南ルートの破綻
南ルート開拓者達は今日も疲弊し、小競り合いを繰り返していた。
ルートの元になる古道は南部の森で暮らすワードッグ達に重視されていなかった為、荒れ果てている上に魔除けの効果は薄い。
作業用の即席の魔除けの杭の隙間を縫って、あるいは杭を設置している最中に森の魔物達の襲撃が容赦無くあった。
最初の頃は開拓者達も、護衛する各地の領兵の寄せ集めの騎士団未満の国軍兵達も大騒ぎしながらも、一丸になって対処していて被害は限定的であった。
が、繰り返され、損耗し、また人員が補充され、作業の遅れから延々と迅速化を催促され続ける中で、元々規律が保てていたとは言い難い開拓者達は麻痺していった。
「助けてくれぇーっ!」
「オイっ、資材運んどけって言ったろ!」
「お前どこの領の出だっ? 主の爵位と血統を言ってみろっ?!」
「班長! また『犬ども』だけ仲間内でいい糧食回してるっ、やってられねぇよ!!」
「『毛無しの猿』どもは使えないな・・」
「間に合うワケねーんだよっ!」
たまたま障壁の隙間に近かった班が魔物の小集団に襲われ噛られても別の班は関心を示さず、ミスを過剰に詰り、領兵同士で反目し、ワードッグと開拓者で蔑み合い、劣悪の環境に癇癪を起こすばかり。
「・・侵入した魔物の駆逐。現場監督達に半端に手伝わず指示に徹するよう再確認。出自や主ではなく軍の規律と階級を重視する事を再通達。私費購入の糧食は出入りの行商から買える事を再周知。ワードッグには各部族の指導者に酒を配り公に蔑称を使う事を避けるよう申し入れ。スケジュールについては『動かせる物ではない』、聞かなかった事にしろ」
ベスドーアの森の南ルート開拓を采配する『新行軍推進管理監』の役職を与えられた白鼬人族のマディド・クールリーフは冷静に直属の配下に指示を出しながらも、焦っていた。
正規ルートの開拓は荒野の街道の補修のみだという。中途の野営地の簡易補修を済んだ為、昼間の内に野営地から野営地へと強行軍を行えば既に陸路で観測所まで行く事は可能。
大半のパーティーは実費となる高価な転送門移送や、森の宿までの転送費の借金の総額に尻込みをして宿の周囲で素材収集業者紛いの事をしていた連中も続々と観測所を目指しだしていた。
このままではただでさえ、無理筋を通している南ルート開拓の立つ瀬が無い。
そもそもベスドーアの森の入り口である緑の門の管理権を『物理的な剛腕』を持って事実上、法的根拠無く森の宿の主に奪われてしまっていた。
おかげで緑の門を拠点に採集業を始める物が続出し、本来予定の人員を確保できていない上に本来の給金では人が集まらなくなり、経費が浮く事もなかった。
クールリーフ家は子爵家に過ぎない。加えてスエリア国中央の貴族社会では獣人種族は軽んじられる。
国境の揉め事の多い国軍の北部工兵団、現地参謀部の生え抜きマディドは、その有能さと、会った事もない没落分家の麻薬と人身売買絡みの罪の『ツケ』の為に、聞いた事も無いような役職を任じられ、現地に派遣されていた。
(冗談ではない。明らかに正規の森の宿ルートにリソースを集約した方が効率的)
しかし、氏族間で役職がたらい回しにされたらしいとはいえ正規ルートの采配を担当する『ドラゴリリー氏』は『旧王派』の急先鋒。
猜疑心の強いらしい新王は信用しておらず、何より『自分の勢力による早期終息』に拘りがあるらしかった。
手柄が欲しい様子でもなく、マディドは困惑するばかりであったがこうなってはやりきるより他ない。
「道理は道理の有る場所にしかない、な・・」
出払い、人気の無くなった虫除けの香の漂う粗末なテントの粗末な椅子に座ったまま、マディドは呟いた。
それでも並みの采配ならば早々に破綻するはずの林内の南ルート開拓を、マディド7割強成し遂げた。
正規ルートは簡易な街道補修まで済み、行商等の一部民間人の陸路による行き来すらできるようになったが、条件からすればこちらも上々であった。
しかし、
「これ以上はやってられねぇ。もう限界だ! 開拓団を預かるこの暴風雨のゾリアーデっ。引き上げさせてもらうぜ!!」
