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佐倉剛三

 新宿都営大江戸線A5の入口を上がると、そこは新宿中央公園がすぐそばにある。人通りは、もう疎らだ。この辺は超がつく高層ビルが並び、オフィス街だから通行する人が少ないが、午後十時を過ぎても結構明かりがついている。企業戦士がやたらに不合理なサービス残業を行っているのだろう。ご苦労様、死なないように頑張れと、かつては、明かりの下にいる人々と同じ属種にあった由紀子は本気で思う。由紀子が見上げた空は灰色に分厚い雲が広がり、今しも豪雨が降り注ぎそうだ、今日未明、静岡県に上陸した季節外れの台風二十号は、予報によれば東京を直撃の可能性大だそうだ。最近、豪雨災害が多い、夏が異常に暑いからだろうか。日本を亜熱帯とする意見があるが、では、同じく、最近耳にする冬の豪雪情報はどうなるのだろう。いずれにしろ、何となく皆、温暖化というワードで分かったような気になっているが、それがどういうことか判然としない、ごみの分別、電気、ガスの節約くらいしか、庶民にはできない。だが、何か根本的に違う気がする。それはともかく、由紀子の心の中は天と同じく風雲急を告げていた。まさに関西の飛龍と呼ばれる集団の桜会の親分が東京に来る。


 すると地下鉄の階段を上がりきった場所に立っていた、由紀子に黒のベンツが、周りの車や人を睥睨するように、ゆっくり近づいてきた。やくざがベンツなどという車を乗る理由は、一般人を近くに近づかせないためである。わしらに構ったらろくなことにはならないという一般向けへの意思表示である。


 ぴったり、由紀子の傍で止まった、ダイムラーベンツのウインドがスーと下がった。

「アキラ、ひさしぶりね」

 サングラスに、ハンドルを握ってダークスーツに赤ネクタイという、いかにもの恰好をした金崎昭は頭を下げた。

「とうはんも、お元気そうで、何よりですわ」

「助手席を開けて、乗るから」

「え、地理は大丈夫ですよ」

「お願いがあるのよ」

 アキラは後部座席を向いた。

「言うとおりしてやれ」と言ったのは、桜会親分の佐倉剛三である。灰色の作務衣を纏った剛三は。容貌魁偉。坊主頭に、額にくっきりと刀傷が、素人が見たら震えあがるだろう、さらに爛爛と光らせる眼光が、刀傷とともに剛三を見る人間の身体を射抜く。

 車からアキラが降りて、助手席のドアを開けた。この光景をかなりの人間が遠巻きに見ていた。ベンツの助手席に乗り込む、三十代半ばの、ショートカットの美女、人々の好奇心を集めるのは無理はないが、決して近づく者はいなかった。


「アキラ出して、今教える道路を三周回って」と由紀子が告げると、

「え、三回回る?」とアキラが聞いた。

「追ってくるものがいないか、確かめるんだな?」と剛三が言った。

「ええ」

「これから会う人間は、よっぽど大物と見える。お前がそんなに注意深いのは」

「今日会った人のことは、お父ちゃん、アキラ絶対に口外しないで、絶対約束して」

アキラは「はい」と言った。

 剛三は「ふん、誰かは知らんが、もともと儂は口が堅い、心配するな」


 ベンツは動き出した。都庁前から新宿大ガードに向かい、新宿通りを四谷方面に向かう。そして新宿二丁目にいたる道路を左折し、二丁目を突っ切って伊勢丹裏に出ると、歌舞伎町のゴジラの前に向かい再び大ガードに向かい、都庁に至ると、また新宿中央公園に至る。


 これを二回続けた時であった。

「とうはん、つけられてますわ」とアキラがバックミラーを見ながら言った。

「ほんと?」まっすぐ前を見て由紀子が聞いた。

「白のバンですわ、間違いない」


 アキラは由紀子を拾った、地下鉄駅近くの路肩にベンツを止めた。

 サイドミラーを見ると、確かに白のバンが100mほど後方に止まっていた。

「アキラ、行って話つけてこい」と剛三が命ずる。

「ほな、行ってきますわ」とアキラが車を出た。

 この後のことは想像できる。


 アキラはまずは、助手席のドアをコンコンとノックする。するとパワーウインドウがおろされ、おっかなびっくりの顔をした男が「はい」と顔をアキラに向ける。すると、アキラがサングラスを外して、思いっきり狂暴な顔をしてすごむ。

