戦略
「そして次は白石さんと赤羽くんに、陛下の生前退位に関する世論形成をどうするか考えを聞きたいな」と龍博は言った。
由紀子が手を挙げた。
「ことの性質を考えれば、短期間に大情報量を集中させるという正規軍の常套は使えない、ならばゲリラ戦」
「もっとくだけて言おうよ、つまり鍵はSNSさ、でも最終目標はテレビ局にあるけどね」と幸雄
「赤羽君はSNSが重要と言うわけは」と美里が聞く。
「テレビはまだ、陛下の生前退位なんて、一ミリも信じないだろ。そんなこという記者は何言ってんだと言われるだけ、でもSNSは面白ければいい。つまり非日常は面白い」
隼人が突っ込んだ。
「けど、そもそも特に若いやつらに皇室なんてピンとこないだろ」
「はは、高瀬さん、やっぱ若くないね、若者には陰陽師も天皇も面白いって映るんだよ」
「なるほど、安倍晴明も神道も若者には新鮮か」と龍博がつぶやく。
「靖国神社を心霊スポットと思って、右翼にぶん殴られた若者がいるからね」
「へ―何だか微妙ね」と由紀子
「だからさ、皇室に興味を持つように仕向けるんだよ。そして天皇像を若く明るいものに変換すれば、あーら不思議、生前退位OKってなるわけ」
「そんなに、うまくいくか」と隼人。
「まあ、みんな赤羽君みたいに軽ければいいけどね」と美里。
「みんなさ、人が理屈や正義で動くと思っているわけ?」と幸雄。かなり辛辣なご意見。赤羽幸雄おそるべし。
「人間の行動原理は快楽原理、こっちに来ればHAPPYだぜ、といかに思わせるか。天皇像なんか都合のいいとこだけ持ってくればいい、現に右翼だって、自分の都合のいいように天皇観を作っているだけだよね」
ほーこいつ言うなと龍博は思った。なぜなら、真実だからだ。こいつ大衆操作に長けているかも、だが大衆がどう動くかは誰にもわからない。なぜなら未来は僕たちのものではないから。
「SNSの方は分かった、で他は」と龍博。
「うーんとできれば映画かドラマ作りたいよね」
これはまた、金のかかる話をする。だが、幸雄は確かに映像のプだ。
「どんな映画だ?」と龍博が聞くと、
「そりゃ天皇家の歴史さ、天皇家から見た昭和史ってのはどう」
そりゃ確かにおもしろかろうが、さて現実にはどうかな? 龍博はもじゃもじゃ頭を掻いて、うーんと唸った。多少ふけが飛んだらしい、美里が顔をしかめた。それを見た幸雄が、
「龍博さん、昔けっこう有名になった探偵みたいだよ」と言った。
「悪い悪い、けどなあ天皇の映画化やドラマ化は多分無理だよ」と龍博が言った。
「へ―何で?」
「赤羽君、命は惜しいかね?」
幸雄は頷いた。
「うん、もちろん」
「では天皇制を甘く見ないほうが良い。明治がいったいどういう政治体系を取っていたか、それは天皇の神格化だし、それは国民の命をかけて守らねばならない支配体系だったんだ。戦争が終わって75年、それがきれいさっぱり消えたかどか分からない。すくなくとも一九六九年くらいなら、赤羽君はまちがいなく三島由紀夫に殺されていただろうね」
「うーん、そうかあ」残念そうに言う幸雄。
「でも少なくとも、昔の映画なんかは天皇陛下を特別なものとして、実際には顔は映さないとかしていたけど、今上天皇になってからは戦争映画に天皇陛下は出ているよね。確かに映画は難しいけど単発ドラマか、NHKのドキュメンタリーなんかはいいんじゃないかしら」
この由紀子の提案に、
「NHKか……」と龍博は考えこんだ。
「私は、その辺はど素人だから言うんだけどね」と美里が口を開いた。
「出た、善意の、無責任な一市民」とはもちろん幸雄。
「あなたねえ、一発ひっぱたかれたいの」
「いえいえ」
美里が前のめりになった
