死合
だが、生々流転、世の中には必ず動乱や闘争があるものである。すなわち龍博が大学三年生の夏、新宿戦争と呼ばれた村岡組と関西明石組の抗争が勃発した。
ことの始まりは、スカウトマンの引き抜きである。スカウトマンとは、街で―この場合は歌舞伎町であるが、道行く女性に近づき、「失礼ですが、あなた仕事探しているのでは?」と声をかけ(こんなに丁寧とは限らない)女性の希望に応じて、キャバクラや風俗を紹介する、仲買業である。実は女性の方も歌舞伎町のどの辺を歩いていたら、こういう男性が声をかけてくるのを知って待っている人間が多い、需要と供給である。確かにネット上に情報があふれている。多いから、いったいどれが正確な情報なのか分からない。だから情報を求めて女性は歌舞伎町に来る。商取引の典型である。ただし、女性にとって、危ない男にひっかかったらという心理が働く、こういう商売において避けられない話である。ここに来る女性は警察を信じない、また法的なところが分からない。警察は自分を守ってくれないだろうと彼女たちは大抵思っている。それに警察は店を紹介してくれない。こういう時、やくざ、暴力団が入ってくる。最近は取り締まりが厳しいから、オフィス会社を作りスカウトマンを育て、働かせる。
スカウトマンAは自分がある女性―仮に依子とするーをスカウトして風俗等に入れたとする。そして依子が風俗店等でトップに上ったなら、スカウトマンAにとってなによりのヨロコビである。なぜなら依子の売り上げの何割かがスカウトマンAに入ってくる。依子がナンバーワンでいる限り、大きな金がスカウトマンAに入ってくる。ナンバーワンでなくても一定の収入がある女性ならばスカウトマンにも一定の収入が見込める。反対に、まったく働きの無い女性だったら目も当てられない、あんまり仕事をしない公務員や大企業の社員ではないスカウトマンは、こうして収入に格段の差が生まれる。この世界では資本主義が正しく機能している。
こういう仕組みである限り、スカウトマンの資質が問われる。簡単に言えば女を見る目である。だが、どんな商売でも、初めから結果を出す商人は稀である。だからスカウトマンもスカウトマンオフィス(暴力団あるいは半ぐれ、あるいはこの両者)が育てるのである。まあ、怒られるかもしれないが、会社の営業マンと同じである。一人前になるには時間がかかる。
そして苦労して一人前にしたスカウトマンを、よその組が後から入ってきて、ごっそり引き抜かれたら、多分やくざでなくても怒るだろう。一般市民でも怒る。だが一般市民は銃を持って、報復を考えないがやくざは違う。報復しなければ、面子(これはやくざには重要)をつぶされたのに黙ったということで、やくざワールドで生きていけない。そして今回、面子をつぶしたのが明石組であり、つぶされたのが村岡組だということだ。結果抗争勃発である。しかし舞台が日本一の歓楽街の歌舞伎町であり、日本一の暴力団明石組が絡んでいるとなれば、マスコミ、そして警察が黙っていない。その年の夏、岡石戦争と呼ばれた事件で逮捕者三十名、死者双方二名ずつ暴行傷害に至っては実数把握できずという抗争が一か月続いた。が、それが突如止まった。一部を残して、明石組が歌舞伎町を撤退したのだ。その義務を持たないから、村岡、明石両組からの発表はなかったが、抗争は終わったとするSNSが一斉にばらまかれた。そして、いろいろな情報が飛び交って、そしていつものように収束していった。
こんなやくざの抗争を見るとやくざが民主主義の敵に見えるが、そうではない。すなわち、たいていの場合(西欧が典型的だが)民主主義国家は王政を倒したか、あるいは王政を無力にして打ち立てた国家である。何を持って倒したか、それは市民の軍隊化という暴力である。民主主義国家とは、王政の軍隊が市民の軍隊に変わった国家のことであり、国家以外の暴力は認めないという国家である。