「あんたら、なんで、わてらをつけてんや」

 相手は、初めは、

「え?、なんのことですか?」ととぼける。すると、アキラはますます狂暴な顔をして言う。

「こら、なめとんのか。尾けてるのは分かっとんじゃ」


 ここらへんで、たいていの一般人はビビる。だが、多分追って来ているのはやくざマスコミだろうから、そのへんではひるまないだろう。彼らは三郎が殺されたことを知って。桜会と明石組の抗争とみて追っているのであろう。こんな、こてこてのやくざ車を堂々と追っているのは、それしか考えられない。まあ、アキラも、そのへんは分かっているから、乱暴狼藉はしない。名刺でもとって、後日に話すことになるだろう、やくざマスコミとは持ちつ持たれつだ。


 アキラが帰ってきた。

「「週刊任侠」ですわ」

 すごいネーミングだ、そのまんまというか、昭和というか。まあ予想通りの展開ではあるが、

「あいつらが本当に退散したか、確かめて」

 由紀子の言葉に剛三が驚いたように言った。

「ずいぶん、慎重だな由紀子。アメリカ大統領でも待っているのか」

 まあ、行けば分かる親父、と由紀子は思った。

 すると白いワゴンが近づいてきた。まずい! 由紀子はとっさに体を伏せた、ベンツの傍らをワゴンが過ぎてゆく。

二人は面食らったようにつぶやいた。

「由紀子」

「とうはん」

 由紀子はゆっくり体を起こした。

「アキラ出して」

 ベンツは最後の周回に入った。


 新宿の西口の空は、超高層のビル群に彩られている。この超がつく建造物は、結局は地球上に張り付けられた人間の、神に対する反抗であることは、聖書を読めばわかるだろう。ベンツは、その超のつく建造物のひとつの地下駐車場に入っていった。


 暗い、駐車場に、平日の昼間だからだろう、車も人も少なかった。が、「アキラ、お父ちゃん、まだ出ないで」と由紀子は言い残して、そっと、ドアを開けた。

 ぐるっと見回したが、人影はない。よし。

「出て」と短く言うと、後部のドアを開けて、四方を見回しながら剛三を出した。

「由紀子、あまり警戒すると、かえって目立つぞ、こういう場合は振る舞いは普通にだ」

「そうでんな、普通にですな」

「分かった、じゃ、普通にエレベーターに行くわよ」


 地下のエレベーターの前には倉科優斗が待っていた。アキラがエレベーターに乗り込もうとすると、優斗が遮った。

「君は、ここまでだ」

 アキラは、

「阿保なこといわんとき、儂は会長のボディガードや、会長を一人にはできひん、そんなことしたら、頭に殺されまっせ」とエレベーターに乗ろうとする。


 優斗はそれを遮って、

「二度は言わんぞ、お前は車で待っていろ」

 アキラは優斗をじっと見た。

「あんさん、素人やないな、だがやくざではないな。警察か」

「だったら、どうした」

 剛三が割って入った。

「アキラ、まあ待て」


 剛三は優斗をじいと見つめて言った。

「ふうん、なかなか面白いな、お前、まあやくざではない。警察でもない。右翼だな。それも似非右翼ではない。おぬし、命をかける者はいるか?」

 優斗は短く答えた。

「はい」

「名前は?

