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二〇一六年七月一三日、午後六時三十分

 新宿駅西口の夕方はいつものように比較的早く帰宅可能のサラリーマンや。多分、これから悪名とどろく新宿歌舞伎町に向かう男女が流れるようにーまったくもって東京人はやたらに足が速いー歩いていた。


それに反するように龍博は、オフィス街に向かう。夏の夕は長い。高層ビルの谷間に、ようやく赤々とした陽の光が傾きつつあった。だが、都会の狂暴ともいえる暑さは、まだまだその威力が衰えない。じっとしていると、眩暈さえ覚える、このヒートランドに、四年後にオリンピックを開催するなどというのは馬鹿の所業だ、分かっていて行うのは、そこに利権が絡むからだ。東京都、組織委員会、JOC、日本政府そしてテレビの利権の枝が十重二重に絡んでいる。多分たかが弁当手配なども、さにあらず巨大な金が動くだろうから、利権が生まれているのだろう。特定の弁当屋が受注するために、担当者が接待漬けになり賄賂をもらう、そういったことが無数にあるに違いない。


 すると、そのオリンピックの総元締めの都庁ビルに近づきつつある、この無駄に大きいビル、しかも城を意識したであろう二つの塔は、小国家の予算にも匹敵するという都予算の、無駄使いと使途不明金の焼け太りである


 龍博は、地下鉄大江戸線の都庁前駅の地下階段を降りていった。都庁下の地下は新宿駅を中心に張りめぐらされた地下道に続いている、相当長い地下道だが、夕方ここまでくると、人は閑散としている。


 階段の裏手にある小さな扉の前に龍博は立ち、目の前の小さな穴を凝視した。すると、ドアがガチャリと音を立てた。虹採認識でドアの鍵が開いたのである。

 そして龍博はドアの中にすばやく身を入れると、同時に扉を閉めた。するとそこは薄暗く、空間に機械、パイプが縦横に設置された機械室だった。その狭い空間を五分ばかり歩くと、小さなドアがあった。そのドアも虹採認識で開いた。


 外に出ると、長い廊下に101,102,103と行く具合に部屋がならんでいる。ホテルの一階である。まあ誰かにあったら、その誰かは多分何も言わないだろう。都会人は他人の行動に文句は言わないのである。


 龍博は悠然と歩き、エレベーターに向かう。

 エレベーターに乗ると、誰もいなかった。ブーンと微かな機械音が鳴り、エレベーターの箱は上にあがってゆく。

 エレベーターが止まり龍博は誰にも見止められず、廊下を歩いた。実は、今この時間、この階の部屋は架空の客で全室埋まっているのだ。


 龍博は、赤じゅうたんの廊下を静かに進み、ちょうど廊下の真ん中くらいのドアの上にある赤いボタンを凝視した。するとカチャと軽い音がして、ドアの施錠が解けた。


 その部屋には五人の男女が、そのホテルの一室に集まり、一台のテレビ画面を凝視していた。その部屋はホテルの部屋というよりは会議室といったほうがいい。部屋の中央に長方形の机が置かれ、五人がパイプ椅子に座っている。テレビは、部屋の奥にテレビ台の上に置かれていた。


 時計を見ると、午後六時五十五分。

「遅かったな」と宮地官房長官が声をかけてきた。

「間に合いましたね」と龍博が笑う、宮地はすっきりしたグレイのスーツだが、龍博はよれよれのノーネクタイ、ダークスーツだ。まあ、しかたがないか、宮地はれっきとした日本国の貴族官僚なのだ。不良公務員の自分とは天地の差がある

 その時、20インチテレビ画面が19時を指し、NHK・ニュースが始まった。


 龍博は、なるべく平然とした顔をしていた、つもりである。だが、まず手抜かりは無い、大丈夫のはずだ。これほどの大スクープはまず無いから、NHKはトップで放送するはずだ、いや絶対する。だがさすがに不安だ、青柳はひっそりと不安だからなるべく無口に、じっと座ってみている。が、若干前のめりになっている姿勢を龍博は気が付いてなかった。

 そして一八時五十九分、NHKがテロップでそれを流した。

 よしと龍博はガッツポーズを心の中で振り上げた。

 それは平成の、間違いなく重大ニュースに数えられる「天皇陛下生前退位」の発表だった。


 長官が立ち上がっていった。

「この発表の真のリーク者がだれか絶対に知られてはならない、引き続き頼む」

「まあ面白くなってきたね。またSNSが祭りになるだろうね」この軽い、聞きようによっては人をなめている口調はもちろん幸雄である。こいつはアメリカ大統領にも同じ態度だろうなと龍博は思う。まあ、あの人の前ではさすがに神妙だったが。だがこの薄っぺらな性格に反比例してコンピューターに関する限り天才なのは間違いない。


 隼人が軽く息を吐いた。

「それで、どうする内閣は」

「まあ、絶対に面白くないだろう」

「阻止するか」

「そう出るだろうが、その時、あのTⅩファイルが物を言う、そうですね、長官」

 長官はにこにこ笑っている。まあイエスだろうな。TⅩファイルとはバベルという新宿の大変イカガワシイ店と広告代理店D社から出た、未成年売春ファイルと言う爆弾である。

 由紀子が笑った。


 長官が席を立って、皆を見ながら言った。

「第一段階は成功だ。次の段階に入る。ビデオメッセージをすぐに発表するのは得策ではない気がする」

 幸雄がうなずきながら言った。

「そうだね、やっぱ世論を待つ、いや作らないとね。ねえ由紀子さん」

「そうねえ、ビデオが流れたとき、陛下の意思が世間に好意的に受け取られるようにする。世論なんて、一週間で、なんなら一言で変わるわよ」

「なるほど、でも、それは合法でしょうねえ」

「さあ、どうかね」

 この由紀子の言葉に隼人が反応した。

「おい、非合法はやめろ」

 由紀子は笑った。

「法は犯さない、それはつまり法を犯さないなら何でもできる」

 由紀子は俺に似ていると龍博は思う。非合法、合法の境目は確かに存在する。その狭い道を通る時の緊張感と快感はたまらない、そう考える人間はわずかながら確かに存在する。


 隼人はやれやれという顔した。

「まともなのは俺と美里さんぐらいだな」

 幸雄が、

「え! 僕も龍博さんと同じ」

 隼人はうなずく。

「ああ、そうだ」と相槌をうち「ただ、まともで出来る仕事ではないがな」

「同じ穴のムジナだお前らは」と長官が話を終わらせた。

 長官の顔は確信に満ちていた。


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