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黒頭巾

 隼人は黒頭巾をじっと見た。黒い上下のスエットでフードの中の顔は見えなかったが、煌めく視線は感じることができた。

 新宿TⅩの壁の前で、隼人と黒頭巾は相対した。身長は百八十二、三。隼人はフードの中の人間が多分日本人ではないと感じた。黒頭巾は数秒じっとしていたが、くるっと踵を返すと、ゆっくりと歩き始めていた。ふん、ついてこいってわけか、隼人は黒頭巾の後ろを歩き始めた。


 黒頭巾の歩みは決して速くは無かったが、確実にリズムをつけて歩いている。後ろから攻撃しても、一撃では倒せそうになかった。つまり黒頭巾は何らかの格闘技を身につけている。

 二人は歌舞伎町の繁華街を離れ、大久保病院を通りすぎ、大久保公園に入っていった。


 公園の中ごろ、二人は相対した。

 黒頭巾がシューズを脱いだ。ほう、蹴りやすくしたか、シューズは蹴りを出すとき、かえって邪魔だ。その重さだけ、蹴りのスピードが遅くなるからだ。ということは、こいつ空手か、ムエタイか、キックか。どうりで狂暴な足してるな。

 隼人は上着を脱ぎ、ネクタイをほどいた。そして、前かがみになって、ボクシングスタイルを取った。すると黒頭巾はフードを後ろにやりマスクを外した。そこには赤黒い東洋人―多分タイだ、そしてムエタイ。


 黒頭巾が、ゆっくり時計回りに回る。隼人も同じく時計回り。つまり左足を時計方向に進めたと同時に右足が飛んでくるかもしれない、そしてこちらも飛ばせるということである。

 すると黒頭巾がスーと前に出た。お、と隼人が、ほんの一瞬止まった。そのすきを黒頭巾は見逃さない。ブンと右まわし蹴りがー実際音は鳴りはしないがー飛んできた。間一髪、すれすれで後ろに体重を預けると、ほんの少し後方に体重移動を行った。かなり大きな足が目の前をかすったと思った。はっきり見えたわけではない。こういうのはカンと反射神経の世界である。目にはっきり捉えられる攻撃などまず来ない。隼人は蹴りをかわす次の瞬間、タックルをしかけた。蹴りを放った右足が後ろにひかれる瞬間に間合い詰めて、右足を狙ったのだ。右足を掴めば、一気に倒せる。が、背中にどんと衝撃が走った。何だ!これは、が、次の瞬間肘打ちだと理解した。すると今度は左右どちらかの膝が飛んでくるはずだ。左ひざと見切って、右側面に転がり逃げる。正解だった。だが、右ひざならどうなっていたか分からない。格闘技の特徴は、こういう閃きの連続である。


 まったく、ワイシャツを汚しやがって、と思う隼人だったが、そもそも隼人のバックボーンがMMA(総合格闘技)だからいたしかたない。だが、この手合わせでお互いのバックボーンがはっきりした、黒頭巾はムエタイだ。隼人はMMA。噛み合わないな。だが、これは試合ではない。犯罪者たぶんと警察官の戦いだ。応援は頼めない。非公式の捜索だからだ。そもそも刑事事件でさえない。

 黒頭巾も隼人がMMAだと分かったはずだ。だから絶対に懐に入らせない。


 案の定、黒頭巾は前かがみになった。懐を深くする。だがムエタイは打撃系だと思われているが、そうではない。日本においてキックボクシングの影響が大きいから、仕方が無いが、ムエタイの必殺技は首をつかんでの膝蹴りだ。したがって組み合うのである。最終的には、その状態を作りだそうとするだろう。両手を相手の腕の内側にねじこみ、首をつかんで膝をとばす。これが最終形である。これに対して、隼人は徹底的に下半身にタックルをしかけて相手を倒すか。わざと相手の懐に飛び込み、こっちが首相撲をしかけるか。いずれにしても相手の打撃を凌がなければならない。

「シッ!」右ジャブを黒頭巾に繰り出す。こっちも打撃があるぞと思わせつつ、大したパンチではない。それでつけこんでくれば良いのだが。


ワン・ツー・フック、三連打、左フックで開いた左の胴に右のミドルキックが飛んでくる。隼人は左の腕で黒頭巾の右足を捉えようとした。だが右のミドルはズンッ!と利いた。構わず、右足を抱えると、今度は右ひじが耳をかすめた。こいつやっぱり体幹がある。簡単にはひっくり返せないなと思った瞬間に足を離して、左フックを当ててみる。ゴンっと音がして、黒頭巾の身体が揺れた。が、瞬時に左ひざが飛んでくる。それを両手でカバーすると、隼人は後方に飛んだ。やっぱり簡単には入らせないか。


