連星 前編
スエリア共和国大栄光神民広場の会場には数万の選ばれし上級神民が集まり、聖総統が壇上に上がり劇的な演説が続くと、浮遊する水晶動画通信器で中継されたスエリア全土の神民と共に熱狂に沸き躍った。
「愛する共和国神民諸君! 諸君らの個々の愛はスエリアの為に有り、スエリアの愛は諸君等の為にある!! 私は聖総統として、大いなる歓びを持ってこの幸福な約束を祝福したい!!! 偉大なるスエリア! 偉大なる!! 偉大なるスエリア!!!」
「「「偉大なるスエリア!!!!」」」
共和国神民は感涙の元に唱和した。
「我々は毅然と打破するっっ。愚劣な拝金主義者ども! 迷信と腐敗まみれの教会!! 蛮族どもっ! 特に傲慢な古エルフっ!! これを見よ!!!」
壇上に虐待され魔法を封じる首輪や錠を付けられた古エルフが3人引き立てられ、即座に背後から処刑官によって鋸刃の小剣で刺殺されたが、古エルフ達は死体にはならずに高純度の魔法石と化して砕けていった。
会場にどよめきと「穢れた血!」と罵声が響く。
「人ではない者が人のごとく振る舞い、我々を侮蔑すらする! 何とおぞましい魔物かっ。これは、資源である!! 地上において『人』とは我々共和国神民のみだと! 世界の摂理が実証しているっ!! 絶対的な愛を持ってっ、世の端々までっ、人の世界を築き拡げようではないかっ、諸君!!!」
最大の熱狂が起こり、その中に1人の軍服少年がいた。少年魔法兵の中でも抜きん出て優秀な者だけが入隊を許される『聖若年神民隊』の隊服を誇らしく着ている。
と、少年のポケット内の、聖総統の演説中マナ動力を切っておく通達のあった携帯水晶文字通信器が着信の振動を起こした。結構な振動で周囲に気付かれかねない。
(ヤバっ、『倫理自己考察係』にバレるっっ)
「あ~っ、靴紐が!」
少年はわざとらしく靴紐を直すフリをしてしゃがみ、振動を止め、自分の身体で隠して画面を一応覗いて見た。
『奴隷相場で失敗した。費用が足りないので聖共和中央大学へは正妻の子のお前の弟のみをゆかす事にした。お前は南西戦線の聖若年志願将校に推薦しておく。形だけの役職だ。自力で出世しろ。父より』
とあった。
(何~~~っっっ??!!!)
絶叫したかったが、早くも倫理自己考察係の視線を感じたのでどうにか堪え、平静を装い立ち上がったが、冷や汗は止まらない。
魔法等の才を差し引いても、成金中級国民氏族が金欠になるという事は死刑宣告に等しい。まして私生児である。
会場の熱気の中、少年は目眩で倒れそうだった。
ベスドーアの森は精霊の祝福を受けた地である。ここは地獄への裂け目のある亡き谷に近く、神がそこに巣食う邪教徒に対抗する為に森に祝福を与えたという伝承があり、主たる住人の古エルフ達はそれを信仰していた。
大人達は日々、遥か北東で栄えたスエリア共和国の脅威と相継ぐ同胞の拉致に戦々恐々としていたが、子供達には実感の湧かぬ事で、幼いエイバーレアと親友のヒートカップ氏の娘は日々、大昔、砦があったという森の広場に2人の魔法で作ったツリーハウスで楽しく遊んで過ごしていた。
自在に、様々な空想を魔法で現実に顕現させて遊んだ。
「戦争何てやめたらいいんだよ」
「そうですね~」
「私のお母さん、緑の門の所のロングフット族と仲良し何だよ?」
「いいですね~」
どちらかと言えばエイバーレアは気の強いヒートカップ氏の娘の子分であった。
それでも子供達の日々は楽しく過ぎたのだが・・
その夜、ツリーハウスは焼かれ、ヒートカップ氏の娘の母と内通していたロングフット族の男は処刑され、母子は郷を追放された。
母は泣くエイバーレアを慰めたが、父は、
「夫を亡くしたからといって、血の穢れだ。おぞましい」
と冷たく言い放った。
南西戦線は苛烈かつ、きりがなかっ。
ワーラビット族とフェザーフット族主体の土着部族連合は駆逐しても駆逐しても奇襲主体の交戦を繰り返し、どうも背後にはフラ草原の先のベスドーアの森の北部にある岩宿のノーム達の後援がある気配もあった。
世界中で領土拡張戦を繰り広げているスエリア共和国は戦力が分散しており、魔法兵と機械化魔法兵器の戦力を持ってしても戦線は一進一退を繰り返し、年月と戦費と人命を無為に浪費し続けていた。
父に見限れてこの地に飛ばされたかつての『聖若年神民隊』の少年も紆余曲折を経て、実家と絶縁し、とある中隊の隊長の身分の青年となっていた。階級は少尉。
