結、ヨルルハ
「おにいさん、この花はすこぶるまずいね。なんでこんなまずい花を植えようと思っちゃったんだろう。この星の人たちはそこからまちがっているよ」
「君のお兄さんになったつもりはない。おじさんと呼びなさい」
「おにいさんと呼ばれていやがる人の《《記録》》なんてなかったなあ」
俺は木陰に座り込み、口の周りを薄紫色の花びらまみれにしている黒髪の子どもを忌々しく思いながら睨んだ。子どもはあの日俺の目の前に空から落ちてきてからというもの、俺がどんなに止め、怒り、なだめすかしても、涼しい顔で【エデン】をむしゃむしゃと頭から根っこまで食べてしまう。
「時々瑞々しくて少しは美味しく感じるものもあるけれど……総じてまずいなあ」
「なら食わなければいいだろう!」
「だって、これを食べないとぼくは死んじゃうし」
……このやり取りももう何度目だろうか。
子どもは出会って早々、自らの名を名乗ったが、俺はその言葉をうまく聞き取れなかった。まるで小さな子供にでも言い聞かせるように「えっと……おにいさんの国の言葉だとね、ヨ・ル・ル・ハって発音が近いかなあ。ヨルルハって呼んでいいよ。おにいさんの名前は?」と言われたのがしゃくでまだ根に持っている。どうもいけ好かない子どもだ。黙っていれば、失われた旧文明の美しい絵画や彫刻として残っていそうな顔立ちをしているが、言い方に少し小ばかにしたような響きがあるのである。生憎俺は、こんな歳になろうとも、生意気なガキに寛容でいられる大人になぞなってはいない。むしろガキは嫌いだ。
子どもは【エデン】を素手で触る。そしてあろうことか、その真っ赤に熟れた苺のような口内へ、煮沸もせずに生のまま放り込み、ぐちゃぐちゃと咀嚼する。その度にまずいまずいと言いながら、エデンを摘む手を止めない。俺は炎天下の中でも、こいつが今日いくつのエデンをだめにするのか見張っておかなければ気が気じゃない。そのため俺は、随分と体力を奪われていた。木陰にいても、体中が痒くて暑い。
視界が白くなる。ああ、しまったと思いながら、水筒に残った水を飲み干す。この水もすでに汚染されているから、飲んだところで百害あって一利なしだ。しかし飲まなければ体が水に飢え、俺の頭をばかにするから、飲まないわけにもいかない。
「おにいさん、テントの中で休みなよ。そろそろ体が限界だよ。見てたら分かる。ぼくは大丈夫だよ、ひとりでもさみしくない」
そんなことを言いながら、子どもはぽろぽろと大粒の涙を流した。少しだけ、その涙がもったいないと思い、ほとんど無意識に喉をごくりと鳴らしていた。そんな自分に不快感を覚える。
「キミが寂しがるだろうからと側に居るわけじゃない。ロマンチシズムはやめなさい。だいたいそう言いながら泣いているのは何なんだ」
「これは、あまりにもこの花がまずくて泣いているんだよ。本当にまずい、うぇ……」
「なら食べなければいいだろう!」
「おにいさん、耳にタコだよ」
本当に、生意気な子どもだ。
花が好きなら他の花を食べろと言えば、それはぼくにとって毒だからいらない、と言う。基準が俺には判別つかない。そもそも考えてみれば――おれは地平線を赤く染めながら空の裾に隠れんとする太陽を眺めて目を細めた――、こんな子どもが大気圏を超えて五体満足、火傷もなしに無事にこの地にいるのが科学的に考えてもあり得ないことなのだが、生憎俺の体に蓄積した毒素が俺の思考力を奪っている。今の俺は、ただのバカな癇癪持ちの中年でしかない。
俺が数えていただけでも二百六十本のエデンを腹に収めた子どもは、空の裾がオレンジ色に染まり、天辺が薄青と藍色を滲ませているのを見つめると、口を乱雑に手の甲で拭い、小さくげっぷをした。その音に、再び俺は機嫌を損ね、眉間にしわを寄せることになった。
