第六十六話 闇の煌き
キャンベル・トラスト。
父親のジョニー・トラストと共に、断罪されたはずの女が、父親の持っているはずの魔導具の管理をしている。
嫌な予感が偶発的にも大当たりしてしまい、泣きたくなるのはアニスの方だった。
しかし、その感情をあらわにするのはもうちょっとだけ取っておこう。
そうすれば、色々な話が終わった後に、今自分が胸に抱きしめている彼が、もっと強い力で逞しい包容力で、自分の事を抱きとめてくれるに違いないから。
「キャンベル。お父様はいるかしら?」
「あなた死んだはずじゃ……」
「もう一度聞くわ。私の父親、フランメル辺境伯レットーはそこにいるわね?」
「待ってちょうだい」
受話器の向こうから、キャンベルがあちら側の魔導具を持ち、歩いていくつかの扉を開け、閉じてはまた開けて、他の部屋へと移動する足音が聞こえてくる。
しばらくすると、懐かしい声がアニスの脳裏に響いた。
それは父親の、本物のレットーの声だった。
「どうして生きてるんだ。俺はあの黒狼に殺せと命じたんだがな」
「お久しぶりね、お父様。あいにくとたまたま、聖女様がこのホテルにいらっしゃっててね。助けていただいたの。お生憎様」
「おまえってやつは、本当に悪運が強いな。あいつらはどうなった?」
「オネゲルとアルテューレ? 私の足元に転がってるわよ。まだ生きてる、残念だけど私の手元に魔石はないの」
「報告を受けているよ。魔石はなくなり魔獣と炎の精霊が相打ちになったって話もな。だがおまえが生き返ったなんて今初めて知ったよ」
「私も海運王の娘をお父様が庇っているって、いま初めて知ったわ。あの魔石の中身は知っているの?」
「もちろんだとも。それを教えてくれたのが彼女だ」
「ああ……そういうこと」
やれやれ、とアニスは残念そうに瞳を伏せて首を振った。
彼女の抱き枕にされているエリオットは、視線を上にしてその仕草を見届けるしか出来ない。
もうちょっと静かにしていてね、と母親が幼い息子に言い聞かせるように言われて、首をかすかに縦に振るしかできなかった。
「そういうことだ。この秘密はフリオ陛下には秘密でな……」
「帝国や魔族、それに炎の女神様の神殿まで関わっているものね、それは言えないわね。お父様は何をする気なの?」
「この王国はいろいろと疲弊しているんだよ。建て直すためには金が必要でなんだ」
「だから海運王の遺産を相続できる彼女を利用したのね」
利用、というところであちらから咳払いがした。
キャンベル自身の抵抗の証。意思表示だろう、自分は利用されているのではなく、協力したいと思い込みたいのだ。アニスはそう思った。
「ねえ、分からないわ。魔王様はどうしたいのよ」
「魔王? あれはローズ・ローズの本体を回収して、魔王国に根付かせたいだけだ。本体といっても、魔石じゃない」
「……は? みんなあの巨大な木のお化けに進化した魔獣の中に光っていた、エメラレルドの魔石を本体って思ってるわよ?」
「馬鹿なことを言うな。あの魔獣の本体は、手のひらサイズの鉢植えくらいにしかならない、新芽だ。今年、発芽したものを胎内の奥深くで守ってるのさ」
「そんな情報、誰も知らないわよ。それはどうなったの?」
さあな? と伯爵は声を潜めた。
なんだか言いづらいことを隠している様子だ。
「リンシャウッドに何かさせた?」
「……あれはおまえに呪いをかけていた、と報告してきた。心臓の場所を撃ち抜き、そこに秘密裏に回収した新芽を植え付けた、と。おまえの肉体を触媒にして、繁殖したものを魔王国に運ばせる予定だったんだ」
「うえ。なんてことしてくれんのよ! 仮にも自分の娘の遺体にそんなこと、普通やる?」
「それが合理的だった。俺もそれに乗じて……」
ああ、そう言うことか。
娘の遺骸を国内では埋葬できないから、国外に埋葬する手はずを整えて、そのまま魔王国に行くつもりだったのだ。
そして、海外に散らばったキャンベルの資産をかき集め、国内の経済を救う資金源にするつもりだったのだろう。
なるほど、その意味で「伯爵家の名誉」というならば、理解できないこともない。
「生憎と、その呪いは死んですぐに女神様が解いてくださったわよ。それに、この肉体にはそんなもの――」
と、そこまで言ってアニスははっ、となった。
もしかして、あの偽物の肉体には……? などと思ったのだ。あれはどうなったのだろう。
途端に、聖女様だの女神様だのというものが、嘘くさくなってきた。
「そんなもの?」
「その魔獣の新芽は、女神様が処分されたわ……残念ね」
「ちっ。だから魔王の紹介してきた黒狼を、仲間にするのは嫌だったんだ! 国のためにしたことが、まるで台無しだぞ、アニス!」
本当は処分されたかどうかも定かではない。ただ、そう嘯いてやった。国のため、父親はいつもそう言って、アニスを利用してきた。十二歳の娘に国境に近い砦を、守らせて見殺しにしようとした時の帝国兵は何万だったか。部下はたった二百人程度だった。
「お父様はいつもそうやって危険から逃げるのね。娘を道具程度にしか思ってないんだわ。でもそれでもいい。私はもう辺境伯とは何の関わり合いもないから。もうここから出て行くから、邪魔しないで」
「出て行く? どうやってだ? おまえの行き場なんて、そのホテルしかないだろう?」
「帝国の男性と知り合ったの。彼は普通の人よ、魔石彫金技師になろうとしているの。彼に着いていくわ。だから邪魔しないで」
「それだけでおまえのことを見過ごせというのは、虫が良すぎやしないか?」
「大丈夫よ。必ず分かったって連絡してくるから。それじゃ」
「あ、おい!」
辺境伯が言いかけた何かを聴き終える前に、アニスは通話を切り上げた。
床に転がる二人の緊縛をスキルで弾き、解放すると、先ほどのセリフに付け加えるようにして、彼らに後がないわね、と伝える。
「そうです。しくじった私たちには未来が……」
「我々には未来がない……。辺境伯様は必ず刺客を差し向けるはずです」
「そうならなくていいようにしてあげるから。あと十五分だけ黙って私に従いなさい」
諭すように言われ、オネゲルとアルテューレの二人は顔を見合わせて、不承不承肯いた。