「倉科優斗」

 剛三はそれを聞くと、一つ頷いて、

「アキラ、車で待て」

 アキラはちょっと驚いたようだ。

「会長……」

「由紀子も居る。まさか親子で殺られるわけもなかろう、それに子分が怪我をするのも忍びない。アキラ言うことを聞け」


 親分の命令は絶対である。

「…はい」

 アキラは優斗に凄い眼を飛ばして、車に帰った。三人は地下のエレベーターに向かった。

 ブーンと微かにエレベーターの上昇音が聞こえる。

「ずいぶん高いところまで上がるんだな」と剛三はつぶやいた。

「最上階よ」

 由紀子の言に、

「ほう、最上階か」

 エレベーターが静かに止まった。

 赤じゅうたんを通り、目当ての部屋に向かう。

「えらく静かだな」と剛三がつぶやくと、

「まあ平日だからね」と由紀子が言った。

「そうか」と短くつぶやいた剛三の目は、明らかに緊張していた。

 その部屋を軽く三回ノックすると、中から「入れ」と応答があった。


 中に入った剛三は、そこに立った人物を見て言った。

「総監」

 谷原は笑って答えた。

「元総監だよ、佐倉君、壮健で何よりだ」

 剛三は由紀子を見た。

「お前が会わそうとしたのは総監、いやこの宮内庁長官か」

「いいえ」と由紀子は答えた。

「では、誰だ」

「入っていいわよ」

 由紀子の声にドアが空いた。入ってきたのは赤羽幸雄である。剛三は年齢不明の幸雄にちょっと驚いた、が、

「小僧、何の用だ」


 それから、まあ幸雄の喋るの、語るの、坂本龍馬が喋る天才というが、こんな具合か、例を挙げて具体的な策を語り、かと思えば遠く未来のビジョン(はったりともいう)を掲げ説得にかかる。あれよあれよと剛三もすっかり幸雄のペースに乗せられた。


 そして宮内庁長官が言った。

「佐倉君、どうだろう、赤羽君の案に乗って、ここは引いてくれないか。君のところの若い衆も、はっきり言って、もうやくざでは生きてはいけないぞ。昔のようにはいかないんだ。佐倉君」

 剛三は黙って考えていたが、

「長官、長官のお力を借りること、明石組の切り崩しは実行してくれるんですね、あと我々の若いもんの将来を考えてくれること本当ですね」

「もちろんだ」

 剛三はついに頷いた。


 そして剛三は部屋を出て一人エレベーターに乗り、地下駐車場に向かった。剛三は内心で疲れたと思った。

 ブーン微かな音が独りぼっちなエレベーターに響く。フー俺も年を取ったな。娘にコントロールされるとはな。それにしても、あいつ長官の下で何をしているんだ? 

 その時、エレベーターが止まった。ゆっくりと扉が開く。

そこに立っていたのは倉科優斗だった。

剛三がゆっくり目を上げて、優斗を見る。

「小僧、何の用だ」


 優斗が答える。

「会長に、ぜひお願いがあります」

 その時、地下駐車場に、もう一つの声が響いた。

「おい、何しとるんや、会長から離れろ」

 優斗がゆっくり振り向いた。

「俺が話したいのは会長だ」

 アキラが目を剥いた。

「何、眠たいこと言っとるんじゃ、こら会長から離れろ」


 アキラが優斗の肩を押そうと、左手を前に出そうとしたが、優斗はすでにそこにいなかった。素早くアキラの左側面に回ると、足払いをかけて、アキラの身体を前のめリにさせると左腕を逆手にまっすぐ天井を向かせる、うつむいた首筋に膝を入れると、アキラの身体はぴたりとも動かなくなった。

「合気道か」とぼそり剛三がつぶやいた。

「まあ、その辺で勘弁してやってくれ、アキラ、この男は素手でやくざもんを殺せるぞ」

「話を聞いてもらえますか」と優斗が聞くと、

「まあアキラを離して、車に乗れや」


 剛三と優斗が車に乗り込むと。アキラが続いたが、バックミラーで優斗をにらんだ。

「アキラ」

「はい」

「今日ここであったことについては何も言うな、知らないとか、言えませんも言うな、ただ黙れ、頭にも同様に何も言うな。まあ頭には俺からも言っておくがな、もし漏れたら、お前の責任だ、その時は覚悟しろ」

 剛三の言葉の重みと迫力にアキラは「はい」と答えるのみだった。

 ベンツはゆっくり地下駐車場を出た。


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