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警視庁・高瀬隼人

 高瀬隼人はそっとそのメールを削除した。だが、その文面は、覚えたし、まったくの驚きであった。青柳龍博が送ってきた、その情報が真だとして、我が上司が知らないとは、まずない。だが、これが事実なら何という恥さらしな話だ。隼人は自分でも正義感の強い、時には融通というものを全く無視して突っ走るところがあると思う。そいつが良い方向に向けば、能力が高いと評され、だが反対に時には空気読めよという目で見られる。だが隼人は空気は吸うものであって、読むものではないと至極まっとうな考えの持ち主でもある。


 さて、内閣情報官が圧力をかけていたのは誰か、一度所轄の刑事が逮捕状を取ったからには、刑事課と考えるのが普通だろう。ただ、それにしても、内閣情報官を動かしたB氏というやつはいったい何者か、それを調べたほうが正解に近くなるかもしれない。それに出来たら所轄の資料が見たいな。これは難しいかも、ただ所轄は、さぞや激怒しているだろう。逮捕直前に容疑者逮捕をストップされ、空港にいた捜査官は、果たしてB氏を見ていたのだろうか、茫然と見ていたなら、はらわたが煮えくり返る気持ちだったろう。そっちから突いてみようか。


 隼人はトイレに入って、高輪署の刑事課に電話を掛けた。自分は警察官であり、「Aさんの強姦事件について」とはっきり言った。警官と対等に話すには下手にでてはいけないのだ。だが、俺が単独ではまずいだろう。そうだ。あのどう見ても役人には見えない、せいぜい裏情報屋くらいにしか見えないあいつを使おう。だいたい奴が言ってきたことだ、宮内庁長官は、ずぼらと言っていたから、尻を叩こう。


 隣の部屋から「残酷な天使のテーゼー」が流れている。なぜこの歌を隼人が知っているかというと、たまたまである。


 今時、ひそひそ話をするのに一番いい場所はカラオケボックスであることは、皮肉としかいいようがない。スターバックスなどで話そうもんなら、誰が聞いているか分からないし、WiFiの電波が飛び交っている。したがって、隼人は午後八時に中年男二人とともに新宿歌舞伎町のカラオケボックスに入っているわけである。


 その刑事は、やや少ない毛髪で、丸い顔をした、灰色の背広の定年まじかと思われる、その名も灰田という男であった。これなら、この先に一生、会うことはないだろう。彼は高輪署の刑事である。

 そして隼人は警視庁の警察官、これは正直に言った。だが青柳龍博は三流ルポライターということである。大人のこそこそ話はB氏という多分卑劣な奴についてである。


 こちらのストーリーは、すなわち、隼人の叔母の子供が強姦されて、訴えたが、逮捕状が出たにもかかわらず、その逮捕状が握りつぶされた。これはいったいどういうことか、逮捕状が出たということは被害届が出されたということだ。何故、逮捕状は潰されたのか。この情報をいかがわしい三流ライターの青柳から得たということだ。


「刑事さん、Aさんは勇気を出して、被害届出したんですよね。女性が強姦被害を人に知られるというのは、相当な覚悟ですよね。そういうふうな人に対して、被疑者に逮捕状が出て逮捕寸前でストップがかかったじゃ申し訳ないんじゃないですか」ともじゃもじゃ頭を掻きながら青柳龍博が聞いた。こいつ、すっかり、その気だ。こいつは役人やめたほうが良いのではと隼人は思った。少なくとも財務省のエリートには、とても見えない。かと言って無能かと言えば、そうも見えない。時折、とんでもない凄みのある顔になる。過去に何があった。


