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ある日、目が覚めるとそこは見知らぬ天井で…などと定番のボケかましている場合じゃなく見知らぬ天井ってか洞窟?どう見ても岩だな。
体を起こせば寝ている地面(こっちも岩)に定番の魔法陣。これはあれだな、異世界召喚ってやつだな。
あたりを見渡せば岩、岩、岩。岩でできた部屋だな。壁の一部に扉みたいに開きそうな切れ込みが入ってる。あそこから出ればいいんだな。
立ち上がって体の動作確認。腕よし、足よし、腰回りもよし!さあ、夢の異世界ライフだ!と叫びながら扉を開こうとした時、扉が勝手に開いた。内開きだったのか。外開きだと思ってたから危うく第一歩がコントみたいになるところだった。
「あ、誰かいる〜。成功したみたい。」
「当たり前よ。あたし達に不可能なんかないんだから。」
外から入ってきたのはよく似た顔立ちの黒髪少女2人。姉妹かな?
「えっと…ここはどこ…」
誰かがいるなら聞くのが吉ってもんだ。ここがどんな世界でどんな法則があるのか確認しないとな。
「ここ?ここは呼神様の神殿だよ。ここで召喚魔法の魔法陣を描いてお兄ちゃんを呼んだの〜。」
「どこの国のどの場所かって聞きたいなら、ここはアイリー国の南側にあるボルケル領の森の中よ。」
いやわからん。しかし少なくとも魔法の概念はあると理解した。あとお兄ちゃんと呼ばれる歳でもないがまあいいか。
「あ、お兄ちゃん腕出して〜。」
おっとりした方に言われよくわからないまま右腕を差し出す。
「お兄さん、反対の腕も出して。」
真面目そうな方にも言われて左腕も差し出した。
二人の少女は僕の服の袖をまくって腕を顕にし指で何かの紋様を書き出した。少しくすぐったい。
書き上がったのを二人は満足そうに見て袖を戻してくれた。
「いや、なにこれ?」
自分で袖をめくって二人が書いたものを見る。ほとんど同じだが中心の部分に何か文字のようなものがありそこだけ違いがある。
「お友達の印。」
「違うわよ、隷従の紋印。」
は?隷従!?
「いや意味がわからん。何だ隷従って?」
「隷従っていうのは〜従うって事だよ〜。」
「そういう意味で聞いたんじゃないと思うわよ。」
のんきに話す二人に流石に苛立ちを感じる。
「ふざけてないでちゃんと説明を…」
「するから少し黙って。」
そう言われて声が出せなくなる。呼吸は問題ないが喋ろうとしても声が出てこない。
「とりあえずここにはもう用はないからあたし達のキャンプに行きましょう。」
言葉をしゃべろうとするとのどが圧迫されたような感じで声が出ない~!ああもう!イラついててもしょうがないか。
しかし呼神の神殿とか言ってたのに用がないからっていうのは随分とおざなりな感じだな。
少女たち2人の後について神殿を出ると森の中。そういや森の中にある神殿なんだっけか。
更に森の中を進んで行くとテントが置いてあった。布張りの簡素なものだ。向こうの世界と違って防水性能はよろしくなさそう。
「お兄さん、入って入って。」
手招きされてテントに入る。流石に3人はきつそうだと思ったら入ってびっくり、中は一軒家くらいの広さがあった。ハリーポッターかな?
「そこに座ってて。すぐお茶の用意するから。」
真面目っ子がテキパキとお茶の準備をする。とりあえず指定された椅子に座りテーブルに肘をついてゲンドウポーズで待つ。
「なによそれ。お行儀が悪いからちゃんと座りなさい。」
真面目っ子に背中を叩かれ背筋を伸ばし両手は腿の上に置かれてしまう。
あれ?体が勝手に動いた…
「さ、準備が出来たわよ。お兄さんの好みがわからないから私達がいつも飲んでいるものだけど。」
目の前にティーカップが置かれた。甘い香りがする。出してもらったら飲まなきゃ失礼だよな。正直いきなり異世界の飲み物って言うのも気が引けるんだが…意を決して一口。…甘い…砂糖を入れてた様子がないのにものすごく甘い…
「あら、口に合わなかった?」
「え~、いつも通り美味しいのに~。お兄ちゃん、この味がわからないなんて人生の半分は損してるよ。」
これまでおとなしく座っていたおっとり子が熱弁する。これくらいで人生の半分損してるなら損したままでいいや。
「とりあえずお互い名前を知らないと不便よね。あたしはセイラメルフィ。セイラでいいわ。」
真面目っ子が言う。
「私はリリアシルメア。リリアって呼んでね。」
おっとり子が手を上げながら言った。僕も自己紹介をしようと思ったが声が出ない。
「あれ?さっきは元気だったのに名前は言えないの?」
リリアに言われて自分の口を指さす。
「あぁ、そう言えばうるさかったから黙ってもらってたんだっけ。もう話してもいいわよ。」
セイラがそう言うと声が出るようになった。
「なんだよこれ。とりあえず僕はレイヤ。ミツイシレイヤだ。」