戦績と魔法兵としての実力と結果的に多くは独学となったがその学識からすれば不当に低い扱いだったが、運もツテ無い士官等はそんな物であった。
夜明け近く、疲弊した中隊は転戦や敵軍の奇襲の為に本隊から離れ過ぎてしまい、まともな整備を受けていない屋根どころか側面装甲も殆んど破損で失われた魔導輸送車で、どこまでも草いきれが付きまとう中を本陣に戻っていた。
(蛮族どもは何が気に入らないのか未だに理解できない。スエリアの下級国民ともなれば、原始的な暮らしかから脱し、『人間の範疇』になれるというのに)
青年は内心ボヤきながら魔銃を肩に掛けたままうつらうつらしていると、隊員達のざわめきと奇妙な感覚に目覚めた。
「どうした?!」
「北東のっ、本国の方の空がっ!!」
「何っ?」
北東の夜明けの空に延々と流星が落ちているのが見えた。その異様な気配。
「魔法、なのか??」
青年が驚愕した次の瞬間、全ての魔導輸送車ごと捕縛の魔法式が捕らえ、浮き上がらせられた。
「っっっぐ??!!!」
北東の流星に気を取られていた中隊の西側の空からいつの間にか接近して葉の芽吹きのある木造舟に乗った古エルフの一団が魔法を行使していた。
(なぜ、古エルフが??)
本国が積極的だった古エルフ狩りと無関係な青年はワケもわからないまま、ここまで生き延びた隊が呆気なく全滅する事を悟っていた。
亡き谷を挟んだマゥナイ山はベスドーアの古エルフ達から忌み地とされていた。
かつて谷の邪教徒と度々結託したゴブリン族やオーク族の棲み処であった事もある。忌まわしい山の亜人はとうの昔に全滅させていたが、森の古エルフ達は流刑地としてここを利用していた。
「300人足らずしか残っていないだとっ?」
森の古エルフの族長である少女の父は苛立たしげに共の者達と流刑地の転送門から出てきた。
「うっ、酷い臭いだ!」
ゴブリン族の郷を再利用したそこはマナ障壁で閉ざされた陰鬱な郷だった。
粗末な服を着て、全身を汚れた包帯で巻いた無気力なロングフット族が徘徊し、あるいは横たわっている。
「最初の担当が身内をスエリアに酷い殺され方をした者だったようで、ほんの数日で・・この郷に生き残っている者が全てです」
スエリア民を7000人は捕獲したはずであり、『儀式』に不要な者は公開処刑して見せしめにするつもりであったが、残り300足らずでは儀式が成立するか怪しい程であった。
「族長、こちらです」
案内された先には青年、であったらしい包帯で覆われた者が頭を抱えて呻いていた。
側には異様な風体の古エルフがいた。
「儀式は? できるのか?」
異様な古エルフに族長が問うた。
「問題ありません。これから何も抵抗できず、これまでと、これから病で少しずつ滅びるこの者達の意識を滅びた側からこの青年の頭に送ってゆきます。この苦痛を糧に、亡き谷の底の地獄の門を抉じ開け、滅びたスエリアの死霊どもを送り込み続けます。逆恨みは防げるでしょう。処理にはまあそれなりの時間は必要ですが、終わるまで死ねぬ呪い等も掛けましたので」
「たった1人を媒介に使うのか・・呪いは防げるのだな?」
「勿論です。この青年、下等なロングフットにしては中々の逸材ですぞ? 特段重用された様子もありませんが、儀式の術を掛けるまでは病身のまま危うく流刑地のマナ障壁を解除して遁走される所でした」
「それはどうでもいい。問題無いなら捨て置くまで。適切にやれ」
族長は踵を返し、うわごとを言って抱き付いてきた住人を乱暴に蹴り飛ばし、共を連れ転送門でベスドーアの森へと帰っていった。
「・・エルフもロングフットも無い、この世こそがすべからず地獄。お前達の時間では永い務めになるが、全て済めばこんな薄汚れた所からは早々に立ち去るといい」
「ううっ、やめろ! 俺に入ってくるなっっ。押し付けるな、消えろ、消えろ!!」
青年は、流刑地で呻き続けた。
それから年月は流れ、エイバーレアは美しく成長していた。
スエリア共和国は消え、儀式の効果で恨みの呪詛に襲われる事もなかったが、ベスドーアの古エルフに問題が生じていた。
端的に言えば人口減であった。スエリア共和国の断罪の為の立て続けの大魔法の行使で4割の古エルフが結晶化して死に、さらに3割は魔力の減退や身体の欠損等の障害を負っていた。
