連星 中編
魔導書から拡がった魔法式はベスドーアの森を中心に大陸各所に散っていた森の古エルフ達を捉え『ただの石くれ』に変えて滅ぼし、膨大なそのマナを吸収していった。
その過程で上半身のみとなったスエリア・マゥナイも迷宮大願成就の魔法に組み込まれ、解体されてゆく。
蓄えられたマナは稲妻のように亡き谷の片隅の忘れられた遺跡の底を砕き、地中深い地獄へのわずかな『綻び』を貫き、地下1層から3層を顕現させた。
「・・ふぅ。さて、『条件』を厳しく設定してしまった。どうするかな?」
3層の『仮の主の間』の玉座で、包帯の肌に黒衣を纏った最初のダンジョンマスターはやや呑気に呟いた。
魔導書は発動後、塵と消えた。1人残されたエイバーレアは放心してへたり込んでいたが、やがて日が昇り、また日が沈む頃に雨が振りだすとのろのろと立ち上がり、古びた転送門で郷へと帰った。
残り少なくなっていた住人はことごとく石化して砕けていたが、自宅の子供部屋に入ると、窒息したらしい生身の赤子の死体があった。
「発動前ですか。どうして」
エイバーレアは赤子の死体を抱え上げ、初めてしっかりと抱いた。
「君は思い通りにならないのですか?」
未分化な魔法が発動し、自宅も郷の建造物も、住民の石くれも、赤子の死骸も合わさり、1枚のアイマスクに錬成された。
何も無くなった郷の跡でエイバーレアをそれを身に付けた。
「これからは『そこにあるまま』だけを見ましょう」
強まった雨足の中、言って念力で浮き上がり、異様や気配の亡き谷の方を一度振り返り、エイバーレアはベスドーアの森を後にした。
突如出現した亡き谷のダンジョンは当初、現地で採集業や定期的にアンデッドモンスターの間引きをしていたワードッグやドワーフ達の間で噂される程度だった。
特別難度の高いワケでもなく、宝箱等は低層でも良い中身が手に入ったが、『蘇生不能』という恐るべき摂理がダンジョン内を支配しており、稀に発見される残照物の呪いの強さも厄介であった。
当時は完全な辺境であった事もあり、ダンジョン攻略は遅々として進まず、対価の不足から6層が出現するまでにさえ何十年と年月を要した。
・・影のようにして世界を巡っていたエイバーレアはとある大瀑布を見ていた。そこは淡水性の小型龍、スモールリバーサーペント達の巣でもあり、滝や滝壺を泳ぎ、あるいはその側を悠々と飛び、水飛沫と共に鱗を虹色に光らせ、時に鳴いて仲間同士で呼び合っていた。
「ほら、〇〇〇〇。川のサーペント達が鳴いていますよ」
思わずそう口に出て、自分が赤子の名を呼んだ事にエイバーレアは驚き、知らずにマスクの下で涙を溢していた。
エイバーレアは数十年ぶりにベスドーアの地に戻り、顛末を見届ける事を決めた。
森へ戻ると、郷の跡は完全に森に呑まれていたが、不思議と高台にある森の広場は変わらずに広場のままだった。
遺跡の名残も見えるこの場所には魔物も寄り付き難く、おそらく太古にも有ったはずの亡き谷の災いに対抗した場所であると推察できた。
そして、自分達はおそらくその災いを退けた子孫であるはずであった。
「・・・」
エイバーレアは亡き谷に向かった。
念の為、姿や気配を消す魔法を懸けてダンジョン周辺の様子を見ると、入口近くの谷の上の大岩が天から遣わされたらしい天使達の拠点となっていたが、探索者達とは連携していないらしく、探索者達は地上1層に粗末な野営地をいくつも組んで仮の拠点としていた。治安も悪く見えた。
そこに見知った顔を見掛けた。一瞬ヒートカップ氏の娘かと思わせたが、ハーフエルフであり、母か娘の子孫であるらしい。
あの娘より気の優しそうな、いかにも未熟な魔法使いの少女だった。酷い環境に顔をしかめていた。
今は7層の攻略が始まっているようだが、停滞しているようだった。まず物量と物資が足りていない。
(彼は勝ちそうだな・・)
そう思うと、これまでに無く酷い眠気を感じ、エイバーレアは森の広場に戻るとその端で、自分に『秘匿』と『ミスリル化』の魔法を掛けてしばし眠りに就く事にした。
鳴動を感じ、目覚め、ミスリル化のみ魔法を解いた。
敗れたのか? 勝ったのか? 既に亡き谷の方のから迷宮の気配は消えていた。どちらにせよダンジョン自体は崩壊したようだった。
眠りに就いてからどれだけの時間が流れたのかは変化の薄い森の広場ではわかりかねた。すると、
「はぁはぁ」
林の、谷の方角から成人のハーフエルフの女が荒い息で広場に現れた。魔法使い、それも達人に近い技量を持つ者。件のヒートカップ氏の子孫であった。
致命傷を負っていた。それがダンジョン内であったとすれば、もう手遅れである。
女は広場の中央でワンドを構え、
「ヒートカップ氏の名に懸けて、いつかはあの迷宮の災いを・・」
誓い、広場その物と共鳴して自らに魔法を掛けて樹木のような杖に変化し、草地に落ちていった。
「こんな地は離れて良いのに」
彼が勝った事を確信しながら、エイバーレアは秘匿の魔法も解いて歩みより杖を拾った。
「!」
触れてみてわかった。
「何という事を思い付く物でしょうか」
