召集・ESP会議
由紀子は、その夜に、官房長官に電話を入れ、状況を説明した。
「それは、深刻な事態ですね」と言うと。官房長官は少し考えてから電話の向こうで言った。
「ESPを招集しましょう。これは表の組織では、どうにもならないでしょう」と言った長官の声は落ち着いていた。長官は、前職は警察官、確か警視庁総監をつとめたはず。何か知恵を授けてくれるかもしれない。ほかのメンバーも、私に考え付かないことを言ってくれるかもしれない。由紀子は文字どおり藁をもすがる思いだった。
由紀子は、その足で、東京行きの夜間バスに乗った。車窓に流れゆく大阪の灯を見ながら、この街と東京で血で血を洗う抗争を起こすことは絶対止めなければならない。
「つまりさあ、このままだったら、東京で仁義なき戦いが始まるってわけ?」と、この軽い発言は、もちろん赤羽幸雄。
「あんた、よく仁義なき戦いなんて知っているわね」と緑川美里。
今は午前一時、場所は新宿の繁華街の喧騒から比較的遠い、昔は富久町と言われた一帯の、ごく普通のビジネスホテルの小会議室である。この一帯はかのバブル時代には、盛んに土地の値上げ合戦があった、などというのは、はるかに昔である。
由紀子は、皆の会話を聞きながら、やっぱり堅気の人はこういう反応か、だが、ウチと明石組がぶつかったら、市民も巻き添えを食うのだ。ウチの桜会の五百人はただの五百人ではないのだ。ある意味、はぐれモノの鉄の団結があるということであり自分たちも含めて犠牲は厭わないということなのだ
「みんな聞いて、筋違いとは分かっているけど。ここは東京の治安のために知恵を貸してちょうだい」
すると高瀬隼人がいやと言った。
「まるっきり筋違いとは言えないだろう。俺たちは、例の売春組織を追っていたわけだし、そのうえで明石組に狙われたんだからな。それに俺も警察官だ。聞き捨てにはできない」
青柳龍博もうなずいて言った。
「まあ、俺も高瀬も役人だし、日本のために必要なことは考えよう」
すると美里が由紀子に聞いた。
「桜会が攻めるのね、明石組は守り」
由紀子は頷いた」
「ええ、うちは勢力を分散できない。だから三郎の仇を取る、具体的に東京の支部をつぶす」
「すると方法としては桜会を止める方法を考えればいい」
「そういうことになるわ」
龍博が口を開いた。
「そういうことなら、警視庁なにかできないか」
隼人は難しい顔になった
「まさか予防拘禁なぞできるはずはない」
「だが、双方の組長を話し合わせる方法くらいあるだろ」
「そういわれてもな。これは企業とは違う、彼らは普通の組織ではないんだ。疑似家族を掲げ、決して利益だけでは動かない。義理とか面子とかくっついてないと決して動かない。利益と面子が相反するとき、彼らは面子を選ぶ、選ぶふりをする。やっかいなんだ」
すると、がちゃりとドアを開けて、宮内庁長官が入ってきた。その人のお供として。
全員、驚愕し、起立礼をした。
「陛下!」
今上陛下がにこにこと笑みを浮かべ入ってきた。
「いや、皆さん初めまして、明日、いやもう今日ですが、幸い休みなので、上皇陛下より聞いていたESPのかたがたにお会いしたいと思ってきました」
今上陛下は、前陛下に比べて、より庶民的に見えた。前陛下の持っていた圧倒的オーラは無いように見えたが、若々しい、そしてはきはきと話す、行動派と見た。
「なるほど、皆さん不敵な顔をしていらっしゃる」
若干一人だけ不埒な奴がいるが。
陛下が着席して(やはり背もたれは使わない)皆座ると、長官が、どこまで話が進んでいるのかを聞いてきたので龍博が説明した。
長官はそれを聞くと、
「白石さん、父上が頭が上がらない人物に心あたりが無いのですか」と由紀子に聞いた。
「前の親分の大東会の三枝信二と言う人がいましたが、先年亡くなりました。また東京の犀星会に義兄弟がいますが、この人に止められるか分かりません。一応頼むつもりです」
「父上には、その女性関係はどうなんでしょう。その辺からあたってみるのが、どうでしょう」
「それが、父は喧嘩とばくちは得意なのですが、女はやくざには珍しく母一人で」
「んーん、そうですか。では方法は一つですね」
「何か、あるのですか?」
「つまり桜会の中で懲役囚がいたら、その人間の減刑もしくは保釈を条件に戦争を止める」
キャリア官僚とは、すごいことを考えるものだ。
「犯罪者をだしに使うのですか」とは隼人、まあ警察官だから、この反応は正しい。が、由紀子は、それしかないと思った。確か二、三人懲役囚がいたはず。いずれも傷害、殺人、軽くはない刑だ。意外に剛三は情に厚い。だが、
「それは、本末転倒ではないですか?」と陛下が言った。
「公の裁判を受けて、刑が決まったものに戦争が始まるから保釈してやるというのは間違った考えに思います」
この陛下の言は見事な正論であるが、
「陛下には不快な言説とは思いますが、手段が見当たりません」
「そうですか…」
陛下は黙った。まあ、こんなことに陛下を巻き込むわけにはいかない。
隼人が言った。
「桜の会の方じゃなくて明石組の誰かを警察が引っ張るというのではどうかな」と美里。
「誰かって誰よ?」と幸雄。
「組長とか、若頭とか」
だが、宮内庁長官は言った。
「違うな。今やくざにとって苦しいのは兵隊がいないことだ」
「なるほど組員がごっそり抜けたら、組は立ちいかない」と由紀子。
「そうだ、彼らの行先を保証する組織をつくる。警察ではそこまでできない」
由紀子が考え込むと幸雄があっさり言った。
「なら簡単だよ。起業すればいいんだよ。会社を作ればいいんだよ。
初めは、そうだな警備会社かな。普通では簡単ではないけど長官のお墨付きがあれば、まあ営業はOKだね。あとは一定の時間をかけて、彼らをガードマンに教育する。日本には大手の警備会社と取引できない中小企業が多数存在する。元やくざを雇うのはハードルが高いけど、料金を安値にして、長官の後押しがあればいけるかも。僕がプランをたててもいいよ」
起業家とは、みんなの発想の上を行くことなんだなと、しみじみ由紀子は思う。だが、これがやくざを解体する手かもしれない。うちの組もそういうふうに消えるのが一番いいのかもしれない。
「だいたいの結論は出たな。白石君」と長官がいった。
「はい、長官、お任せします。
「やくざをなくすのは警察ではできないか」と隼人。
「そんなことは無いよ」と幸雄。
「ん、どういうことだ?」
「だってさ、警官を定年で辞めて、どういう職業につくの?」
隼人が目を見開いた。
「お前、やくざと警官雇うつもりか」
「そうだよ。警官だった人に一番似合う職業って何さ、そういう人が若い元やくざを教育すればいいのさ」
ハッ、こいつは天才だな、
すると、陛下が口を開いた。
「なるほど、まず発想の転換ですか、赤羽さん勉強になります」と陛下は言った
これには幸雄も、
「いや、その、なんていうか」
「馬鹿ね、光栄ですって言うのよ」と由紀子
「ご光栄です」
「ごはいらない」
ハハと皆、何と陛下も一緒に笑った。
由紀子は、やはり知恵は皆で出すものだとしみじみ思った。




