4話「お助けしましょう」その代わり—。
翌日には下がると思われた熱が下がったのは、それから一週間経ってからだった。
生死の境を彷徨う、というより、快方に向かって食事がとれそうな頃合いになると、また一気に発熱し、少ししたら下がって回復の兆しを見せると悪化する。
まるで真綿で首を締めるようにじわじわと体力が削がれていくようだった。
それは文字通り「呪い」という言葉に相応しく、それ以外の言葉が見つかりそうもなかった。
どうにかならないのですか、と悲痛な声でファルソン夫人は母に泣きついていたが、母も困ったように首を傾げるばかりである。
元はと言えばエイドリックの素行の悪さが原因なのだし、監督者である夫婦がしつけなかったからだというのは言うまでもないが、それを指摘するほど野暮でもない。
――過去にも何度か、エイドリックはこのようにして古城へ「厄介ごと」を持ち込んできた。
ひとり、次は三人、そして次第に増えていき、今では彼を取り巻く半透明の女性たちの姿は「常連」と言っても差し支えないほどに頻繁な光景となっている。
最初に彼の周りに見えた女性の霊を目にした時こそ、フォルトゥナも少女らしくショックを受けたものだが――それも遠い昔の話だ。
今では慣れすぎて、すっかり無感動になってしまっている。
「フォルトゥナ、お前は平然としているがな……これは、もはや笑えんぞ」
ようやくエイドリックの様態が安定した日の朝食の席で、父、マーベリックが渋い顔をしてため息をつく。
「ええ、笑えませんわね。でも、お父様。お母様が仰っていたじゃありませんか。『人生にはどうしようもない男もいる』と」
「それはそうだが……まさか自分の娘の婚約者がここまでとは、夢にも思わん」
マーベリックは頭を抱えた。
横で母も、困ったように小さくため息をついている。
「それにしても、一体どうすればこんなに恨まれるのかしらね」
フォルトゥナが何の悪気もなく呟くと、彼女を見ていた使用人が思わず噴き出しそうになるのを必死に堪えた。こんな状況でも動じないお嬢様は、もはや「幽霊姫」の異名にふさわしいとすら思える。
一方、エイドリックの両親――ファルソン男爵夫妻は、もう悲嘆に暮れるしかないようだった。男爵夫人はしわくちゃのハンカチで涙を拭きながらフォルトゥナに縋るように訴える。
「どうか、どうか息子を見捨てないで……!」
「ご安心ください。見捨てるなど、そんなひどいことはいたしませんわ。ただ――お父様にも事前にお話をしました通り」
フォルトゥナは、その美しい黒髪をさらりと指先で梳きながら、静かに言った。
「お助けする代わりに、彼との婚約は解消させていただきます」
その言葉が放たれた瞬間、室内がシンと静まり返った。
ファルソン男爵は、夫人と目を見合わせたが、殊更に騒ぎ立てることも、想像だにしなかったことだと声を荒げることもなかった。ただ、しおしおと肩を狭めて隣の夫人に同意を伝えるように膝上の手を撫でた。
「愚息が迷惑をかけて、本当に――」
「どうぞ顔を上げてください、男爵。この提案は兼ねてから検討していたことでしたので、今回の事態で突然思いついたことではないのです。何より――」
彼女はふと、寝台で苦んでいたエイドリックを思い出した。
「彼が、可哀想ですから」
その一言は、なんとも皮肉に聞こえるものだった。
ファルソン男爵夫妻はうなだれ、黙り込んでしまう。一方、フォルトゥナの両親は何も言わず、ただ娘の判断を尊重している様子だった。
「私に一つ考えがございます。エイドリック様の回復を待って、彼自身に進んで動いていただかねばなりませんが、ご助力いただけますか?」
二コリ、と微笑んでフォルトゥナは朝食を続ける。
ファルソン夫妻は顔を見合わせ、パーディントン夫妻は天井を見上げた。
厄介ごとは早く片付けたいものだな、とだれもが思った。