日本と言う国がやくざを認めないというのは国家原理が国家の軍隊(警察も)以外認めないということであり、違法に武装するやくざを絶対に認めないのである。だが、国家に国家ではない暴力を内在するのは必然的なのだ。例えば資本主義では市場競争を人々は強いられる。この競争で勝ったものが支配階級―ブルジョアである。だが負けたものは死にたえるわけではないから、資本主義内に敗者として存在する。この敗者から必然的に暴力装置が生み出される。王政だろうとブルジョアだろうとすべての暴力を管理するのは不可能である。そして歴史が進むにつれて、国の持つ暴力装置にある集団が対抗するようになる、つまりかつて王政国家の中にブルジョア暴力が内在したように。それは階級闘争というのである。
ただ、日本は少し、この原則からずれている。すなわち日本史の中で王と言われるのは天皇である。だが天皇が実質的に権力、特に軍隊をコントロールできたのはほんのわずかの期間である。王が暴力装置を把握しないにもかかわらず、天皇は国民にとって象徴であるというのが日本の権力構造である。これは明らかに西欧民主主義国家とは一線を画す。
この新宿抗争の終結が警察と言う国家組織によって行われたのには間違いはない、ただささやかながら、抗争終結の一因になった幕間狂言があったことをわずかの人間が知っている。
それはうだるような暑さの夜であった。昼間の狂暴な陽光が都会に降り注いだ、その熱気が冷めやらぬ、いつもの夏夜だった。場所は新宿西口のある高層ホテルの一室、時間はちょうど零時だった。
ホテルの超高層階の一室、黒色の雀卓に四人の雀士が座っていた。
三人はブラックスーツに黒色のネクタイと、見るからにやくざ、が、もう一人は青柳龍博だった。
麻雀であるから賭けるものがある。通常は金だが、この龍博が行おうとしている麻雀には、ある約束が賭けられていた。すなわち龍博が勝てば明石組が引き抜いたスカウトを村岡組に、希望者がいれば戻すと言う約束である。玉虫色ではあるが多分明石組がその希望者に手を出さないというのであれば、何人かは希望者が出るだろう。
やや希望的観測だが、これでも村岡組は譲歩したと言えるだろう。またかなりの人数が帰ってくるという計算があったのだろう。ただ何故に龍博が、そんなやくざの修羅場に居るのか。つまりは脅かされ、なだめ、すかされて席に座らされたのである。
誰が龍博を椅子に座らせたか、
「あんた親分に貸があるんだぜ」と荒井三郎は言った。荒井は例の魔の二日間麻雀の相手である。
「あの時、親分が入ってこなければ、俺はあんたを刺していた」この田村の言に龍博は驚いた。
「なぜ、俺を」
「あんたが怖かった」
「怖い?」
「ああ、あんた場が進むごとに、笑っていたんだぜ。あのやくざの俺さえひりつくような場面で、あんたはぞっとするような笑みを浮かべていたんだ。正直な話、俺はだんだん、あんたが怖くなってきた。あのまま続けていたら、俺は恐怖であんたを刺していた。いるんだよな、時々、やくざさえビビる場面で逆に楽しむやつ、あんたやくざ以上だよ。親分は俺のために止めたんだ。俺が堅気を殺すことを察して間に入ったんだ。そういうことで、あんたは親分に結果的に救われたんだ」
荒井はこうも言った。
「村岡組で俺に麻雀に勝つ奴はいない」
結果、龍博はここに座っているわけである。
構成は龍博、明石組の代表者、そして麻雀は四人必要だから、村岡、明石組から一人ずつ参加だ。そしてあくまで、龍博か明石組の代表者のうち、どちらが上に居るかで勝敗が決まる。場は東南の半荘戦、雀卓は自動で初牌が決まるものを使った。いかさまを防止するわけだが、双方二人ずつ組むことはできる。つまり味方の手を見て、振り込み、相手には振り込まない。そんなにうまくはいかないだろうが。
龍博は明石組の代表者をじっと見た。黒田と名乗ったその男は、まずやくざではあるだろう、だが、頬に一閃の傷、いけいけとは見えない。手ごわそうだ。多分、こういう場に慣れているのだろう。だとすればプロだ。まず振り込まない。無理をして大きな手は作らない、が、チャンスは逃さない。龍博は、ここまでの修羅場を経験したことはないが、相手は場慣れしているような気がする。不利だな。ただ博打は水物、素人がバカ勝ちすることがある。ようするに運である。麻雀と将棋の違いは、この運である。将棋のプロが素人に負けることはまずない。将棋は博打ではない。麻雀は違う。特に短期決戦では運がものを言う。運―ツキは存在する。それを否定するバクチは無い。
ひりひりする緊張感がピーンと張りつめている中、勝負が始まった。
