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二○二X年二月

 ピンポーンと夜遅くに玄関のチャイムが鳴った。なんだ、こんな寒い夜に誰だろうと扉を開けた龍博の目の前に、黒い革ジャンを着た三人の男が扉の前に立っていた。一人は倉科優斗だった。

「君か、何の用かな」と龍博が言うと。

「青柳さん、お話したいことがあります。我々と同行してくれませんか」と優斗が静かに言った、が、静かだが否やを言わせない迫力に満ちていた。

「どうやら力ずくでも、ということらしいですね」

「ええ、是非協力いただきたい」

 優斗の眼光はあくまで澄み切り、かつ強かった。こういう目をした人間を相手にしたとき、下手に抗うことは得策ではない。

「分かりました。コートを持ってきます」と奥に行って、鼠色のよれよれのコート(刑事コロンボ風―知らないか)を着こむと、目の鋭い若者三人に囲まれて、アパートの駐車場に止まっている黒ワゴンに龍博は連れて行かれた。


 車窓の外は真っ暗だったが、どうやら車は東京の西のはずれに向かっているらしい。どんどん街の灯が遠くなる。そして、檜原村の看板が通り過ぎて行った。

 夜の森林は不気味にざわめいていた。冬夜の冷たい風で、すべての木々は枯れている。不吉な、心を不安にする冷たい夜だった。車は大きな木材を縦横に組み立てた木材の家の前に止まった。

「着きました」と短く優斗が言った。つまり降りろと言うことか。

 五人は入口が高床式になっているため短い階段を上がっていった。

 中に入ると、龍博が思っていた風景が、そこにあった。すなわち長机にESPのメンバーが座っていた。奥には暖炉が炎を上げて、部屋を暖かくしているが、めったに見ない暖炉があることで、何か異空間に入ったようである。

 龍博が苦笑すると、隼人がつられて笑った。

「どうやらESPとして呼ばれたようだな」と龍博が言うと、皆も黙って頷いた。


 ESPの他には十人の屈強な若者が、冬だと言うのに、皆黒いTシャツを着た、その腕はいずれも逞しい。シンプルなTシャツの胸に五芒星が描かれている。

 龍博は優斗を見ると、

「倉科優斗君、これで全員そろったんだろ、ならば用件を話してくれないか」


 優斗は黙って、大型の液晶テレビをつけた。

「画面の正面に高梨まりえが映った。元文部科学大臣、現民自党総務会長である。また幸雄が以前持ってきたナチの動画に映っていた人物である。

「憲法改正は急務であります。国防軍の明記。防衛力の拡大、緊急事態条項の創設。基本的人権の制限などなど、改正課題は山積みであります。我が民自党が来る参議院選挙で三分のニの議席を取れば、衆議院ですでに三分の二議席がありますので、改正の発議が可能になります。でありますから、何としても参議院に大勝しなければならないのであります」

 すると多分、大きなホテルのホールであろうが、その場内に拍手が鳴り響いた。

「皆さん、この日本のかじ取りは、我々民自党、民自党が取るのであります。日本国が真に輝きを放つとき、我々民自党が先頭に立って行進するのであります。必ずや、その日をともに勝ち得ようではありませんか」

 なんだか次にハイルヒットッラーと続くのかと思わせる何とも勇ましい演説ではある。だが、

「日本国万歳、民自党万歳、悠久の日本民族万歳」ときたもんだ。まったく何時の時代だよと龍博などは思うのだが、各メディアの大方の予想は高梨まりえ総理大臣、民自党の圧勝、憲法改正発議確実だそうだ。


 まったくコロナ禍からロシア、ウクライナ戦争、パレスチナと来て、今や日本の経済はもはや先進国とは程遠く、先の見えない不況が続いている。物価高と消費税で一般国民はイチジルシク疲弊しているのに、なぜ民自党が勝つ? その答えは投票率である。日本国民は選挙でどうにかなるなんて、ぜんぜん思っていないのである。それが投票率40パーセントという信じがたい投票率を叩きだしているのである。すでに衆議院議員は三分のニを超えている。その衆議院選挙は一時、テレビ放送で投票率39パーセントというニュースまで流した局もあった。もはや日本国民は一部の国粋主義者以外、未来に何も希望を見いだせないのだ。これで良いはずがないと龍博は思う、思うのだが、この流れを止めるのはなかなかに難しい、日本が太平洋戦争に突入したときが、こういう感じだったのだろうか。


 優斗が皆を見回した。

「私たちは三島由紀夫先生の盾の会の意思を継ぐものです。すなわち愛国討奸です。そのために死は厭わない。また憲法改正を主張し自衛隊を軍隊に変えるべきと思っています。しかし」

とテレビ画面の高梨まりえを指し、

「私たちは彼女のような政治家―いや扇動家は認めない。今、もっとも首相に近いという彼女のような似非右翼は認めない、彼らのような存在は認めない。彼女のバックには、内外の軍需産業、また原発、自動車、製造の大企業が居る。彼女が首相になれば現在の一般国民の疲弊は、さらに進むだろう。民自党・高梨まりえを総理大臣にしてはならない。私たちは、この後総選挙が終わる日、もし民自党が三分の二議席を得たなら、決起いたします」

