胎動
5月、時竜王の月。私が一番好きな季節。
鉢植えも、お庭も、ちょっとした花壇や植え込みも、草木の緑と目覚めたような花々の清々しさもとっても綺麗。
空気も薫りも、湿度も、風も、陽射しも、この季節が一番素敵。
私はドワーフの職人が造ってくれた車輪に空気を詰めた樹脂の輪を当てた、とても動き易い車椅子に座ったまま、メイド長のアリーが開けてくれた出窓の前でそれを感じていました。
「シルクラ姫様、そろそろ御時間が・・」
「ええ」
側で控えているアリーに促されて、私は車椅子のロックを解除して、自分で向きを変えて動きだしました。
「姫様、わたくしが」
「いいえ、なるべく身体を使わないと、上半身まで早くに萎えてしまいますから」
心配させないよう微笑んで言ったのですが、返ってアリーを哀しませてしまったようです。
「失礼しました・・」
「いいのよ、アリー。ありがとう」
姿見で確認します。装束も髪も化粧も問題なく、喪章を付けた暗めの物でもそのまま舞踏会にでもゆくようで、少し、バカげてる・・
膝掛けの向こうから少し見える私の脚は何かの間違いのように細い。靴何て小さな人形が履く物ね。
私の身体は足先から少しずつ萎えてゆき、最後は脳まで萎えて死んでしまう病を持っていました。
感染症ではなく身体の性質で、魂の形もそれに沿ってしまっているようで、どんな医学も魔法も私を治せませんでした。
あと数年で私は何もわからなくなり、そうなると半月も経たずに枯れたように亡くなるそうです。
スエリア王国の第一王女として、兄と弟が相次いで不幸に見舞われた今、幼い妹を守れもせずに、歯痒い事です・・
私は、苦しんで、諦めて、皆に迷惑を掛けて死ぬ為に生まれたのでしょうか? もし、王国の繁栄の対価というのであれば甘んじて受入れますが、とても空虚で、
いっそ誰かが私を裁いてほしい気がしてなりません。
「・・姫様、公爵様が御待ちです」
「はい」
お部屋の出入口に向かいながら、私はアリーが手入れをして行儀良く並べ直してくれたベッドの縫いぐるみ達を横目で少し、見ました。
虎の『メディシ』ちゃん、犬の『ロカイ』ちゃん、鶏の『クック』ちゃん、蛇の『オルメーシ』ちゃん、イルカの『ヨプー』ちゃん、豚の『ブンスケ』ちゃん、猫の『シュシュメム』ちゃん、そして竜の『ダゴ』ちゃん。
皆、私を守ってね。私の最後の時まで、そのベッドで、私の側に居て。
廊下に出れば護衛や他の侍従の方々を前にします。
私は車椅子のハンドルから手を離し、背筋を伸ばして表情を変え、ドアを開けさせたアリーに押され私と縫いぐるみ達の部屋を出てゆきました。
伯父様の御母親は御婆様とは違う方ですがとても良い方で、辺境のフラ草原の広大な領地を治めてらっしゃって時々王都を訪ね、都合がつけば郊外で隠れたように暮らす私の所にも来て下さいました。
「シルクラ姫! 兄君に続いて弟君までっ。心中いか程の事でしょうか、葬儀に加え、国王陛下まで心労で塞ぎ込まれっ、何分この身を落ち着けられず、参ずるのが遅れてしまいました」
「いえ、伯父様だけが頼りです」
「・・ふふふ」
伯父様は唐突に話を切るように笑って、お茶を一口飲まれました。
「本当にそうですね。そもそも私が長子ですからな。君のお父さんは分不相応、という物だよ」
「伯父様?」
余りの言い様に、私も、アリーも、私の侍従や護衛や他のメイド達も困惑しました。
しかし、伯父様が連れて来られた方々は平然としてらっしゃって・・
「やれ」
「エアシェイバー」
「エナジーボルト」
「ファイアボール」
伯父様の侍従やメイドの内の数名が魔法を唱えっ、刃の風と電撃と火球を放ち、私の侍従とメイドとアリーを打ちのめし、護衛を怯ませ、怯んだ護衛達も伯父様の護衛によってあっという間に打ち取られてしまいました!