「私たちはまちがいなく戦争を知らない世代、でもはっきり言って、何が何でも平和主義派とあれは自衛のためのやむおえない戦争だった派に分かれて、はっきりいって不毛と徒労の意見が永久運動になっている。ここらで新しい意見ないのかと思うわけ」
「不毛と徒労の永久運動か、てきびしいねえ」と隼人がひさしぶりに口を開いた。
「俺ははっきり言って永久平和主義には懐疑的だ。相手があっての戦争だ」
「つまりみんな事情があるんだよってことだね」
これを言った幸雄を見ながら隼人はふんと鼻を鳴らした。
「ん―まあそうだ、が、お前に言われると何か腹立つな」
「えーなんでー」
龍博は、
「緑川さんは、ここらで新しい意見が必要だと思う? どちらが正しいかではなく」
「歴史上の真理なんて、ひとつや二つではないわよ」と美里。
「じゃさ、天皇の決断ってのはどう」
皆冷たい目でこれを言った幸雄を見る。
「なんだ終戦の決断か」
「そんなの皆知ってるわよ」
「一番有名だよな」
幸雄は手を振りながら、
「違う違う、確かに終戦の決断は昭和天皇がしたんだけど、陛下の決断は有名なところでは後一回あったんだよ」
「あ、そうか!」と龍博。
「何?」と美里。
「2.26事件だな」と返した龍博の言葉にほーと声があがった。
龍博は続ける。
「2.26事件に昭和天皇は、軍部の穏当な収束意見に、激怒して、自らが討伐にあたるとまで宣言したんだ。終戦の聖断が、あまりにも有名なため、忘れられがちだけどね。まあ意見はいろいろあるだろうが、僕は昭和天皇でさえ、軍部に反対意思の吐露は二回だけだろうと思う。大方は内閣や軍部の意見を追認していたとういうのが事実だろうと思う。天皇象徴制は、実は戦前体制の名義変更とさえ言えるだろう」
それにしても最初あったときは戦争史なんて知らないよという感じだったのが、2.26事件のことを指摘する幸雄に、龍博は内心驚いていた。
「それいけるかも。番組のコンセプトになる。話は昭和天皇だけど、その子どもの今上陛下は天皇象徴を守っている正義の人」と言ったのは由紀子。
「ちょっと待って」と美里が言った。
「何か?」と由紀子が聞く。
「そこまで昭和天皇を持ち上げるのは異論がある」と美里。
「なぜ?」と聞く由紀子。
「満州事変は、日中戦争は、太平洋戦争は、本当に昭和天皇に責任は無いの? 何しろ軍部の暴走を止めることができたのは大日本帝国憲法では昭和天皇、ただ一人だったんだから」
この美里の言に龍博がうなずいた
「美里さんの言は一理ある。単に天皇の無謬性を主張しても意味が無いと言っているんだよね」
「そう」と短く言った美里。
「分かった。でもそれは企画の内容についてだよね、企画そのものについては?」と由紀子が尋ねる。
「それは反対しない」と美里。
「もう今年は終戦記念日には間に合わないけど、今上陛下の誕生日に合わせ、ドキュメンタリーを作る。題名は……」と由紀子が言うと、
「もう「陛下の決断」でしょ」と幸雄。
なるほどな、昭和天皇の決断のドキュメンタリーに見えて、実は直近の今上陛下の決断を匂わせるわけか、由紀子や幸雄のような人種にとって、ある意味天皇陛下の決断さえメディア戦略の材料だということだと幸雄のどや顔を見ながら龍博は思った。
「由紀子さんNHKにコネあるかな」と幸雄。
「んーちょっと弱いかな」と顔をしかめる由紀子。
その時龍博が手を挙げた。
「んーと、俺にもコネが無くはない」
へ―と声が上がり、全員が龍博を見た。
由紀子がすかさず言う。
「じゃ龍博さんNHKよろしく、新宿の龍」
まいったなあ、由紀子はどこまで知っているんだろ。言うんじゃなかった。
「何、龍って何?」と幸雄。
隼人がにやにやしながら言った。
「知らないのか、伝説上の怪物だよ」
こいつも知ってやがる。美里は黙っているから分からない。弁護士だから、知っているかもしれない。でも、まあいいか。