 龍博はかなりの重圧感の中で聞いた。

「決起とは?」

「すなわち、東京の主要箇所を爆破します。これは陽動です。我々は民自党の本部を急襲し、高梨以下民自党の幹部を斬ります。そして、臨時政府に選挙のやり直しを求めます」

「それはクーデターということ」

「はい」


 うーん、また大変な話だな。確かに勝利に湧く、民自党本部なら選挙後の混乱で、警備も難しかろう。一気に車で突入すれば可能性が無くもない。それに大問題は都内で爆弾を仕掛けるというのはまずいな。

「なあ、爆弾どこに仕掛けるんだ。それと複数か?」と尋ねる龍博に、

「お答えできません」と優斗は答えた。

「なあ、それで本気で日本の状況を変えられると思っているのか?」と隼人。

「いっぺんに変えられると思っているわけではありません、だが今の政治家は国民を舐め切っている。戦前、戦後直後の政治家は自ら殺されることを覚悟して権力を行使してきました。だが、今、彼らは驕りきっている。これを斬ることは正義です」

「その正義のために爆破によって国民に犠牲が出たらどうする」

「我々は事が成就したなら腹を斬ります」

「腹斬って責任がとれるなんて、思うな! もしかしたら女性や子供が死ぬかもしれないんだぞ」

 幸雄が割って入った。

「男は死んでもいいってことにはならないでしょ」

 これに隼人はぐっとつかえた。

「話は分かったけど、クーデターと僕たちとどう関係あるのさ。もちろん僕はクーデターには一切興味ないんだけど」

 幸雄の言葉に優斗は、ちょっと怒ったようだが、こらえた。

「私たちは、殺人を好き好んで行うわけではない。できる限り、人は殺したくない。だから私の発案で、この計画を皆さんに明かし、皆さんに、このクーデターに変わる案があれば、それを考えていただきたい」


 この優斗の言葉には仰天した。こいつら我々を何だと思っているんだ。お前らの作戦参謀じゃないぞ。龍博は思わず言った。

「俺たちは、あなたの兵隊ではない。これは不当な要求だ」

 優斗は龍博とにらみ合った。

「さすが、新宿の龍、すごい度胸だ」と優斗は言った。

 由紀子が初めて口を開いた。

「まあ、待って、あなたたち本当にクーデターを起こすの、資金は武器は人数は、みんな軍人じゃないでしょ。本当にそんなこと出来るの」

「我々は、この四年間、秘かに山の中で軍事訓練を行ってきた。資金は、企業家にも憂国の士は居ます。武器は佐倉の会長にルートを教えてもらいました」

「お父ちゃんに」

「はい、蛇の道は蛇です。そして私たちは独自の武器輸出のルートも構築しました」

 美里が腕を組んで天井を見上げた。太い木々が組み合わさり、木々の匂いがする。

「ああ、この人たち本気みたいね。もうこの際、人が死なず且つ、この人たちが満足する策を考えない限り、ここを出られそうにはないでしょう」

「あのさ、火力は」と幸雄。

「73式大型トラック2台にデコレーションを施したもの、乗用車四台、小銃二〇丁、5.56ミリ機関銃三〇丁、対戦車砲三門、スティンガー二門、迫撃砲二門、拳銃五〇、ダイナマイト五十本、武器はあと日本刀です」

 これは、軍隊だな。

「爆弾は?」

「コンポジションです。詳細は言えません」

「街中で軍用トラックは目立つんじゃない」

「そのためのデコレーションです。」

「補給は?」

「詳細は言えませんが、補給はあります」


 フーと隼人がため息を吐いた。

「どうやら本気らしいな。それだけの火力だとすれば、間違いなく自衛隊が出てくるぞ」

 優斗は頷いた。

「承知です。が、すぐに治安出動はできません。何しろ政治の中枢を抑えたのですから」

「うまくいくと思っているか? つまり君たちの要求が通ると思っているのか」

「多分、無理でしょう」

「なら何故?」

「簡略に言うと我々の目的は尊王討奸です、そして日本人を舐めるな、この一語です」


 この組織政治性の無さが、日本人特有と言うか、まったく主張は違うが連合赤軍が、彼らの極端なまでの精神の純粋性がアメリカ人に「クレージー、薬でもやっているのか」と言われたものと通底する。もはや彼らを論理的合理主義では止められない。だが、一方我々に変わる案があれば、という正気も少しは残っているということか。

 また我々に自分たちの案を検討してもらいたい、そういう思いが、少なくとも優斗にあるということか。まあ面倒なことには間違いないが、見逃していいことでもない。


 優斗は言った。

「あなた方には大変身勝手かつ不快と思うでしょうが、我々は本気で、日本を獅子身中の虫から救いたいと思っています。どうか、お力を貸していただきたい」

 十人全員頭を下げた。どうやら彼らは一九七〇年代初頭に出現した連合赤軍よりは正気を保ち、かつリアルだ。さて、どうしたもんか。逃げるのが一番いいが、できそうもない。そこで龍博は言った。

「なあ、いったん俺たちだけで話しをしたいんだが、いいか」

 優斗は少し考えたが、

「良いでしょう、皆、いったん別棟に移ってくれ」


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