サエモンの憂鬱
月夜の王都、人気の無い馬車道脇の路地に武装した黒頭巾を被った様々な種族の男達がいた。いずれも手練れの様子であったが、いかにも気性の荒い殺伐とした空気を纏っていた。
リーダー格らしい熊人族は馬車道の様子を伺いながら小声で一味の者達に話した。
「直に来る。グランドマスターだの何だって言っても現役だったのは二昔は前のロートルだ。『影に潜る』能力も対策済みだ。コイツを仕止めてっ、ついでにワケわかんねぇ岩宿の『放火魔ノーム』のジジイを仕止めりゃ、金だけじゃねぇ! 領地をくれるとさっ。戦国時代でもねぇのに領地だぞ? ぐへへっっ」
「土地は買った方が気楽だぜ?」
「っ?!」
大鉈のような片手剣を抜いて露地の暗がりを振り返るリーダー格の男。
砕魂を抜かないままのサエモンが立っていた。すでに一味の者達は全員昏倒させられていた。
「サエモンっっ」
リーダー格の男は+2級の光属性の指輪『光獄の指輪』を発動させ、周囲を眩しい光の障壁で覆った。
「へへっ! これで影にゃ潜れねぇしっ、逃げられねーぞっ?! グランドマスターさんよぉ!!」
嗤ったそばから一息で懐に入られ、刀身を抜かぬまま柄頭を鳩尾に打ち込まれ、
「ぽぉっっ??!!!」
昏倒するリーダー格の男。指輪の発動が止まり、光の障壁は消えた。
「貴族になると色々面倒だからな」
サエモンも当代のグランドマスターになる際、強制的に『伯爵』の爵位を与えられていた。
ほぼ同時にギルドの竜車が駆け付け、ギルド職員のオーガ族、ウーラが大柄な身体で転げるように出てきた。
「ヒダ卿! 自分で対処するのやめて下さいっ!」
「ん~、ウーラ。下っ端過ぎて大した事聞き出せそうにないが、後処理頼む。ああ、『騒動が片付くまで』国の監獄に入れるのはよしてやれ。口封じされちまう」
「はぁ・・」
「ゴゥラスの爺さんがあの『火の魔法使い』を生け捕りにしてくりゃよかったんだが、あの人、短気だからなぁ」
すぐにヒポグリフに乗ったギルドの警備部が飛来し、ウーラの采配で無謀な暗殺者達を捕えだした。
サエモンは見るでもなしに月を見上げながら思案顔であった。
王都のスラム街はゴゥラスとゼンニマァクとの交戦の結果、3割強が焼失したが、人的被害は二十名余りであった。
生存者の大半が、
「蟲の群れに家から追い出された」
「蟲の群れに助けられた」
「蟲が火傷を治した」
「蟲が身体に入ってきて身体の一部に成り代わった」
等と証言したが、世間一般は半信半疑であった。
国は『急進的なノーム一派による放火』と発表したが、ノームの種族団体は否定し、冒険者ギルドや中央教会は曖昧な対応に終始し、騎士団は新王派と反新王派で対応が別れ、貴族達は新王派も反新王派もこの件に直接関わる事を嫌った。
国内では曰く付きの王の交代劇に加え、亡き谷のダンジョン攻略への課題な支出で動揺が拡がっており、ここぞとばかりに増えた国境付近の小競り合いも連日続いていた。
故に、スラムの火災はほんの数日で他の数多い騒乱に紛れ、当事者以外の人々からは早々に忘れられてもいた。
スラムの焼け跡で、教会の関連団体が炊き出しをしており、長蛇の列ができていた。明らかに焼失と無関係な貧民が多数並んでいたが、区別できる状況でもなく、非効率的でも『多めに食材を用意する』以外に手立てはない。
ゴゥラスの仲間のフルーヤィとノノカは様々な宗派の者が活動する環境に乗じて頭巾とヴェールで目元以外は隠す辺境宗派の服装をして身を隠しながら配膳をしていたが、ノノカの兄弟姉妹らしき者達に交代を促され、調理場の裏の簡素なテントの休憩所に引っ込んだ。
2人ともピアスやイヤリングの念話効果の魔法道具を発動しながら、フルーヤィ達が仕切りを立てたスペースで頭巾とヴールを取り、自前の水筒でヴェールを飲みつつ、テレパシーで話し出した。
(リスキーなのでフルーヤィ様はもう帰って下さい。まず来なくていいです)
(中央教会主宰で、このタイミングならそうもいかないよ。まぁ帰るけどさ。でも無関係なノーム達は災難だねぇ)
(国難級の事態が2つも重なったのに、無関係で済むと思っているのが甘いんですよ)
(厳しいね~。まぁノームは種族や部族単位で社会が完結してる所があるからね、ゴゥラスも、『先代である自負』がなけりゃここまで食い込まないよ)
(ダンジョンだけでも手に負えないワケですから、さっさと新王を暗殺したらいいんですよっ)
(はいはい、ワードッグって規律と社会性重視だけど、結局野蛮だよねぇ?)
