんなにも「気持ち悪い」私との婚約という「枷」のせいで、彼は自由を得られず、その反動で道を踏み外してしまったのだ。
――自分のせいで、彼はこんなふうに呪われてしまったのだ。
フォルトゥナは、自分の胸の中に広がる後悔を抱きしめたまま、病に伏せるエイドリックを見つめた。
彼の寝台を囲うように立つ、半透明の女性たち――。
彼女たちの形相は、恨みに満ちていて、その鋭い視線が何よりエイドリックの体力を削っていた。
(でも――もう決めたのだから)
だが、それで彼が救われるなら――。
「……ねえ、エイドリック。あなたは私に、何て言うかしら」
小さな呟きが、誰にも聞こえないように零れた。