「おにいさん、テント張ろう。手伝ってあげるよ」
「いらん」
「だめだって。ほら、顔が青いよ。まるで昼間の空のようだよ。おにいさん、もしかしてもう一人じゃ動けないの? ならぼくが一人でテント作るね」
「いらんと言ったらいらんぞ」
「またまた」
実際、俺は体力をあまりに消耗していて、動きたくても動けなくなっている。それが真実だ。もしシェルター内にいれば、今頃俺はたくさんのチューブに繋がれ、白いベッドの上でモニターの音を聞きながら消毒液の匂いを書き続けることになるのだろう。子どもの足が遅いから、それくらいならついていける。そして子どもは一日中遠くへは行かず、辺りのエデンを全て食らい尽くすまで眠らないから、俺は一日中子どもの側に居ることができる。
認めるのは癪だが、俺は事実、子どもと離れたくなくて、監視しているだなんて言い訳をして後をついて回っているに過ぎない。自分の体がこうも蝕まれては――しかも、体を犠牲にしてまで植え続けたエデンをこうも食われ無駄にされては――世界の浄化なぞもうどうだっていい。ただ、一人きりだったのに、しゃべるガキが不幸にも降ってきちまった。そうしたら、離れると不安じゃないか。
子どもは、俺の目の端で黙々とテントを組み立てていく。テントが出来上がることには、薄紫色の空に星が点々と白く浮き上がっていた。火を焚いて、子どもは俺の脇下に手を突っ込み、俺の体をずりずりと引きずって日の傍まで連れて来た。
「ねえおにいさん。ぼく、泣けるようになったよ。進歩じゃない?」
「それがどうした」
「今までは泣けなかったんだよ。今日初めて、この星に来てから涙が出た。お花があんまりにもまずくって」
「だからそれなら食う……いや、もういい。疲れる。寝る」
「おにいさん、ねえ、哀しいお話をしてよ」
「なぜ俺がお前のために寝物語なんぞしてやりゃならん」
「そうしたらぼくは、きっとぼろぼろと涙を流すことができる。そうしたら、お兄さんはぼくの涙を呑んで、喉を潤わすことができる。おにいさん、喉がすごく乾いているでしょう。ぼくにはわかるよ。さっきも残った水、全部飲んじゃったでしょう。この辺りに川も池もないのに」
「だから、なぜ俺がお前の涙を……」
「ぼくの涙はおいしいよ」
「知らん、寝る」
「ねえ」
子どもは、今日はいつになく食い下がる。
「悲しいお話が聞きたいんだよ。ぼく、この星に来てから花を食べることしかしてないでしょう。このまま終わるのは嫌だよ」
「はっ、そうだな、俺が死んだらキミは独りぼっちだ。シェルターの場所もわかるまい」
「……おにいさんがもう長くないとかそんな話じゃなくて」
子どもは、目を伏せた、睫毛が炎の赤に照らされ、燃えているように輝いていた。
「そうじゃなくて……心を震わせないまま終わるのは、いやなんだよ」
俺は、無視して瞼を閉じた。そうすれば、体は溶けた鉛のように、あるいは泥のように重たく不快な眠りに落ちて行った。子どもが「おやすみなさい」と言ったのが聞こえたが、もう俺の喉は動かなかった。
それが本当なのかどうかは今や検証もできないが、子どもは宇宙の遠い星から来たのだという。
人型ではあるが、地球人とは異なる特殊な体質を持っている。子どもの一族は、銘々が宇宙全土を隕石の軌道に乗って移動する。そうして滅びかけの星に降り立ち、その星を救う。それは彼らにとっての修行だという。その修行を終えたら、一番美しい姿になれるんだとか。
