第六話 第二王子
グラスは三つあった。
テーブルの上にそれを置き、シャンパンの蓋を開けると、グラスに均等に注ぐ。
そして、一人がけの椅子に座り込みと、グラスを手に取り、残る二人にもそれを勧めた。
「飲みませんか」
「あ、ああ。すまない」
「わたしは未成年……」
「なら、お好きになさいな。こんなバカげた話、酔わないで聞けないわ」
軽く口にシャンパンを流し込む。続いて、テーブルの上にあったベルを手に取った。
鳴らせば、スイートルームの顧客だけに対応するために待機している、ゲストアテンダントのデスク上にある同じベルが鳴る仕組みだ。
「おい、なにをする!」
「なにって、人を呼ぶのです。そのために、この魔導具を鳴らしただけですわ」
「お前ってやつは……。王家と伯爵家の恥にならないように配慮した僕の顔に泥を塗る気か!」
「この部屋でセックスをしようとした時点で、私の顔にはたくさんの泥が塗られております。どうして私が戻ってこないと思ったのですが」
それについてはキャンベルも気になっていたらしい。
与えられたグラスにおずおずと口を近づけながら、「殿下、なぜ?」と訊いていた。
サフランはバツが悪そうな顔をしてそれに応じた。
「ゲストアテンダントが今日はもう戻ってこないからと」
「は? 私は下の階にあるレストランで、商人からあれを買い付けしただけですよ?」
「なんなんだあれは」
「あなたには……もう、関係ないものです」
「そうか」
グラスの中身を一気にぐいっと飲み干すと、顔を上気させた殿下は得意げな顔になる。
自分のすることにはなんの間違いもない。
そんな発言が飛び出した。
「戻ってきても近づけるなと命じておいた」
「来客ですと言われた気がしますけど。あれはそういう意味でしたか」
ゲストアテンダントは確かに仕事をした。
殿下が来ていることと、来客があることは伝えていた。
その来客とセックスに及ぼうとしているとは……さすがの彼も思わなかったのだろう。
誰も予測がつかないわよ、こんな馬鹿げた浮気なんて。
本日何度目かの大きなため息をついたアニスだった。
「それで明確な理由とは何ですか。私がこの部屋もしくは他のどこかで、誰か親しい男性とあなたがしているように愛を語ろうとしたとでも?」
「フリオだ」
「フリオ? どこのフリオですか? 私の知っているフリオと言えば、サフラン。あなたの兄上しかおりませんよ」
「だから、そのフリオだ。我が兄、第二王子のフリオだ。先王の側妃だった母親が、先王の死去によって、我が父上の側妻になられた。血のつながらない、兄であり、従兄弟である……フリオだ」
親しいのかと問われれば、いいえ。全然、と言えるくらいの仲。
このスイートルームに一度か、二度。家人を連れて顔を出したこともある。その程度の仲だった。




