第六十九話 復讐の定理
悪くない。これは悪くないかもしれない。
じゃあどうやって取り返そう。思いつくのは、ボブがエリオットのためにと、帝国が誇っていた古代の上級魔導具を貸し与えていたことだ。
あれは、返せと言われないからか、エリオットはいつも後生大事に、身に着けている。
一つ、二つくらいなら借りてもバレないかも。
そう決めると、その夜は監視を打ち切った。
翌朝になり、朝食を一緒にするために訪れたエリオットと楽しい時間を過ごす。
去り際、彼にこの一月で二回目のキスをした。なるべく濃厚に、思惑に気づかれないように。
彼の腕輪と、指輪の一つを失敬する。これで復讐の道具は手に入った。後は復讐するだけだ。
* * * *
昼時。
いつものように、リンシャウッドは怠け者だからか、それとも狼の習性がそうさせるのか、昼過ぎまでベッドで無防備な寝姿を晒しながら、惰眠を貪っている。
「良く寝るわね、あの子。本当に狼?」
アニスは監視用の双眼鏡を片手に、いつもの枝に足を置いてじっと観察を続ける。
これはホテルに入居している魔猟師協会を通じて入手した魔導具で、結界や呪いがかけられている場所などを、視覚的に判別できるようにする装置だった。
この装置の解析によると、聖女の部屋にはいくつかの結界がはられてある。
ここからは見えないけれど、最も強い結界が張られてあるのは、倉庫だ。多分そこには、お目にかかりたくもない、アニスそっくりのローズ・ローズの苗床が安置されているのだろう。
その次に、防御結界のレベルが高いのが、あの寝室だった。
外からは通常の手段をしては見えないほど、遮光も考えられている。
アニスは苦労して、今の観測場所を見つけたのだ。
これも一月以上にわたって、ホテルに宿泊してくれている、聖女様達のお陰だった。
「あなたたちのおかげで、そっちの動きはこっちにバッチリ伝わってるわ!」
アニスは、エリオットから借りてきたいくつかの魔導具を、装着していた。
右手にはあの炎の巨人の攻撃すら防いだ、しかし、本来の様とは中に竜族を捕獲するための、捕獲用魔導具。雷帝の園。
左手の薬指には、もっと物騒なものを装着していた。紅蓮の王、だ。これはありとあらゆる空間障壁を突破して、ありとあらゆる機会を無効化して、特定の空間に居る存在のみを攻撃したり、束縛したりすることもできるスグレモノだった。
過去の魔法大戦で、凄まじい発展を遂げたはずの魔導大国が、いくつも脱落した理由がここにあるような気がする。あまりにも威力の強い兵器は、いずれ我が身を滅ぼすのだ。
「まあ、いまは私の復讐の役に立ってもらうけどね。さあ、聖女様も寝室に入ってきたし……」
あの寝室の結界は固い。しかし、紅蓮の王を使えば、聖女だけを束縛し、その能力を無効化することができる。
使い方だけはなんとなくわかるけど、やってみなきゃわからない。
失敗したらその時だ。一度は死んだ命。大好きな彼氏との明るい未来の為ならば、もう一度死ぬことなんて何も怖くない。
「上手く行きなさいよ……紅蓮の王!」
どんなものなのこれ、とエリオットに質問し、エリオットはよくわからないからと、ボブを連れてきてわざわざこういったものですよという説明をしてくれた。
その説明にしたがって、アニスは紅蓮の王を発動する。すると、自分の視界が真紅に染まった。まるであの炎の巨人のなかみ取り込まれてしまったみたいだった。
四方八方に視界が飛ぶ。距離も時間も関係なく、その場所から見える範囲全てに向けて、紅蓮の王の眼が視線が突き刺さっていた。
「聖女様。それだけでいいの。捕まえて……ありとあらゆる魔法を、奇跡を起こせないように、無力化して!」
言葉で言って伝わるだろうか。
しかし優秀な古代兵器は、あっという間にその願いを叶えてくれた。
鷹の眼スキルで確認するまでもなく、ベッドの上でまどろんでいるリンシャウッドの顔にキスをしようと、顔を近づけた室内着の聖女が、あっという間に見えない何かに拘束されてしまい、床に転がされている。
いきなり起きた異常事態に、リンシャウッドは敵の攻撃だと直感で感じたらしい。
慌てて闇の炎で自分の身を覆うが、時すでに遅い。
「雷帝の園。リンシャウッドを閉じ込めなさい」
こちらもまた優れた古代兵器だった。命令するだけで、リンシャウッドはベッドの上にいきなり湧いて出た、半円級のオレンジ色の物体のなかから出れなくなっていた。
「面白いわね。雷帝の園。リンシャウッドの尾を焼きなさい。そりなりに焦げるまで!」
これこそ本当の意趣返しだ。
闇の炎に守られているはずの大事な尾が、いきなり燃え出してリンシャウッドは半狂乱になり、どうにかして火を消そうと七転八倒している。いい気味だった。
「さてと。それじゃあ、おしまいをちゃんとしないとね」
アニスは慣れた手つきでブナの木を降りると、そのまま聖女の寝室があるベランダへと、建物を伝って移動した。