東一局、誰も上がらず流れ、さすがに慎重になっている。そりゃそうだ。負けたら明日の太陽は見られないかもしれない。動いたのは東三局、黒田が平和ドラ二で上がった。少し差がついた。だがみえみえの上がり牌を味方が振り込んだのだ。まあ、こうなる展開だわな。
だが、半荘のラス前、龍博に大きな手、清一色に伸びる手だ。そして、これで萬子の清一色完成前の一手、三索を切ったところで当たりといったのは村岡組のやくざだった。見れば策子の手で待っているのは分かった。だが、味方のはずだから振ったのだ、が、田村と言うそのやくざは味方の龍博から上がった。ふん、なるほどな、田村は龍博が村岡組代表なのが気にいらない、そういうことか、ふん、すると三対一か、やれやれ面倒だな。そこから先が、あまり覚えていない。覚えているのはツキがなくなったということと、黒田が確実な役を上がって、二千点、三千点とリードを広げていたということ、すなわち龍博が徐々に追い詰められたということを感じていた。それは、まるで自分のこととは思えなかった。何か映画でも見ている感じで、恐怖がここまで高まると、こんな感じになるのかとぼんやり思っていた。
ふと視界が殺伐とした博打場からうららかな春の夜が目の前に広がった。冬闇の、冴えわたった冷気に代わって、春の夜のおぼろげな気配が漂う。小高い丘の大きな桜の幹に一人龍博は横たわっていた。茫洋とした意識のなかで、振り上げ見れば、やや円形の欠けた月が星を優しく照らしている。はは、俺はここで死ぬのかな、まあ早すぎるが、これも自業自得、ただ死ぬときは少しの苦の中でくたばりたいな、と思ったら春雷が春の夜空に閃いた。
そして龍博は戻ってきた。南終局で、さんざんとも思える手が見えた。一萬が二枚、九萬が二枚、あと三萬、五萬 七萬、後は策子が、ニ、五、筒子が一、八そして北、東、ばらばらだ。これでどうしろと言うんだ。ぼんやり東京湾に浮かぶ、自分の身体が見えた。だが、最初に一萬、続いて九萬が手にきたとき、もしやと思った。少なくとも清一色は狙える。なかないで、自摸れば逆転だ。だが運命は違った。場が進むと、これは! と思った。三四五萬、七八九萬が完成したとき、震えがきた。場を見ると、萬子はほとんで出ていない。つまりそれぞれの手の中か山の中にある。ハ! とんでもない手がきたもんだ。役満はもちろんあがったことはあるが今のこれは、自分も他人が上がったのも見たことが無い。脇腹に汗をかいていることが分かった。そして、一一一ニ三四五五六七八九九九萬がそろった、純正の九連宝塔。九面待ちである。上がったら死ぬと言われる手である。
そして時は来た。
「自摸! 九蓮宝塔、役満」
他の三人は。
「何だ、清一色ではないのか」
「お前、この状況で役満か」
黒田は黙って、龍博の九蓮宝塔を見ていた。そして煙草をくわえ、火を点け紫煙を吐いた。
「ふん、お前、やくざ以上に狂ってるな」
俺がやくざ以上? これはたまたまではないか。それより黒田が明日東京湾に浮かばないか心配だ。
ただ、すべてが終わって村岡組の事務所で親分じきじきに酒をごちそうになったのであるが、なにせ事務所内には普通は近づきたくない人たちばかりで、それが酔っ払って「うおー」とか言って叫んでいるのであるから、それはもう早く帰りたい。
「お前、麻雀やってるときと普通の時ではえらく違うな」と言ったのか村岡親分。
「はーそうですか」
「俺は別室で、勝負の様子とか、手牌の様子とかみてたんだぜ、まあいかさま見張ってたわけだが」
「はあ」
「お前、つきがなかったろ」
「はあ」
「でもな、お前、あれだけ追い込まれて、しかもやくざの賭けだっていうのにだ、お前すごい形相で笑ってたんだぜ。役満上がる時には鬼に見えたぞ」
そうなのか、まったく自覚はないが、まあビビッて小便ちびっていたよりはいいか。
「お前、ばくちは止めた方がいいかもしれんな、お前のなかには、とてつもない怪物がいる。そいつは何時かお前を食い殺すかもしれんな。おれはこの渡世で、そういうやつを何人も見てきた。やくざは確かにうでっぷしとか暴力のプロだが、そういう人種が小便ちびるような修羅場で平然としているかというか楽しんでるやつは確かに居るんだ。ただ長生きはできないがな。まあ、お前はまだ学生なんだ、考えてみろや」
怪物と戦う者は自分が怪物となるなかれ、か。