 隼人は靴を脱ぎ捨てた、こいつは重い、MMTも裸足だ。と見せて、靴を黒頭巾向けて投げた、二足だから一発目はよけられた、が続けて二発目を投げて、黒頭巾の胴体めがけ飛びついた。こんな攻撃、中学生でもしない。だが、だから誰も予想しない。胴タックルで黒頭巾の身体をつかんだ隼人は外掛けで黒頭巾を地に倒した。黙って靴を脱ぐのを見ていた奴が悪い。格闘技とは、つまり騙し合いだ。

 マウントは確かに有利な位置だ。だが昔ほどではない。歴史は進むのである。マウントを取られたものは今、確実に下から体を密着して、強打を防ぐ、そして体を回転させて自分が上になろうとするのである。だからむやみに拳を繰り出せない。マウントはつまり、暴れ馬に乗るカウボーイと同じだ。馬は暴れまわって乗り手を落下させようとする。あれと同じだ。相当な力が必要だが、それも鍛えれば良い。十年前の必殺技は、いずれ必殺技ではなくなる、なので、隼人はせりあがってくる黒頭巾の顔に前頭部を叩きつけた。


「ぐお!」黒頭巾は呻いて、頭を抱えた。隼人はさらにもう一発と思った瞬間黒頭巾は二本の指で、まっすぐ目を狙ってきた。間一髪黒頭巾の手首を捕まえ一気に両足を黒頭巾の右腕に絡ませ、引き伸ばした。腕ひしぎ十字固めを黒頭巾の太い右腕に極めたのだ。全力で腕を極めていた、はずだった、が、信じられないことに黒頭巾はそのままの姿勢で起きようとしていた。なんと非常識な! 折れるぞ、いいのか。黒頭巾が吠えた「おおおおおおおおおおおおおお!」


 みちっ、嫌な音を立てて、骨の折れる音がした。こいつ化け物だ。すると黒頭巾は上体を上げて。左拳を叩きつけてくる。間一髪、拳は隼人の顔面に届かなかった。だが。このままでは、隼人の顔面に届くのは、もうすぐだ。隼人は手を黒頭巾の腕から離し、後方回転で逃げた。

 ゆっくりと黒頭巾が立ち上がった。右肩は力なくだらんと下がっている。だが黒頭巾の目は炯々と輝いている。


 じりじりっと隼人は間合いを詰めた。敵の主力は左腕と両足、もう首相撲はできないし、おそらく、あの狂暴な足技、それしかないと隼人はつつつと腰を低くして、間合いを詰めた。すると。黒頭巾はくると背中を見せた、後ろ回し蹴りか! だが、次の瞬間黒頭巾は前に向いた、右足を大きく上げて、踵落とし! もう少し間合いが遠かったら、もろに黒頭巾の踵が隼人の右肩にぶち落とされていたところだ。だが隼人はより深く黒頭巾の懐に入っていた。落とされた右足の腿を抱えると。そのまま、黒頭巾の身体を一気に立っていた太い木にぶち当てた。後頭部を木にぶち当てられた黒頭巾はそのまま失神したように大地に崩れて行った。


 ふう、化け物め。もうすこし間合いが浅かったら、もろにくっていたな踵。隼人は気を失った黒頭巾の上体を木の幹に預け、結束バンドを出して左右の親指を固定した。隼人は手錠を持たされていないからだ。


 隼人も木にもたれ、息を整いた。こんな喧嘩は、二度とやりたくない。すると、

「あなた、日本人?」と黒頭巾が聞いてきた。回復したか。日本語も流暢だ。

「ああ、そうだ、お前はタイか」

「そうです」

 おや案外素直だな。

「お前いったい日本で何をやっているんだ? おまえくらいの腕があればムエタイでやれるだろ」

 黒頭巾は笑った。

「タイで僕の体重に見合う選手が少ない。試合する相手が少ない」

「だから日本に来たか」

「でも日本も景気良くない、僕もアルバイトやるけど。少ないね」


 まあこれは隼人も予想はつく、黒頭巾の境遇につけこんで安くこき使うのだろう、すると裏社会に行きやすい、需要と供給の関係だ、嫌になるくらい、連鎖している。

「お前、名前は?」

「サクチャイ」

「TⅩヨコで何をやっている」

「あの辺は僕のボスのナワバリ。よその奴、僕が追い出す。あと新しい女の子が来たらスカウトする」

 なるほど用心棒兼スカウトか。

「ボスの名は?」

「……」

「なあ、今みたいなことやっていたら、お前の人生終わりだぞ。だいたい、お前が本当のファイターなら、俺に負けることは無いはずだ。なあ俺がまともなバイト紹介してやる。だから教えろボスを」

「……ドウキョウカイのカズシ・スドウ」


 隼人が話し終えると、

「なんとまあ、もうマンガみたいだね」と幸雄。

「さすが肉体派」と美里。


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