結果的に共和国に対抗する為に他の種族と交流する機会が増えた事で閉鎖的な森の暮らしを嫌って出奔する者も増え、長命種故に元々低い出生率も仇となり、危機的状況となった。
エイバーレアは家格からすれば不十分な相手でも早々に婚姻せざるを得ず、また古エルフの基準からすると短過ぎる判断で『子を成さない』と離縁させられ、別の相手を宛がわれた。
子を成さぬまま、族長に言われるまま婚姻と離縁を繰り返し、遂には郷の住人が老人と傷病人とわずかな既婚者だけになった時、暗い夜、閨に族長が現れた。
「まだ試していない組み合わせがあった」
影のようにそう呟き、それから20年後、エイバーレアは『遠方の古エルフの旅人の子』を孕んだ。
それからさらに10年、人影が薄れ郷の大半がベスドーアの深い森に呑まれてしまった頃、エイバーレアに家への立ち入りをきつく禁じられた族長は発作的に自決し結晶化して砕け死んだ。
住人わずか数十人となった郷で、成り手の不足からエイバーレアは族長を引き継く事となった。
幼い頃はヒートカップ氏の子分だった、おっとりとしたエイバーレアは、氷のように冷たい顔の、古エルフ故にいつまでも赤子のままの子を育てる女になっていた。
「・・・」
古エルフにしても成長の遅い我が子に乳をやりながら、何も感じず、エイバーレアは自分達の種族の滅びを感じ取っていた。
族長として最初の仕事は『儀式の完了』を見届ける事であった。馬鹿げている気がしたが、終わりがある、という意味では確かに自分の仕事である気はした。
臭気さえ薄れたマゥナイ山の流刑地の郷は障壁は有効であったが人気が無く、管理していたはずの老いた古エルフの姿も無く、ただ一角に詰まれた骨の山と、風化し掛けた鶏小屋らしき家屋の隅に座り込む薄汚れた衣服と包帯の肌の、不気味な程長く白髪を伸ばした男がいるだけだった。
老いた共の者達は腰を抜かしていた。
「まだ生きていますか? 儀式は終わりました。望むなら解放しましょう。飲み食い要らずと不老の術がまだ有効ですが、不死の術は無効としました。自決したいのであれば死ぬとよいでしょう」
(・・私はスエリアだ。マゥナイ山のスエリア。それが、私となった)
前触れの無いテレパシーであったが、敵意は無かった。
(狂ったのですか、当然ではありますね)
(全て失い、いくらか知った。亡き谷の地獄への道は『願いの器』足り得る。捧げろ、方々に散った、純血の、ベスドーアの古エルフは638名いる。お前は、それをとても許さない。私は、知っている)
「黙りなさい! 亡霊っ!」
「エイバーレア?」
「どうした??」
「・・何でもありません。彼はもう意味が無いでしょう。障壁を解除します。山の魔物どもの餌になればよいのです」
エイバーレアはそう吐き捨て、戸惑う共達と共に古びた転送門で去った。
スエリア・マゥナイはただその後ろ姿を座って見ていた。
赤子の夜泣きが止まらなかった。魔法で動く玩具等であやしても、乳をやっても、泣き止まず、尿や便もしておらず、熱も無い。
「黙って!」
怒鳴っても余計に泣くばかり。
単純に抱き上げてあやす事は、どうしてもできなかった。
エイバーレアは赤子の泣く部屋を飛び出し、地下の書庫に入ると、吸い寄せられるように初見の隠し棚の奥に有った厳しく封印された『迷宮大願成就』の魔導書を手に取ると呆気なく封印は解け、それを読み出すと止まらなくなった。
明け方、魔導書を手に部屋に戻ると、嘔吐の跡のある赤子は引き付けを起こし白眼を剥いていた。
まだ、生きてる。
エイバーレアはドアをそっと閉め、家を出るとその足でマゥナイ山への転送門に向かった。
流刑地の郷に行くと、スエリア・マゥナイはちょうど魔犬の群れに下半身を喰われている所だった。
「『デス』」
エイバーレアは即死魔法でワーグを全て殺し、半死半生のスエリア・マゥナイと対峙した。
(遅かったな。待ちくたびれたよ、私の友達)
「貴方の願いを言いなさい、亡霊。私の願いは貴方の願いを叶え始める事で既に叶います」
(私は王になりたい。もう一度、スエリア国を始める。それが、彼らや彼女達の願いであったようだ。私は、それに、もう逆らえないんだ)
エイバーレアはこの亡霊を哀れとは思わなかった。道理とさえ思った。
魔導書を開き、エイバーレアは滅びと始まりの魔法を使った。