「姫様、御逃げ・・」
息絶えてゆくアリー。
「いやぁああーーーっっ!!!」
車椅子に座っているだけの私は絶叫しました。
伯父様はテーブルの上に飛び乗り、そこを歩いて私の元まで嗤ってくると、しゃがみ込んで私の顎を片手で持って上を向かせました。
「姫様ぁ~、シルクラ姫様ぁああ。ああー、美しいお顔だ。本当にもったいない。貴女が『健康』ならば、娶ってあげたのに! 私は子供趣味の類いはなくてね? あんな小便臭い妹君を今から育てて娶って孕ませなくてならないとは憂鬱ですよ? 私の正妻と子供らもこれから始末せねばなりませんし、全く、『弟のクセに兄を差し置く』からぁああ~~っっ! こんなしち面倒な事になったんだよぉ? わかるかなぁ?? シルクラ姫よぉおおっっ?!!」
この、方はっっ。
「兄と、弟も」
「当たり前だろうがよぉおおっ?! むしろ正当防衛だわっ? 俺、危ねぇし。お前のパパンにも今、薬盛らせてるからよぉ?! ・・俺をフりやがったお前のママンもわからせてよるよ? ヘヘヘっっ」
「貴方にっ、王足る、魂はありません」
「魂? いらないでしょうがぁあああーーっっ??!! そんなもーんっ! 血統と、序列ぅっ! あとは『少々の引き算』だ」
「このような事をして」
「今、クソムシ程度の不正を先日断罪された伯爵がここに行軍している。俺を担いで謀反に加われば復権させてやると、垂らし込んでみたよ? 勿論、館の襲撃後に『俺の軍』が粛清し『お前の仇討って』株を上げる。口封じもできて効率的だろう?」
何という・・
「悪は、必ず滅びます」
「負け犬の常套句だ。オイ、姫を燃して差し上げろ?」
テーブルの上を歩き去る、伯父、ナグワド!
「王族を狩れる何て僥倖だね。ちょいと工夫しようか? エンチャントファイア!」
私の首から下の『皮膚』が燃え上がりました。苦痛の為に気も失えないっ!
「ああぁぁーーーっっっ!!!!」
「フヒヒヒっ! 見てよっ? 武器強化魔法も法式をイジれば拷問できるんだよ?」
「遊びもいいが、必ず灰化させろ。大枚はたいた霊術師に纏めて泣き谷の迷宮まで魂を放逐させるから蘇生はされないだろうが、万一の事もある」
「フヒっ、任せてよ。スエリア王様!! 次は足肉焼くよぉおっ?!」
「あぁーーっっ!!!」
神よ! ああ、神よ、なぜこんな?? 熱い、熱い・・神よ、あなたは・・・
熱い熱い熱い・・
熱い熱い熱い熱い・・・
・・我らを、見棄てたのですね・・・・
──────
燃え尽きぬ『女の子の縫いぐるみ』を抱いた朽ちたドレスを着た髪を生やした女の骨が、地下7層の闇の炎の中に居た。
それを囲む闇の者共も居た。
「上手い具合だな、地下1層で大して育っていないクピドどもと様子見の先遣隊ごときに『メディシ』が討たれた時は今回は外れを引いたかと心配したが」
「『上位』の方々が上手く顕現できる態勢をどうにか取れそうだ」
「いやいや、上手くすればこの『穴蔵』で、我らも出世して上位魔族に食い込めるかもしれんぞ?」
「良い機会だ」
「ああ良い事だ。人の悪事の災禍は実に小気味良く、効率的だ」
「中々見込みのある悪党だったな? アイツ!」
「心が腐ってるから誘い込むのも楽だった。己を滑稽な程に高く見ている。へっ」
「自分で思い付いたつもり何だろうよ」
「ハハッ、馬鹿でありがたい。死んだ後、地獄でまた楽しめそうだ。永遠に!」
「ハハハ!」
「ケフケフっ!」
「邪邪邪!」
「おい、始まるぞ?」
骨の女を中心に闇の炎が渦巻き、迷宮の底が抜け始めた。
「地下8層の発現っ!!」
「闇は深まった!」
「いと暗き我らが『ダンジョンマスター』を讃えよ!!!」
渦巻く闇の中、堕ちてゆく骨の女を、闇の者共は祝福した。