(フルーヤィ様、種族単位で性質を決め付け過ぎるのはどうかと思います)
(はい怒った怒った。噛まないでね、ノノカ。ふふ)
(・・・)
ノノカがジト目でフルーヤィを見ていると、ノノカの妹らしきワードッグが来て、飛竜の手配が済んだ事を伝え、2人はスラムを後にした。
飛竜を駆りながら、フルーヤィは平然とした顔をしていたが内心焦ってもいた。
(火災の事後対応、国が教会とノームの種族団体に丸投げしている。新王の刺客が原因とはいえ、王都でこれじゃもう国として機能しなくなってきているね。サエモンには悪いけど、選抜トーナメントはもう少し引き伸ばしててもらおう)
フルーヤィは、焼失したスラムから一転して今日もお祭り騒ぎをしている闘技場を見下ろした。
周辺では抗議活動も起こっているが、まだそれ程の規模ではない。
(生活に困らない者達まで現状の違和感を自覚しだすと、一気に火が点きかねない。もう少し形を作っておかないと、当代の連中も宿屋やダンジョン探検どころじゃなくなるからねぇ)
一行は飛竜を中央教会に向けた。フルーヤィには会談予定が山積していた。
王都の北の山地の上の魔法で維持された雲上に、スエリア国でも軍船は十数隻しか持たないドワーフ式飛翔船が一隻、『空中固定の魔方陣』で固定され、浮遊していた。
そこへ、『飛行する大蛇』の形態に変化したサラマンダーに乗ったゴゥラスとマルが飛来し、艦を覆う大気の障壁に魔法式で入り口を作って侵入し、甲板に降り立った。
「やれやれ」
「御師匠様、私が蟲で刺激的に運んであげたのに!」
「本当にお前の育成は上手くいかなかったよ」
「ひどーいっ」
2人は警備の小型ゴーレムに敬礼されながら、船室へと入っていった。
「結局国内で保護、捕獲できたのは3名だけだ。親族や関係者は40名程。誘拐犯呼ばわりの者も少なからずいて、敵わん」
ゴゥラスは隻眼のボンボの案内で、船室の奥の営倉に向かっていた。
マルは飛翔船が珍しいらしく、関心深そうであった。
「ジャウナイは?」
「船は暇だと昨日まで呑んだくれていたが、『ドワーフ郷に帰るか? 酒を控えるか?』と詰めてやって、今は不貞腐れて、訓練室で若手に散々稽古つけて憂さ晴らしをしている」
「ロクなもんじゃない」
「刺激的~」
「マル」
「・・黙ってます」
マルを黙らせたゴゥラスはそのまま営倉まで案内してもらった。
営倉にはひどく殴られた蛙人族がいた。
「乱暴だ」
「王の暗殺もだが、逃げた後、『ハメを外していた』からな。ジャウナイに小突かれて蘇生せずに済んでいるのは運がいい」
「・・起きてるな」
ワーフロッグの元宮廷治療師の暗殺者に呼び掛けた。
「もう自白したろ? 教会と騎士団とギルドの連中の前でも話してやった。一族揃ってギロチンは勘弁しろ」
「お前はお前が苦しめ滅ぼした者達を『勘弁しなかった』ようだが?」
「『葡萄』が手近に生ってるんだ。甘そうなら取るだろ? 他人の庭の物でもな」
「『獣の道理』だ」