技量と力が足りなかったが、ヒートカップ氏の女は恐るべき魔法を実行しようとしていた。
この女に、自分とあの娘の幼い日々が伝わっていたらしいのが落ち着かない気もした。
エイバーレアは判断がつかないまま、会いにゆく事にした。
遥か北東の滅びたはずの大地に、小国ながらスエリア王国が出現していた。ロングフット族主体のその国はそれなりに賑わい、国民は『自分達が突然現れた事を知らない様子』だった。
エイバーレアは特には感想も無く、夜を待ち、王宮に忍び込んだ。王の間か寝所に向かおうとしたが、気配を感じ、宮廷庭園に向かった。
そこに、居た。
初老の、健康で、ややひょうきんそうにも見える王が、夜着の上に簡単にマントを羽織り、薔薇の様子を見ていた。
「久し振り」
「そんな顔をしていたのですね」
「そちらはよくわからなくなったね」
口は軽かった。
「スエリア・マゥナイ。国の住人は探索者達を再利用したのですか?」
「相応しいだろう? 1人有望そうなのを逃したが・・」
樹木の杖をチラリと見るスエリア王。
「まぁ足りないから適当に、流浪して滅びそうな人らも集めたよ?『2代目』の王は中々いい人材を見付けられた」
エイバーレアは事実だけを見た。
「貴方の魔法はまだ解けていませんね」
「少し違う。私は」
瞬く間に肌を包帯で覆い尽くすスエリア・マゥナイ。
「あの迷宮の魔法その物。これからも人々の願いを叶え続ける」
夜風が逆巻きだす。
「やがて大きな破綻を迎えるのではありませんか?」
「君がそれを言うか」
スエリア・マゥナイは逆巻く風の中に溶けだした。
「古エルフの生涯は永い、もう去り、忘れるといい。全てはほんの一時の、人の足掻き・・」
迷宮の王は消え去った。
この夜からおよそ100年、エイバーレアは数え切れない伝承を世界中に残しながら、旅を続ける事となった。
2番目のダンジョンマスターは猛悪であった。
世界を憎み、災いを振り撒く事その物を願いとしていた。
谷の天使達の拠点は観測所として人間達と共有され、森に面したフラ草原までがスエリアの国土となった事で、物量と物資の不足も多少は改善された。
だが今回のダンジョンマスターの攻撃性を前に、探索者達はまたしても苦戦を強いられた。
4層の大型野営地にヒートカップ氏の子孫の男子が居た。まだ少年と言ってもいい歳で、鍵師職だった。
焚き火を前に1人でこの時代の固い棒状糧食を噛っていた。仲間達は口論の末、現地解散。まだ汎用のエレベーターや転送門、及び脱出の鏡は未発達で、1人では地上に戻るのも困難だった。
「くっそ~っ。最悪だ! だからダンジョン何て御免だったんだよっ。何がヒートカップ氏の使命だっっ」
「大変ですね」
野営地の陰からエイバーレアが現れた。
「うおっ? 何だ?? 上級冒険者様かっ? 冷やかしかよっっ」
「『今回の』ダンジョンは単純かつ凡庸な造りですが、明らかに『戦闘型』です。魔物、守護者、魔族いずれも強壮。邪教徒の活動も活発。貴方のようなタイプは浅層でお小遣い稼ぎをして、いよいよ不味くなったらさっさと離脱するとよいでしょう。今回はのダンジョン内の摂理は離脱した者にまで及ぶ仕様ではありません」
「?? 煽ってんだか、説教してんだかよくわかんねーな。離脱したいのはやまやまだがよ、俺は魔法の才能ねーから実家に帰っても」
「忠告しました」
「ちょ」
愚痴を中断されて顔を上げると誰もいなかった。
「何だよっ? やっぱ冷やかしかよ! チクショーっ!」
ヒートカップ氏の少年の声が虚しく野営地に響き、他のパーティーから罵声を浴びせられるのだった。
数年後、攻略は7層で破綻。
生き延びた探索者とクピド達は観測所まで完全撤退し、人間はスエリア国、天使達は天界に増援を求めるより他無かった。
だが、既に必要な対価が迷宮に溜まり猶予が無い事をエイバーレアは察し、7層の最終戦で空いた大穴からダンジョンマスターの待ち構える8層へと降下を始めていた。
「ルール違反では? 貴女は挑戦者ではない」
スエリア・マゥナイが呆れた様子で姿を現わし並んで降下しだした。
「良心の呵責? 報復? あの少年ならもう逃げたようだが?」
「或いはですが」
この100年余りで結論が出ていた。
「私は貴方の友達なのかもしれません」
「・・・」
迷宮の王は宙で静止し、エイバーレアだけが8層の闇へと落ちていった。
程無く、2番目のダンジョンは崩壊した。
観測所の面々が驚愕し騒動になる中、損耗したエイバーレアは森の広場に戻ってきていた。
為すべき事は理解している。必要な魔法式は100年掛けて編み上げ済みであった。
(私には見えます)
遺跡の破片のような物が散乱しているその草地に、
(目映い星々の煌めきが)
樹木のような杖を差すとそれは芽吹いて童話のようなツリーハウスになった。犬小屋の程度の小さなツリーハウスもその脇から生える。
理解できた、全ての魔法の成功を。背後に小さな気配。
その、勇気と、魂の健康さ。
思わず微笑んでからエイバーレアは吐血し、未来に、振り返った。