実に曖昧で荒唐無稽だが、子どもは出会い頭にエデンを食らい、俺の頭に血を上らせ、俺がかんかんになって喚き散らすのをきょとんとして見つめた後、不意に笑顔になってそう言ったのだった。その後も俺は腹が立って喚いたが、怯えも反抗もしないので怒り甲斐がない。それに体力も使うから、今では俺は嫌味を言うことしかできない。
「地球のような場所は、他にもあるのか」
あくる日、太陽は雲の向こう側に隠れ、気温も少々低く、風は心地よく、少しだけ調子のよかった俺は、気まぐれにそんなことを聞いてみた。
子どもは、ぽかんとして口を開けた。その白い歯の隙間に紫色が詰まっているのが実に滑稽で、喉を鳴らしてつい笑ってしまった。
俺が笑っていることが不思議だったのか、それとも質問の答えに悩んだのか。子どもはしばらく小首をかしげ、その小さな口を一度引き結び、そして答えた。
「たくさんあったよ」
「へえ。行ったのか」
「ううん。ぼくが行ったわけじゃない。ぼくたちは、無重力空間を浮遊している時は意識と記憶を共有しているんだ。だから、ぼくじゃないぼくがそこを訪れ、救った時もあった。でも……この星のように、ぼくと同じにんげんがいる星は、ぼくは初めて知覚した。……だから、あなたを見つけた段階でぼくはぼくたちからぼくをきりはなした。ぼくはいま、光をまとっていないでしょう」
「光?」
「うん、ぼくたちは本当はキラキラ、ピカピカと光るんだ。でも今のぼくは、だれとも意識を共有していないから、おにいさんとほとんど変わらないんだよ。見た目にはね」
「へえ」
俺は、随分と伸びた顎ひげを手慰みながら空を見つめて考え込んだ。子どもの言葉を咀嚼する。
「ん? キミは人間なのか?」
「人間だよう!」
子どもは、たいへんびっくりしたというように目を大きく見開いて、素っ頓狂な声を出した。
「なんだと思っていたんだよう、おにいさん」
「さあな。だが、人間ならその花を食べられるわけがない」
「それはこの星の人たちが食べられないだけでしょう? ぼくはこの星の人間じゃないだけだよ」
子どもはむすっと不機嫌を明らかにしながら、【エデン】を雑に食いちぎった。
「まあ、どうでもいいが」
「よくない!」
「いや、本当に俺にとってはどうでもいいな。それにしても、なぜキミのお仲間とリンクを切ったんだ? 宇宙人にとって、別の星に人類がいるということは何かまずい情報だとでもいうのか?」
「宇宙人って……」
何か言いたげに眉根を寄せながら、子どもは喉をごくりと鳴らして、口の中のものを呑みこんだ。
「なんかいやだったんだ」
「は?」
子どもはぼそぼそと答え始めた。段々と声はしりすぼみになり、子どもの顔は一丁前に赤らんでいった。
要は、それは、幼い子どもが持つ特有の【自分の宝物は見せびらかしたいし、秘密にもしておきたい】というジレンマのようだと俺はそんな感想を抱いた。子どもは俺という地球人に興味を抱いた。けれど、子どもが見つけたこの星に、他の子どもが来るのも嫌だった。他にも人間がいるんだと、教えてやるのも癪に障る。そういうことだ。ただのわがままで、ただの……
俺は初めて、少しだけ子供に好感を抱き、共感の様なものを覚えた。
俺の顔が柄にもなくほころんだことに、子どもは目ざとく気づき、顔を輝かせた。それはうっとうしかったので、俺はその日改めて、餓鬼は嫌いだと再確認した。しかしながら、その日を境に、俺は意識せず、けれど確かに、子どもに心を開いてしまったようだった。子どもが花を食べ続けることに、文句を言わなくなった。文句が浮かんでこない自分に気づいてしまった。
俺はいつのまにか、旅の目的を見失っている。植えた先から食われていくんじゃあ、【エデン】を植える意味がない。故郷に戻りたいという強い意志もいつしか剥離して、「どちらでもいいかな」程度の願望になっている。他のシェルターに身を寄せたいわけでもなく、事実として、俺は今、代わり映えのしない子どもの毎日の食事を見ることにある種の安堵を覚えているし、時々は今日は楽しかったな、などという感慨に耽ることすらある。