「おい、獣人差別か? 感心しないな? 私は学があるんだ。王都大学を出ている。差別は抗議したいね。それから、私は獣ではなく蛙だっ。ゲコココッッ!!」
ワーフロッグの右腕が燃え上がった。
「熱ぃいいっっ??!!! ゲッコォーーっっ!!!!」
「マル、手当てはしても腕は『生やして』やらなくていい」
「刺激無しでやってみまーす」
ゴゥラスはマルを残し、背を向けて営倉から離れだした。ボンボは呆れ顔で続く。
「ゴゥラス、すぐカッとするのは本当にお前の良くない所だ」
「どの程度の輩が集まってしでかした災いか、改めてよくわかった。野放図だ」
初老のゴゥラスは、自分の狭い興味だけの世界だけで生きてきた事を初めて後悔していた。
再び王都では、『ダンジョン選抜トーナメント』の上級者戦は決勝戦前で一旦進行が止まり、後はひたすら様々な『条件マッチ』が繰り返されていた。
「出たぁーっ! トンチャ選手の『真・旋風昇虎拳』っ!!! ヒロシ選手これにはノックアウトぉーーーっっ!!!」
マナ式拡声器の実況に会場は熱狂し、国内の無数の有料水晶映像視聴者達も熱狂した。
昏倒したヒロシは担架で運ばれ、控え室へと戻ったトンチャは同じ上位冒険者のパーティーメンバーに手荒く迎えられていた。そこへ、サエモンがウーラと共に現れた。
「あ、会長」
グランドマスターは敬称で、冒険者界隈では『会長』と呼ばれる事もあった。正式な役職は『スエリア国冒険者ギルド本部総会長』なのでより正確な呼称と言える。
「いやー、いい試合だったな!『素手縛りミニトーナメント』優勝おめでとう!! トンチャ君、次は『棍棒縛りミニトーナメント』出てみないか? 衣装をこう、『毛皮』とかで工夫すればむしろ素手より盛り上がり」
「会長っ! いつになったら決勝戦やるんたですか?! いや延期するにしても僕ら決勝までは残ってないんで、他の上位陣も早くダンジョンに挑戦させて下さいっ」
「そーだそーだ!」
「インチキ会長っ!」
「金の亡者!!」
トンチャのパーティーに抗議されるサエモン。むしろウーラが冷や汗をかいていた。
「気持ちはわかる! だが、子供じゃないんだ、状況、理解できるよな?」
トンチャの首にガッと万力のような剛力で腕を掛けるサエモン。
「無駄な南ルート開拓と国内と国境の安定化に本来の攻略予算が飛んでる。国民の不満も溜まってるんだ。『わかり易いヒーロー達』と『エンターテイメントっ!』必要だろ? 修行にもなるし、堪えてくれよ~、トンチャ君」
「・・うッス」
「じゃ、もう暫くよろしくな」
サエモンはトンチャ以外のパーティーメンバーにブーイングされながらウーラと退室した。
暫く無言で関係者通路を2人で歩き、そこそこ離れた角を曲がった辺りでサエモンはポツリと呟いた。
「次の『グランドマスター総選挙』、俺、落ちるな・・」
「ヒダ卿、3期に渡り立派な采配でした」
「ウーラ。君、時々そういうとこあるよな」
「はぁ」
サエモンは陰気に、ウーラ共に今は『歌唱舞踊少女吟遊詩人隊』のショーが行われ、空虚な騒ぎが続ぐ闘技場の関係者通路を歩き去っていった。