胞子感染型の魔物の被害の治療で、国軍兵を優先し、南部ワードッグは独自の治療ノウハウで自分達を治療する中、非ワードッグの開拓者達に蘇生困難な被害や『魔物化』、追加治療費による赤字になる者が続出していた。
非ワードッグの開拓者達の頭がこの開拓団を見限り、生存者と全ての遺体と共に離脱してしまった。
平等に治療すれば国軍兵が反乱を起こしそこで全て終わる。ワードッグ達がまず自分達を優先する事に口を出す事は『不可能』。マディドにはどうしようない経緯であった。
「・・仕方が無い。と『多幸薬』を用いた『囚人工兵』を投入する」
兼ねてから打診されていた政情不安や国境ほ小競り合いから増大し、収容能力を越えた囚人達の起用を認めざるを得なかった。
(今さら家名に泥を塗るも何もないだろう)
マディドもまた知らずに麻痺していた。
囚人工兵に通常の采配は不可能な為、多幸薬を服用させる。多幸薬を使用するという事は『使い棄て』にする、という事である。
判断からほんの数日で大量に移送されてきた、この『恍惚とした無償労働者』は複雑な作業はできなかったが、疲れを知らず、魔物や事故や怪我を恐れず、蘇生の必要も無く、『日々大量に損耗しながら』劇的な速度で開拓を続けた。
結果、スケジュールの遅れを挽回し、そう間を置かずに南部ルートの森の西端、荒野の南部の始まりに開通する事に成功した。
「契約通り、我々南部ワードッグはここまでだ。荒野の古道の補修は工事自体は楽だろうが、ここからはベスドーア以上の魔物の巣窟。北は魔物をまず追い払ったらしいが、それは尋常な話じゃない」
最後までファーストネームを名乗る事の無かった南部ワードッグの代表がマディドに警告をした。
「問題無い。本国も工事の成果に満足している。更なる囚人工兵の派遣も決まった。自爆用の爆薬兵器をドワーフのマフィアから大量に仕入れもしたそうだ。計算上対処できる」
淀み無く答えるマディドの顔を南部ワードッグの代表はしばらく見詰めた。
「管理監さんよ。あんた優秀だったが・・人相変わったな」
「っ??」
マディドはヌイグルミような見た目を侮られがちであった自分が、毛を被った猛る毒蛇のような顔付きに変わっている事に気付いていなかった。
南部ワードッグ達は去ってゆき、南部開拓団には恍惚とした無数の囚人工兵と、半分程に減り領兵同士で争う事も無く青白く表情の消えた寄せ集めの国軍兵ばかりが残された。
荒野に入り、南部ルート開拓団の死の色の強まった行軍は続いた。
毎夜のように中小のサイズのアンデッド群に襲われ、魔除けで凌ぎ切れ無かった時はいちいちまともに交戦せずに即座に囚人工兵に自爆兵器を仕様させ撃退した。
ワードッグの言う通り、森では無く平坦な荒野の街道及び野営地の補修は損傷は激しくとも高度な成果を求められていない事もあり、工事は用意で、滞りなく進んでいった。
自爆し放置された工兵達の肉片等が夜間に蠢き何処かへ消えていたが、そんな事を振り返る者はもはや居なかった。
やがて荒野の南部ルートの6割強が補修された。目的の亡き谷の観測所南の大規模野営地跡の岩場まで後少し。
高所の崖から望遠鏡や遠距離視認の魔法を使えば容易に目的地を認める事ができた。
大規模野営地跡は観測所が元々最低限度補修しており、開拓団はただあそこにたどり着けばいいだけだった。
「随分近く見える、飛竜ならば散歩の類いだ・・」
蜃気楼でも見たような気がマディドはしていた。
補充され続ける囚人工兵は増えも減りもしていなかったが、国軍兵は脱走も増えた為、3分の1に減り。直属の配下も2分の1に減り。返答しない者や奇声を上げる者も少なくなかったが、マディド特段関心を感じなかった。
むしろ彼らは正常である、とさえ思った。
大規模野営地を遠くに見た後、補修作業を再開させるべく団に戻ると、果たして西部辺境特別管理監サラ・ドラゴリリーが従者らしき老騎士が駆る飛竜で来ていた。
彼にとっては奇妙な事に精霊を数体連れている。