恥を忍んで言うのであれば、これは依存なのかもしれなかった。俺は、自分よりも一回りも二回りも若い(あれに年齢の概念があるのかどうかは知らんが)子どもに、確かに救われている。
荒れ果て乾ききった大地に、ごつごつとした植物や、外殻の分厚い動物、蠍。自然の景色に魅了され、その只中を歩いている。何者にもなれなかった中年が一人と、宇宙から来た見知らぬ子どもが二人きり。もし俺が第三者として眺めていたなら、俺はそれを美しいとは思わないが、景色に心を掴まれていただろう。情緒など、大人になる過程で削ぎ落としたと思っていた。あるいは、うっかり落としてなくしてしまったものだと思い込んでいた。
子どもはそれからも、花を食べ続けたが、一つだけ変化があった。
子どもは、花を食べながらよく泣くようになった。常からぼたぼたと涙を流し、苦し気に嗚咽しながらも、無理やりと言った様子で喉の奥にそれらを押し込み、咀嚼し、嚥下する。
あまりにも泣くので、その涙が土に沁み込んで、大地に二筋の長い線を引き続ける。
「そこまでして食べなくていいだろう。誰が強いた。誰もキミに花を食べろと頼んでいないぞ。最初から俺は怒っていただろう」
「違うんだ。でも食べなきゃいけない。それがぼくの意味だから」
「いったい何がそこまでキミを突き動かす……。そこまでして、【美しい姿】とやらになりたいか。自分のことをただの人間だと言ったのは誰だ」
俺は、憤っていたし、イラついていた。なぜそんな風に感情が乱されるのか、考えたくはなかった。それを考察することは、俺の中にもまだかろうじて残る、やわらかい部分をむき出しにする行為のように思えたからだ。それでも俺は、ほとんど反射的に、子どもに不機嫌をぶつけてしまうのだった。
「なりたいに決まっているでしょ」
子どもは、ぼろぼろと泣きながら、俺を睨み付けた。随分と感情的だった。
「おにいさんだって、人間ならわかるだろ」
「いや、わからないね。わからない。そこまでする意味がない。泣いているじゃないか」
「ぼくが泣いていることが、なんだっておにいさんに関係あるのさ」
「知らん!」
「話にならないよ!」
「ああ、お互いにな!」
睨みあいながら、歯を食いしばる。そうしていながら、子どもは――ヨルルハは自身の両手に涙を溜めるし、俺はその溜まった水を水筒に移す。ヨルルハは食事を再開する。俺は渇きを潤すために涙を飲む。全く奇妙なことをしているという呆れた感情が思考の端を流星のようによぎっていく。
俺の体は、少しずつ快方に向かっている。そのことに気づいてから、ヨルルハの涙を積極的に飲むようになった。まだこの世界で生きていたいのかと、自分の生存欲に自嘲もしている。だが、具合が悪いのが気持ち悪いだけだと自分に言い訳をする。俺はどうしてヨルルハの涙を飲んでいるのだろう。時々邪な思いが、消化器官を流れていく涙と共に、体を上から下へと伝っていく。それを振り払うように、俺はヨルルハと喧嘩をする。黙っていれば俺たちは居心地がいいのに、わざわざ俺がヨルルハの気に入らないことを言い出す。そしてヨルルハは、やめればいいのに、俺に歯向かう。反論する。俺の嫌味を真っ向から受け止め倍にして返してくる。
「ほんとうは、」
ヨルルハは、星の下で、花を食べてもいないのに泣いた。
「食べたくないよ……くるしい、まずくていたくて、ちっともしあわせじゃない」
「なら、食べるのを今すぐやめればいい。簡単なことだ」
「それができないって何度も言っているでしょう。わからずやだなあ!」
