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朝目が覚めると見知らぬということは無い見知った宿屋の天井。この世界に召喚されてはや1か月。流石に天井は見慣れた。
体を起こして窓を開ける。外側の雨戸も開けば3階から見える景色のなんと美しいこと。ホント…ガチで田舎だな~…こういう所はどの世界でも同じなんだな。広がる畑。行き交う馬車。自動車らしきものもあるがそんなに多くは無い。文明レベルが全く読めん。
何より気になったのは行き交う人の髪色…黒髪が多いが他に赤、青、黄の原色から緑、橙の2次色。聞けば白と紫もあるらしいがレアらしい。しかも濃淡の違いでまさに様々な色が点在している。
「レイヤさん、起きてる~?」
部屋の扉をノックする音がした後セイラが声をかけてくる。
「ああ、今起きたところ。着替えていくからちょっと待って。」
部屋の椅子に掛けておいた服に着替えて部屋を出る。部屋を出ても目に入るのは廊下ではなくまた別の部屋、リビングダイニングと言ったところか。この町ベルザタウンの宿屋の3階、そこは一番お高いスイートルームだ。支払いは2人がしているが金あるんだな~。
「レイお兄ちゃんおはよ~。」
「おはよ、リリア。」
先にテーブルに座っていたリリアが声をかけてくる。セイラがお茶を淹れているのをみて背後に回りカップが乗ったトレイを取る。
「あ…おはようございます、レイヤさん。いつも言ってるけど無言で背後から腕を伸ばさないでよ。」
「おはよ。いまはリリアに挨拶してたから無言じゃなかったでしょ。」
セイラはふてくされた表情になる。
廊下に続く扉がノックされ宿屋のメイドが入って来た。数名のメイドでテーブルに朝食を並べる。
「それでは。」
メイドたちが頭を下げて退室する。
「食べましょうか。」
セイラに言われて並んだ料理を見る。焼きたてパンにハムなのかベーコンなのかわからんが加工肉に目玉焼き。この目玉焼きも鶏卵とは限らないよな。白身も黄身もデカい。付け合わせに野菜の胡椒炒め。ピーマンと人参とジャガイモかな。
しかしジャガイモ…見た目はジャガイモなんだが多分ジャガイモじゃない。というのもここにきて最初の頃、2人に付き合って買い物に行ったら看板なんかに書かれている文字がやっぱり日本語や英語ではないなと理解した。しかし読めるんだよなこれが。召喚されたときに付与されたものかと納得していたが気になったのは八百屋で箱に入った芋を見た時だ。値札にはジャガイモと書かれていたがどう考えてもジャガイモとは違う。皮が緑色だったんだから。
腐ってるんじゃないかと思いこっそりセイラに聞いたら変なものを見る目で見られたっけ。それで会話している時にふと彼女の口を見たら口の動きと声があってないのに気が付いた。おそらくこれも召喚の時に付与された翻訳機能みたいなものなのだろう。実際味はジャガイモだし。
ちなみにセイラの口をじっと見ていた時は彼女にビンタされたっけな。いい思い出だ。
「レイヤさん、今日の予定ですが…聞いてます?」
物思いにふけりながら食事をしていたらセイラが声をかけてくる。
「ああごめん。今日の予定ね。いつも通り勉強と買い物じゃないの?」
「いえ、今日は冒険者ギルドに行こうと思います。あたしの予想以上にレイヤさんの勉強が出来ているので。」
この1か月この国の事を始めとした基本知識を教えてもらっていた。特に僕が楽しかったのは魔法だ。この世界ではほとんどの人が魔法を使える。それは異世界から召喚された僕も例外ではなかったようで教本を読みながらすぐに一番簡単な魔法は発動できた。それを見た2人はさすがに目を丸くしていた。
「冒険者ギルドってどんなところなんだ?」
よくある冒険者の組合みたいなものかこの世界独自のものかそのあたりはしっかり把握しておかないとな。
「よく言われるのがならず者の集まる場所。魔物退治なんかもするから腕っぷしも強くないといけないしそうなるのも無理無いとは思うけども、あまり近寄りたくないって人は一定数いるわね。」
「それって誰かから困ったことを依頼されてそれを解決するような奴か?」
「レイヤさんの世界にもある?その通り依頼を受けてそれを解決するのが冒険者ギルドに所属している人の仕事。もちろんギルドを介さないで依頼を受けるってことも有るみたいだけど。」
よくあるギルドか。だとするとこの後の展開はあれかな?
