1話 彼女の憂鬱
『実花ちゃんへ
なんかパパったらクビになっちゃったのよね~。
というわけで、パパの次の就職先が決まるまで、仕送りは出来ませ~ん。
どうにか頑張ってやりくりして頂戴ね。
ごめんね?
文月ママより』
な、な、な、な・・・っ。
「なによ、これぇぇぇぇっ!!!」
「え~?実花、それ大丈夫なの?」
苺ミルクを飲みながら、可愛く首をかしげて環が笑った。
ふわっふわの栗色ウェーブヘアの超絶美少女、環はにこりと微笑むだけで3人の男がやられるという噂を持つ。
喋り方も独特で、一部の女子の方々の中には環のことを快く思わない人もいるらしいけど、あたしはそうは思わない。
確かに可愛こぶって媚びてるような女の子は、かちんときますよ?
だってあたしも女ですもの。
でも、環は違うからね。
比べられるのは嫌だけど、環があたしを好いてくれているから、あんまり気にならない。
人間、好意を寄せられたら嫌いになんて、なれないでしょ?
それに、環にはラ~ブラブな彼氏様がいますからね。
浮気するような子じゃないから、モテてても嫉妬なんてしないも~ん。
「大丈夫とか気に出来る状況じゃないからね・・・。不可能でも可能にしなきゃ、あたしに明日は無い!」
お、今あたしかっこいいこと言いましたよ?
「さっすが実花!イケメン!熊殺し!」
「環・・・それあんまり嬉しくない・・・」
熊殺しってなに・・・。
あたしがげんなりと言うと、環はそうかなぁ、としばし考える。
基本、環の好みは変わってる。
いわゆるマッチョが好きらしく、彼氏の史也君もかなりの筋肉の持ち主である。
いつもにこにこした穏やかマッチョの史也君と、天然系美少女の環の2ショットは、何度見ても圧巻である。
いい意味でも、悪い意味でも。
「でも~、現実的に無理めだと思うの~。だって、昨日実花かなり散財してたよね?」
「うっ!」
「コートにぃ、ワンピースにぃ、スカートも買ってたね。・・・あ、それからブーツも」
「ううっ」
そうなんです。
まさかあんな手紙が届くとは夢にも思っていなかったあたしは、昨日環と豪勢にショッピングしちゃったんです!!!
・・・だって、月末だったし。
「み、実花泣かないでよ~。可愛かったよ?あのワンピ-スとブーツのコーデ。シフォン素材が実花によく似合ってたし・・・ね?」
「うええええぇ。環~!どうしよぉ~!」
苦笑しながらあたしを慰める環に、がばっと抱きついた。
微かに香る甘い匂いが、なんとも環らしい。
「あらら。えっと、あたしも出来ることがあれば、手を貸すから~」
「じゃあ、お金貸し・・・」
「それは無理」
すっぱりきっぱりと環。
いい笑顔ですこと。
「今度フミ君のお誕生日なの。そのプレゼント代がいるからね」
照れ照れと、愛らしくそんなことを言われては、ぐぅの音も出せるわけが無い。
きゃっ、と両手で真っ赤になった顔を覆った環をほのぼのと眺めながら、あたしは心の中でため息をついた。
これから、どうしよ・・・。
いや、マジで。
「実花っ!」
と、突然背後から透き通った声がした。
聞き覚えのあるその声に、あたしはゆっくりと振り返る。
「・・・三科?」
「頼みがあるんだ!助けてくれっ!!!」
キャンパス内にあるカフェテリアの一角で、三科と向き合って座ったあたしは、ミルクティを一口飲んだ。
勿論、このミルクティは三科の奢りだ。
オプションに、焼いたマシュマロを浮かべた、少しリッチなこのドリンクは税込み520円である。
普段なら到底縁の無い代物だが、今回は三科の奢りだと言うので、遠慮なく選ばせてもらった。
「で、頼みって?」
また一口ミルクティを含み、ゆっくりと問う。
こくりと三科は頷き、神妙に口を開いた。
「俺の、彼女になってくれ・・・!」
・・・。
・・・。
・・・はい?
顔だけで、もう一度聞き返してみる。
「俺の、彼女になってくれ!」
ブーッ!!!
勢いよくあたしはミルクティを吹き出した。
「それ、正気・・・?」
「おう。かなり真面目な話」
テーブルに散った雫を紙ナプキンで拭きながら、三科があたしの答えを待つように、目を伏せた。
長い睫毛が茶色がかった切れ長の瞳に陰影を作っている。
こげ茶色の、襟足の少し長めな髪形に、面長のすっきりとした顔立ち。
背もすらりと高く、世間一般で言う所の『美少年』な三科は、あたしと環の属するお遊びサークルの中でも、ずば抜けて人気のあるやつだ。
高校3年生の時に通っていた塾がたまたま一緒で、意気投合したおかげで、今もこうして同じサークルに入るなど交流のある三科だが、普通ならばあたしなんかが仲良く出来るような人ではないのだ。
イケメン比率の高いと言われている、ここ花菱大学でも1、2を争う三科の・・・彼女・・・?
一気にミルクティを飲み干して、乾いた喉を潤してからあたしはきっぱりと言った。
「いや」
単純明快に答えを出したあたしに、三科が悲痛な顔を向けてくる。
「なんでだよ!友人の頼みだぞ!?」
「あたし、仕送りストップになったの。そんな青春してる暇があったら、バイトしたいのよ」
「実花、金ピンチなわけ?」
「かなりね」
あたしの言葉を聞くと、三科は考え込むように俯き、数秒黙り込んだ。
「・・・よし!ならこれでどうだっ!彼女になってくれたら、十回飯奢ってやるよ!」
「はぁっ!?愛はお金じゃ買えないのよ?」
叫んだ三科に、あたしは冷たく言い放つ。
・・・はあ。
こんな奴だとは思わなかった。
「ち、ちげぇよ!!!あ~も~っ。だから、偽の恋人になってくれ!」
お久しぶりです、椎名です。
今回は、運命シリーズではありません。
ていうか、正直言って今運命シリーズに早くもスランプ到来です。
なんだか上手く書けなくて、新しいシリーズを書き始めてしまいました。
のんびりですが、書け次第運命、の方も更新いたしますので、どうか見放さずにお付き合いください。
話は変わって、今回は大学生のお話です。
実花ちゃんと、拓海君です。
この話は一年前くらいから少しずつ暖めてきたお話です。
拓海君の依頼理由も、多分次話で明らかになるはずです。
もうひとつ、実は書きたいお話があるのですが、正直一気に多数連載は私には無謀かと思われます・・・。
余裕が出来たら、そのお話ものんびりと書き始めますので、楽しみにしてもらえたらな~、なんて厚かましいことを考えております。
それでは、また。
瑞夏