新宿TX前
高瀬隼人がその情報に接したのは夏がまっさかり、こんなときは仕事なんかやめて、大ジョッキを一息で飲みたい気分の暑さの日だった。隼人が何故そんな警察官にあるまじき考えに至るのは、ただの酒好きだからである。だが絶対にあるまじきことではあるが、昭和の時期まで、警察官(公務員)が職場で酒を飲むのはフツーにあった(時間外ではあったが)これもまた許すまじだが、それでフツーに車を運転して帰ったのである。もちろん今はあり得ない、はずである。
その情報はメールで着た。送り主は青柳龍博である。
『新宿、TⅩ前』このキーワードで探れということである。
それと隼人はある情報を独自で耳にした。それは奇妙なよくわからない情報だったが。
すなわち、その場所は花園神社の裏手にある道路上、花園五番街の看板が聳え立つ柱に上半身を預け、うつむいている人間がいた。酔っぱらいと思った通行人のおじさんが時刻が早朝である故に「君、ちょっと酔っ払らったの?」と声をかけて肩に触れた瞬間崩れ落ちた女性は、あきらかに未成年であった。解剖の結果急性アルコール中毒による急死だった。未成年がアル中? と考えたあなたは正しいが、世の中正しくないことにあふれている。したがって未成年アル中死もありだが、複数となると話が変わってくる、と隼人は思う。実はゴールデン街の少女死の一か月前に、新宿中央公園にも少女のアルコール中毒死があったのである。こいつはちょっとおかしいと思うのは警察だけではなかろう。案の定週刊展望がくいついてきた。
『新宿少女怪死の謎』とまあ、ベタな見出しの記事は、内容はまともであった。すなわち、二人の共通点を展望の記者は見つけていた(つまり警察もつかんでいる)共通項はTX横キッズである。まあネットで検索すればわかるが新宿のシネコンTXの周りの道路上は今や若者の集う広場だそうだ。死んだ少女も、そのあたりで見られた(多分死んだ少女と同じTXにたむろするガキ、いや少年少女の話だろう)TXはまあ基本昼は少数、夜は多数、年齢も上は三十歳(この年齢を若者というのは異論が出るかと思う)下はなんと十二歳―小学生である。この年齢差の集団は普通集団とは言わないとは思うが、ただTXあたりに居るという事実がある。
こいつは生活安全課案件であろうが、興味が湧いたので、隼人は行ってみることにした。隼人は、こういう現象について、何の先入観も持たないことにしている。いつの時代も若者の言動や行動は大人にとって基本謎である。これはあたりまえである。何故か、彼らはまだ大人ではなかったから。ビートルズに熱狂する若者も連合赤軍も、オウム真理教。AKBに投票する若者も同じく、大人にとって謎であった。
今は午後十時、超過勤務だが、上司に命令されたわけではないので手当はもらえない。まあ、捜査一課の時は事件担当となると所轄警察に泊まり込みだった。それに比べればどうということは無い。そして目的がガキ、いや少年少女が集まるのが夜ということだから、それまで待つ。にしても、この待つ時間が長い。昔だったら喫煙だったろうが、今は道にちらほら見えるだけである。隼人は喫煙しないから、ただTX前の柱に寄りかかるだけである。
すると待つこと九〇分程度、騒ぎが起こった。隼人がいる映画館柱のすぐ側で。
「お前キモいんだよ」
「てめえこそダサいんだよ」
「こら! テメ―、ギャアギャアうるせえんだ」
「は! なに! 鳥頭」
「ウルセー ハゲ!」
断わっておくが、これはれっきとした日本人が話す日本語もどきであるが。相手の襟を両者が取り、坊主頭が鳥頭の顎に拳を当てたところで、これは警察官案件になった。
細身の鳥頭と坊主頭の小太りがつかみ合う真ん中に隼人は身を入れて「待った、警察だ! やめろ!」
「警察!」と二人は同時に言って、互いの襟を離した。
隼人は警察手帳を二人に見せて、
「なんだ、酔っ払うには、まだ早いだろ」と言うと、
坊主頭が人差し指を突き付けた。
「こいつが悪いんだ。俺が最初に声をかけたんだ、それを横から」
鳥頭は隼人をチラチラ見ながら。
「なんのことだよ、知らねえ…」
この鳥頭、挙動不審だな。
「とにかく、これは傷害事件だ。所轄に電話するから、両者待ってなさい」
鳥頭が頬を手で触りながら、不平たららの顔になった。
「何で、俺が居なきゃならねえんだよ、手を出したのはこいつだろ?」
「見ていましたよ」と隼人。
「なら!」と鳥頭が吠えたとき、坊主頭が脱兎のごとく逃げた。
「あ!」と二人で合唱したが、坊主頭の逃げ足の速いこと。
次の瞬間、鳥頭も逃げようとしたが、一瞬早く、手を取った。
「いってえ! 俺は被害者だぞ」
「はいはい、だから話聞くんですよ、あの坊主頭は誰ですか、被害届は出しますか?」
「そんなもん出すか」
だろうな、では、
「あの逃げた方は名前は、職業は」
「いいよ、もう」
「ふーん」
まあ、普通ならただの喧嘩だが、坊主頭が何も言わずに、というか話したくない何かがあるから、逃げたように隼人は思った。もと捜査一課のカンだが。
「あんたたち、何で揉めていた?」
「それは……」
「なんだ非合法か?」
「ちげえよ、あいつ俺の声かけた女、横からかっさらっていた」
それはつまり色恋か? いや違うな。
「お前スカウトか」
「ちっ何だよ法律違反してないぞ」
「ふん、どうだか」
「本当だよ、名刺見せるよ」
クラブ、ルシファー 鬼塚(GTOか、でも知らないか)か、こいつルシファーの意味も知らないだろうな。(ルシファーは堕天使、悪魔である)
「で、鬼塚さん教えてくださいよ、あの坊主頭の名前」
「一郎、田所一郎」
「で、一郎さんとは何で揉めたの」
「それは、あれだよ」
「あれって」
「何だよ、女がさ」
「女って」
ここからは省略した方が早い、すなわち、女の取り合いである。ここで笑う人はスカウトの仕事を知らない人である。スカウトマンにとって仕事は女に始まって女に終わる。彼らはいかに、男にとって金を払いたくなる女を見つけるかに彼らの収入がかかっているのである。