「この国は基本的に民間で運営しているんだけど、他の国で国営のギルドがあって最近それを導入しようと一部国営のギルドがあるの。もっともこの町には民間のものしかないけど。ただ冒険者ギルドに登録すれば民間でも国営でもどっちでも依頼を受けられるみたい。」
民間のギルドでさえ経営が難しいとかいう話があるのに国営なんてよくできるな。…逆に国営の方が予算が回しやすいのか?
「レイヤさんの身分証明書が今ないのが一番の問題だから身分証明書代わりにギルドの発行しているギルドカードを持たせるって言うのが一番の目的だけど、そろそろ自分の身の回りのものは自分の稼いだお金でそろえるのもいいかなって思って。」
「あ、結構お金使わせちゃってる?」
「いえ。この部屋はどっちみちリリアと2人で支払ってるし、たまたま一室空いてたから使ってもらってるだけだし。でも自分でほしいものとかもこれから出てくるでしょう。別にそれくらい出してもいいんだけどレイヤさんが遠慮しちゃうかなって思って。」
なるほどね。色々考えてくれてたんだな。
「ごちそうさま。」
僕らの会話を聞きながら黙々と食べていたリリアが言う。この子は食事ほとんどしゃべらない。こちらが何か聞いたりすれば反応して話すことも有るが大体頷くか首を振るかだ。
逆にセイラは食事中よくしゃべる。…リリアがしゃべらないからそう思うだけかもしれない。
「あたしもご馳走様かな…」
「あ、セイラちゃんまたピーマン残してる!!出された料理はちゃんと食べないとダメっていつも言ってるでしょ!!」
リリアはセイラの皿に残ったピーマンを指さしながら言う。
「う…だって嫌いなんだもの…」
意外といってはいけないのかもしれないが真面目そうに見えるセイラは食べ物の好き嫌いが結構多い。リリアに聞けば彼女も嫌いなものはあるが料理として出されれば残さず食べないといけないと言っていた。
リリアがピーマンをフォークで刺しセイラの口元に持っていく。
「さあ食べて。私達が食べているものはその命を刈り取って奪っているのだから。食べないのは失礼になるっていつも言っているよね?」
いつもはおっとりしているが食事の事となると結構厳しいリリア。この世界にも食物の命の大切さを説く家庭ががあるんだなとしみじみ思ってしまう。
しばらくリリアの声が響いたが正直面倒になってリリアの持っているフォークを奪い刺さっているピーマンを食べる。
「レイお兄ちゃん!?」
ついでにセイラの皿に残っていたピーマンも刺して食べる。
「ダメだよレイお兄ちゃん!それはセイラちゃんが食べないと!!」
「僕のいた世界では、苦みの強いものを嫌うのは本能だから食べたくない場合は食べなくてもいいって風潮だったんだ。だから無理やり食べさせることは無いと思うよ。」
これは事実だ。特に子供の味覚は繊細で苦みの強いものは毒と判断して食べないという話があった。僕の子供の頃こそ無理やり食べさせたりしていたらしいが僕は味覚がずれているのか特に気にせずに食べれたからね。
「リリアも嫌いなものがあれば無理して食べなくていいからな。残すのがいやだったら僕が食べるし。」
「レイお兄ちゃんがいいって言うならいいけど…」
珍しくリリアは納得していない表情で椅子に座りなおした。
「あの、レイヤさん…ありがとうございます。」
「気にしないでよ。子供に苦みの強いものはあまりよくないってだけだから。」
「こ、子供じゃないんだから!!」
セイラが怒ってしまい、リリアはそれを見て笑う。
意外といえばもう一つ。この二人、年齢が14歳とまあ見た目通りではあるんだがリリアの普段の言動が子供っぽいのでもう少し年下だと思っていた。昔通っていた道場の孫が同じ14歳でももっと大人びていたからそう見えたんだろうな。
僕の年齢を2人に伝えたらセイラが、お父さんの方が年近い…と驚いていたのは落ち込んだ。まあそれでこの国の結婚適齢期が大体読めた気がするが。ちなみにリリアは上に兄と姉がいるらしく、流石に父親は一回りは年上だった。
食べ終えた食器をまとめてテーブルの隅に置きセイラが入れてくれたお茶を飲む。町の茶葉屋で見つけた緑茶のようなお茶。やっぱり食後はこれだね。2人は出会ったときに飲んでいた甘い紅茶。あれはもともと甘みのある茶葉を使っているらしく女性に人気な品だと茶葉屋の店員が教えてくれた。
「それじゃあ、冒険者ギルドに行きますか。」
お茶を飲み終え準備をして僕らは宿を出た。