 灰田という刑事は文字通り灰のような顔をした。

「すいませんがね、事件のことは第三者には話せないんでね」

 龍博が淡々と話す。

「逮捕状は裁判所が、逮捕理由と必要性を認めて発布するものです。こいつをひっくりかえすのは、こりゃ無茶だ。灰田さん、そうでしょ」

 灰色の髪の薄い灰田さんは、苦々しい顔になった。

「……」


 龍博がさらに言う。

「担当から所轄から本庁の捜査一課に変わったというじゃありませんか。これ捜査一課のあつかう事件ですか? おかしいでしょ」

「……」

「それにAさんは、事件が起きて、二日後に所轄署に行っている。私の知るところで、こういう事件後すぐに被害届を出すのは、非常に珍しい。人に知られたくないという心理が働いて、一か月、二か月とか経って被害を訴えるというのが普通ですよ。警察は非常に不人情だ」

 隼人は、こいつ調子に乗って警察批判やっているな、もしかして警察嫌いか。

 灰色の灰田さんは、いきなり、

「私だって、悔しいんだ!」と叫ぶと、コップを握りしめ水をぐいと飲んだ。

「B氏は、多分今度が初めてではないはずだ」

 隼人はえ! と驚いた、龍博も目を見張っている。まあ怒鳴り声もカラオケボックスだから、少々の音は無視される。まったく便利である。


 灰田さんの顔は酒も飲まないのに真っ赤になっていた。

「あいつはこの手の事件に慣れている。他にもやっているに違いない。だが、事件化されたことはないんだ。とにかく権力者に取り入るのがうまい。あいつは権力者の弱みを握っているんだろ」

「B氏が常習犯と考える理由は」

「奴はデートレイプドラッグを使っている可能性がある」

 すると今度は隼人が口を開いた。

「酒に睡眠薬とか精神安定剤を仕込むやつですね」

 灰田さんは頷いた。

「ある一定の期間たつと痕跡がのこらない薬がある。奴はそういうことも計算している」

「うーん、そうですか」

確かに、酒の飲みすぎで、昨日の夜の記憶をなくすことはあるのだ。薬の中には、すぐに検査しないとわからなくなる薬物もあるから、うーん確かに巧妙だな。

「でも逮捕状が出たんでしょ」と龍博。

「そうだ」

「裁判官が逮捕を認めた」

「ああ、私も捕まえることができると思っていたよ」


 だいたいの事件のあらましは分かったが、

「なんでAさんはB氏と二人っきりで飲むことになったんでしょうねえ」と隼人が聞くと、

「だからB氏は権力者と近しいテレビのプロなんだよ」と灰田さんは答えた。

「つまり、AさんはB氏さんに何かのテレビ番組の仕事について話していた」

「そうです」

「AさんはB氏にまったく用心していなかった」


 こういう場合、酒の席で不用心だとAさんを中傷する輩がいるが、では女性は常にどんな時も強姦されないよう用心しろという話になる。それは不可能である。

 故に灰田さんは頷いた。

「そうです」

 隼人と龍博はおーと頷いた。そういう奴いるんだよな。権力者に近いから何でも通ると思っている奴ら。まあ隼人も、この龍博も国家権力の一員だが。

「まあ、B氏も必死だったろうな」と隼人が言うと、

「まあ、内閣情報官くらいに泣きついたことになるか」と龍博が腕組み、うーんと唸った。

「これは、あくまで灰田さん個人の意見で良いんですが、B氏は黒か? もちろん他言はしないから、どうです?」と隼人が聞く。

 灰田は難しい顔でしばらく、黙った。そして短く言った。

「クロ」


 それっきり三人は黙り込んだ。

 まあ、ここまでだな。所轄の警察でこれ以上の情報は出ないだろうと隼人は思った。

 思いっきり場違いな三人はカラオケボックスを出た。

 新宿東口に向かう灰田さんのまるい背中を見ながら隼人が言った。

「あの人は、いったい何回くらい、くやしい思いをしてきたんだろうな」

 龍博がしばらく黙っていたが、もじゃもじゃ頭をぼりぼり掻いて、

「いっぱい、つきあうか」と言った。

 隼人はほうと思った。まあはみだし役人どうし飲むのもいいか。


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