「レイヤって呼べばいいの?」
「レイでもレイヤでもどっちでも。」
周りからはそのどっちかで呼ばれていた。
「じゃあレイお兄ちゃんだ。」
「それじゃあレイヤさん、聞きたいことはある?」
聞きたいことだらけだが何から聞くべきか。
「この国と大体の場所は聞いたけど、この世界というのか星に名前はあるの?」
「星?星って夜の空に浮いているあれ?何で世界と星の名前が関係あるの?」
それを聞いて何となく理解した。
「まあそれは気にしないで。それじゃあ根本的なところで、そもそも何で僕を呼び出したの?それとこの腕の魔法陣?はなに?」
2人は顔を見合わせて頷く。
「まずレイヤさんを呼んだ…というよりあの呼神様の神殿であたし達が呼んだのは…あたし達を守ってくれるモノを異世界から召喚したの。あたし達を守ってくれるなら人でも動物でも魔物でも何でもよかった。」
「君たちを守るって何から?」
セイラが首を振る。
「何かはわからない。でもあたし達は何かに命を狙われているの。」
「それでね~、その腕の魔法陣なんだけどね~。」
間髪入れずにリリアが話し始めた。
「魔法陣から召喚したモノが暴れださないようにいわば首輪をつけないといけないの~。それがその両腕の魔法陣だよ~。レイお兄ちゃんは私とセイラちゃんと2人で召喚したから2人分の魔法陣なの~。」
それを聞いて少女2人に首輪をつけられて四つん這いで散歩させられている光景が頭をよぎった。元の世界でなくてよかったと見るべきか、この世界でも変態扱いされるのか…
「よし、元の世界に帰してくれ。」
正直守ってくれだとか首輪をつけるとかもうわけがわからん。ファンタジー小説は好きだがここまでわけがわからないともう帰りたくなる。
「それは無理だよ~。」
だと思った。どうせ契約したからとかそんな理由だろうな。
「あそこは呼神さまの神殿だからモノを呼ぶことしかできないの~。だからこの国のどこかにある戻神様の神殿を探さないと~。」
意外な回答。
「帰ることはいいのか?」
「人が召喚されるなんて思ってなかったから。帰りたいって言うなら帰してあげたいけど…」
「その戻神の神殿に行かないといけないのか。」
セイラが頷く。
「ただそれがどこにあるかわからないからすぐには帰してあげられないの。ここで解放して一人で探してねって送り出してもいいんだけど…」
セイラが意味深な目くばせをしてくる。
「はぁ…こんなところで解放されても行く当てもないし、そもそもこの国の常識がわからないんじゃどうしようもない。戻神の神殿の場所が見つかるまでは同行させてもらいますよ。」
それを聞いてリリアがほほ笑む。
「セイラちゃん陰湿~。右も左もわからない人に強要するなんて~。」
「あら、あたし達を守ってくれるって言ったのはレイヤさんじゃない。」
守るとは一言も言ってない。
「あ、そうそう。その腕の魔法陣で大切なことを言い忘れてたわ。」
セイラが僕の腕を指さす。
「その魔法陣はさっきも言ったように隷従の魔法陣なの。だからそれを書いたあたし達の命令には絶対従うようになっているから変な気起こさないように気を付けてね。」
声が出なくなったことと体が勝手に姿勢よく座ったことを思い出す。
「まあ、悪いことしなければこれ以上使うことは無いから安心してね。」
セイラとリリアが笑う。何か悪魔に笑いかけられているように感じてしまうんだよな。2人とも顔似てるし…
「あ、もう一つ聞きたかったんだ。君達って姉妹なの?よく似てるけど。」
「私達はね~、いとこなの~。同じ日に生まれたんだよ~。」
「見た目はよく似てるからね。初めて会う人は結構間違えるのよ。だから意識して服装や髪形を変えているけど一番の見分け方は瞳の色だから。」
セイラは自分に目を指さす。濃いめのブラウンの瞳が僕を見る。リリアの方を見るとダークグリーンかな。濃いめの緑色だ。
なるほど。ただどちらも暗い色だから場所によっては判別しづらそう。
「レイお兄ちゃんの瞳の色は~、わ~黒色だ~。」
リリアが僕の顔を覗きながら言う。
「黒色…この国じゃ珍しいわね…」
「そうなのか?」
「全くいないわけじゃないんだけどね。黒目は…」
セイラはそこで口を閉じだ。
「まあ気にする人はいないでしょ。もし何かあったらごまかす方法もあるし。」
そう言ってテーブルの上のカップを片付け始める。
「そうしたら町に戻りましょう。これからレイヤさんには色々覚えてもらわないといけないことも有るし。」
「え?なにかやるの?」
「当たり前だよ~。だってレイお兄ちゃん、私達を守ってくれるんでしょ?」
それを聞いて落ち込みそうになる。そう言えばそういう話だった…守るなんて言ってないけど…
「最初は簡単なところからだから落ち込まなくても大丈夫よ。…まだ、時間はあるから…」
セイラの最後のつぶやきは聞き取れなかった。