「言っていろ」
星明りに涙の輪郭が照らされている。ヨルルハの鼻筋も、一筋の細い月のように照らされている。
その表情までは暗がりで分からなかったが、鼻をぐずらせるヨルルハに、俺は自分のマントを半分貸してやった。彼が寒いわけではないと頭ではわかっていたはずなのに。
そうして、俺は自分の名前を教えた。
「なんで僕は、こんなことしなきゃいけないのかなあ」
俺の名前を、小さな声で何度もつぶやく合間に、ヨルルハはそんな言葉を零した。
「……でも、こうしていなければ、ぼくはおにいさんに名前を教えてもらうことも、きっとなかったんだ」
故郷のシェルターの天井が、太陽の光に反射し、攻撃的に輝いているのが見え始めていた。俺はヨルルハの後ろを歩きながら、ふと、美しくなったら何になるのかと尋ねた。そういえば、一度も聞いたことがなかったのを思い出したのだ。
ヨルルハは、花を食む手を止め、青い空の下を羽虫が横切るのに合わせ、目を横に滑らせた。
「そうだなあ」
随分と長い時間考え込んだのち、ヨルルハはため息と共に零した。
「綺麗な果物を与える木になりたいなあ」
「そうか」
俺はにやと笑った。ヨルルハは、そんな俺を不思議そうに見つめる。
太陽のような目が、俺をとらえている。
「そしたらその実を、俺が最初に毒味してやるよ」
俺の言葉に、わずかに目を見開き、ヨルルハはまた長いこと沈黙していた。妙なことを言ったかと、頬が火照り始めるのを感じ始めた頃、ヨルルハはまるで大粒の金剛石のような、煌めく涙をぼろりと零した。
そうして、さめざめと泣いた。
「なんだ、どうして泣く。花も食べていないのに」
「おにいさんの、言葉の意味がわかったからだよ」
「……意味なぞない。文字通りでしかないぞ」
「ううん、ぼくだけはわかっているから、それでいいの」
ヨルルハの涙は、六日の間止まらなかった。
涙が沁み込んだ大地から、緑が芽吹いていくのを、俺は見た。花の蕾が、柔らかく開いていくのを見た。ヨルルハの腹を引き裂くように、何かが出てきた。木の芽だった。それはみるみるうちに伸びていき、大地に根を張ったのだった。
ヨルルハの体が、大地にずぶずぶと沈んでいく。
「ヨルルハ、」
「いつからか、ずっと名前を呼んでくれていたね、おにいさん。ぼくは、嬉しかった。照れくさくて、改まって言えなかったけれど、こそばゆかった。世界でただ一人の何かになれた、気がした」
ヨルルハは、彼を包み込む木肌の隙間から、空から俺へと視線を移し、三日月のように目を細めて笑った。
「ありがとう、ダヤン。ぼくの涙」
世界が、変わって見えた。
たった一本の大樹が景色に佇む、それだけのことで、月の裏側よりももっと遠いどこかへたどり着いたような心地がした。
木は、もう実をつけていた。
その、少し紫がかった、赤みがかった、白みがかった、不思議な実を捥いだ。手に掴んだだけで、産毛を伴う柔らかな皮が裂けて、とろりと蜜があふれ、俺の指を汚す。垂れそぼる。
俺はそれを口に運び、咀嚼した。それは大層柔らかく、甘く、瑞々しかった。
俺はシェルターへと戻り、その果実を人々に分け与えた。出立の日からは、十数年が経っていた。
おいしいね、と子どもたちが呟く。子どもたちは水から大地を踏みしめ、枝に上り、時に音の外れた歌を歌いながら果実をほおばる。大人たちは、空気や土、水の計測に忙しくしている。果実の甘い匂いに惹かれ、虫たちがぶんぶんとうるさい羽音を立て飛び回る。
そんな景色を眺めながら、俺は深く息を吸い込んで、そして吐き出した。おいしい?――風に乗って、そんな声が聞こえた気がした。いいや、と俺は独り言つ。
「君の命は、苦かったよ」