宴の後
その日の夜、さすがに素面では眠れないだろう、ということでモルフォに出かけた。
小雨が驟雨となって、顔を濡らした、多少は、暑さがおさまるか、有難いことである。ぬるい雨が顔を濡らし、まるで泣いているかのように頬を濡らす。手にはまだ九蓮宝塔の手ごたえが熱く残っている。我ながら、どうかしてるぜ、あんな修羅場にのこのこ行ってやくざの親分に説教された。
ゴールデン街は木造りの店が多い。雨に濡れて、木の光沢が鮮やかに見える。木は有機物だから、このような絵を描けるのだろう。
「おや、英雄のお出ましね」とジェーンは笑った。
「何のことですか?」
「とぼけないで、もう新宿では、もう知らないものはいないわよ、九蓮宝塔をやくざの麻雀で自模った男、誰が言ったか新宿の龍」
「はあ、それは何ともハハハ」
「笑いごとじゃないわよ、まじめな話、あなたしばらく新宿には近づいたらだめよ」
「なぜに?」
「ばかね、あんたの首狙って、全国の雀士が新宿に来るってことよ。まさか正体が東大生とは思わないでしょうから、学校に逃げなさい。あんたも、もう来年は卒業でしょ。将来を考えて」
「村岡の親分に博打はもうやめろと言われました。怪物が僕の中に住んでいる。そいつに殺されるってね」
「怪物と闘うものは怪物となるなかれ。深淵を見る者は深淵もまたお前を見ている。ニーチェね」
「はあ」
と言うわけで、仕方なく将来を考えて、周りの学生に聞いてみたら、法学部だから国家公務員試験一種を受けると答えた人間が多かった。東大法学部だから当然のことだが、ほかにはマスコミ試験とかが多かった。とにかくリクルートスーツで会社訪問は願い下げだ。これを通すとなると、一発試験の公務員ということになる。世界遺産の管理とかの仕事だったら至上のヨロコビである。なので、麻雀をやめて、猛烈な試験勉強に入った。まあ要領は東大試験と同じである。つまりは問題をいかに多く解くか、いかに問答式に知識を蓄えるか。つまり弁証法である。一日8時間の勉強を半年続けた。同時に卒業論文も仕上げなければならないが。
そして一次試験に受かった龍博は、いやいや面接試験に赴き、世界遺産にといった瞬間、「君は一次試験トップなんだよ。馬鹿なこと言うな、じゃないと面接で落とすぞ」と罵られ、後はエスカレーターに乗せられたように財務省に放り込まれたというマンガみたいな展開になった。
あれから十五年か、
真剣の麻雀はあれから止めた。もともと、学資と生活費稼ぎだから目的はとうに達していた。特に最後のアレで五百万という大金を得たから、あとは卒業を待つだけだった。
俺の人生、あんなひりひりした場面は来ないと思っていた。だが、今回とんでもない事態になった。俺の人生、結構波乱万丈だな。まあ離婚は自分が悪いと思っている。
雅子が、その時叫んだ。
「思い出した、強姦男B氏、確か、かなり前に、何かのテレビ特集に関わっている」
「どんな事件?」
「うーん、未成年がらみの特集だった気がする、もうかなり前よ、十年とか前」
「俺は、あまり友達を作らなかったから、検察に友達はいないが、一人ルポライターが友人だが、彼に聞いてみようか」
「誰よ、友達って?」
「椎名一之」
「ああ、カズね、あれも思いっきりアウトローだけど、へえ、友人ね」
「あいつ卒業して、新聞社二年で止めて、まあフリーになったんだが、岡石戦争のその後に興味持って、いろいろ嗅ぎまわっていたんだ、が、ちょっとやりすぎた。それで村岡の事務所にさらわれて半殺しにされたんだが、たまたま俺の名前を出したらしくて、俺が事務所に行って、勘弁してもらったんだ、まあ、それからの付き合い」
「ハハ、いまどき、やくざの事務所にさらわれるジャーナリストなんていないわよ。そんな骨のあるやつは皆無。まあ龍博とは気が合うんだね。ってあなた、カズに情報聞いてないの?」
「いや聞いてはいない」
「馬鹿ね、そんな性質の話は彼の専門よ、聞いてみなさい。絶対なんか出るから」
一之か、あいつはもろ刃の刃だからな。ESPのことは絶対知られてはならない。
「でも興味あるなあ、何で龍博くんが、そんなにB氏のこと探るのか」
こいつにも気をつけようと思いながらオンザロックのウイスキーを喉に流し込んだ龍博。夜は更けていった。