「クールリーフ卿! 〇〇〇〇は✕✕✕✕でしょう」
「?」
今のマディドはサラの言っている事が上手く聞き取れなかった。だがよくよく聞いてみると、どうも工事の中断と後方の補修済みの野営地へ一旦戻るよう言っているらしいと理解できた。
論外、と彼は思う。
「邪魔はしないでもらおう。体制は変わったのだ」
マディドは虚ろな配下に命じ、何やら「にゃーにゃーっ」としか聞き取れない憤慨するサラを従者と共に飛竜に追いやり、そのまま空へと追放し、何事もなかったように作業を再開させた。
その夜、不思議な事にアンデッド達は全く襲ってこず、雲は緩やかに流れ、この果てしない工事が始まってから初めてであるような安らかな眠りを南部ルート開拓団にもたらした。
実際には奔放で家名を汚した母が、風邪を引いた幼い自分が甲斐甲斐しく看病してくれる夢をマディドは見て、眠りながら微笑んでいた。
翌日、昼日中に、それは前触れなく起こった。
雲一つない強い日差しの荒野の陽炎の向こうの地平線に、巨大な人影が並んでいた。
配下の一人が言った。
「ボーンジャイアントだ。はははっ」
ボーンジャイアント達は何の感情も無い様子でその固有の能力により、地表に描いた闇の魔方陣より巨大な岩の塊を生成して抱え上げた。
囚人工兵達は指示がないので黙々と作業を続け、唖然とする直属配下や国軍兵の中のいくらかは隠し持っていた多幸薬を服用した。
マディドは目的地を見た時と同じように望遠鏡でボーンジャイアントをよく見てみた。
その巨体には見知った死骸達が少なからず混ざっていた。
マディドは望遠鏡を目から離すと、むしろ清々しい顔で言った。
「何だ、帰ってきたのか、お前達」
ボーンジャイアント達は無造作に、巨石を一斉投擲した。
こうしてこの日、南部ルート開拓団は全滅を、するかに思われた。
「超っ、サマークラウン氏ビィイイーーーーーームゥッッッ!!!!!」
「いや兄さん僕を巻き込まないで」
上空に飛来したレンダ達、森の宿の面々と眷属の幻獣と精霊達の一斉遠距離攻撃で投擲された巨石は全て破壊され、ボーンジャイアント達は大きく怯まされた。
「なっ?!」
驚愕するマディドの近くに有翼の巨大人面獅子の幻獣『スフィンクス』に乗ったレンダとティティとサラと従者が降下してきた。
「オイオイオイオ~~~~イっ、せっかく退治したボーンジャイアントの材料提供しまくってるのはどこのどいつだぞぉっ??!!!」
「詳しい話はまた後しましょう」
「少しは話を聞くにゃっ!」
マディド達が呆気に取られる中、先日退治した時よりも力の増したレンダ達は圧倒的な攻勢でボーンジャイアント群を殲滅していった。
・・・南部開拓団を丸ごと保護した森の宿は初めて『満室』となった。
体調の落ち着いたマディドは人払いをした主の仮眠室招いていた。同席しているのはレンダ、ティティ、サラ、ミィルスのみであった。
「後続隊は南部ルートの森の西端で待機してる。『こちらの調査の結果、マディド卿の開拓団は荒野で全滅しアンデッドに取り込まれた』って事にしていいにゃ? 口添えはする。クールリーフ家は犠牲を払ったとして、『トントン』くらいで済ます」
「・・今、王都はどうなってるのか?」
「選抜トーナメントは引き伸ばせなくなって、状況も揃い新王派と反新王派がハッキリ対立しだしてる。今なら逃げられる。配下や領兵達、後遺症は酷いが囚人達も一旦、国外に出すにゃ」
「南部ルートは開通しても被害が増えるだけだ。もうここらでやめとくんだぞ?」
「状況的にもう一度開拓団を再編する余力は無いでしょう」
「迷惑だし」
ふと視線の合った、仮眠室にあった壁鏡を見るマディド。老人のように痩せた獣人になった自分がいた。
「私は、生き残って、いいのか?」
サラはマディドの枯れた手を取った。
「私は運が良かっただけ。渦中で立場を自分で選べる人間はそういないはず。罪や罰は全て済んでから考えるにゃ」
「うっ、ううう、もっと、上手く、やれると思ったんだ。くぅ・・っっ」
マディドは泣き崩れ、サラはその手を離さずにいてやった。




