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殿下、貴方が婚約破棄を望まれたのです~指弾令嬢は闇スキル【魔弾】で困難を弾く~  作者: 秋津冴
第五章

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第六十六話 闇の煌き

 キャンベル・トラスト。

 父親のジョニー・トラストと共に、断罪されたはずの女が、父親の持っているはずの魔導具の管理をしている。


 嫌な予感が偶発的にも大当たりしてしまい、泣きたくなるのはアニスの方だった。

 しかし、その感情をあらわにするのはもうちょっとだけ取っておこう。


 そうすれば、色々な話が終わった後に、今自分が胸に抱きしめている彼が、もっと強い力で逞しい包容力で、自分の事を抱きとめてくれるに違いないから。


「キャンベル。お父様はいるかしら?」

「あなた死んだはずじゃ……」

「もう一度聞くわ。私の父親、フランメル辺境伯レットーはそこにいるわね?」

「待ってちょうだい」


 受話器の向こうから、キャンベルがあちら側の魔導具を持ち、歩いていくつかの扉を開け、閉じてはまた開けて、他の部屋へと移動する足音が聞こえてくる。


 しばらくすると、懐かしい声がアニスの脳裏に響いた。

 それは父親の、本物のレットーの声だった。


「どうして生きてるんだ。俺はあの黒狼に殺せと命じたんだがな」

「お久しぶりね、お父様。あいにくとたまたま、聖女様がこのホテルにいらっしゃっててね。助けていただいたの。お生憎様」

「おまえってやつは、本当に悪運が強いな。あいつらはどうなった?」

「オネゲルとアルテューレ? 私の足元に転がってるわよ。まだ生きてる、残念だけど私の手元に魔石はないの」

「報告を受けているよ。魔石はなくなり魔獣と炎の精霊が相打ちになったって話もな。だがおまえが生き返ったなんて今初めて知ったよ」

「私も海運王の娘をお父様が庇っているって、いま初めて知ったわ。あの魔石の中身は知っているの?」

「もちろんだとも。それを教えてくれたのが彼女だ」

「ああ……そういうこと」


 やれやれ、とアニスは残念そうに瞳を伏せて首を振った。

 彼女の抱き枕にされているエリオットは、視線を上にしてその仕草を見届けるしか出来ない。

 もうちょっと静かにしていてね、と母親が幼い息子に言い聞かせるように言われて、首をかすかに縦に振るしかできなかった。


「そういうことだ。この秘密はフリオ陛下には秘密でな……」

「帝国や魔族、それに炎の女神様の神殿まで関わっているものね、それは言えないわね。お父様は何をする気なの?」

「この王国はいろいろと疲弊しているんだよ。建て直すためには金が必要でなんだ」

「だから海運王の遺産を相続できる彼女を利用したのね」


 利用、というところであちらから咳払いがした。

 キャンベル自身の抵抗の証。意思表示だろう、自分は利用されているのではなく、協力したいと思い込みたいのだ。アニスはそう思った。


「ねえ、分からないわ。魔王様はどうしたいのよ」

「魔王? あれはローズ・ローズの本体を回収して、魔王国に根付かせたいだけだ。本体といっても、魔石じゃない」

「……は? みんなあの巨大な木のお化けに進化した魔獣の中に光っていた、エメラレルドの魔石を本体って思ってるわよ?」

「馬鹿なことを言うな。あの魔獣の本体は、手のひらサイズの鉢植えくらいにしかならない、新芽だ。今年、発芽したものを胎内の奥深くで守ってるのさ」

「そんな情報、誰も知らないわよ。それはどうなったの?」


 さあな? と伯爵は声を潜めた。

 なんだか言いづらいことを隠している様子だ。


「リンシャウッドに何かさせた?」

「……あれはおまえに呪いをかけていた、と報告してきた。心臓の場所を撃ち抜き、そこに秘密裏に回収した新芽を植え付けた、と。おまえの肉体を触媒にして、繁殖したものを魔王国に運ばせる予定だったんだ」

「うえ。なんてことしてくれんのよ! 仮にも自分の娘の遺体にそんなこと、普通やる?」

「それが合理的だった。俺もそれに乗じて……」


 ああ、そう言うことか。

 娘の遺骸を国内では埋葬できないから、国外に埋葬する手はずを整えて、そのまま魔王国に行くつもりだったのだ。

 そして、海外に散らばったキャンベルの資産をかき集め、国内の経済を救う資金源にするつもりだったのだろう。

 なるほど、その意味で「伯爵家の名誉」というならば、理解できないこともない。


「生憎と、その呪いは死んですぐに女神様が解いてくださったわよ。それに、この肉体にはそんなもの――」


 と、そこまで言ってアニスははっ、となった。

 もしかして、あの偽物の肉体には……? などと思ったのだ。あれはどうなったのだろう。

 途端に、聖女様だの女神様だのというものが、嘘くさくなってきた。


「そんなもの?」

「その魔獣の新芽は、女神様が処分されたわ……残念ね」

「ちっ。だから魔王の紹介してきた黒狼を、仲間にするのは嫌だったんだ! 国のためにしたことが、まるで台無しだぞ、アニス!」


 本当は処分されたかどうかも定かではない。ただ、そう嘯いてやった。国のため、父親はいつもそう言って、アニスを利用してきた。十二歳の娘に国境に近い砦を、守らせて見殺しにしようとした時の帝国兵は何万だったか。部下はたった二百人程度だった。


「お父様はいつもそうやって危険から逃げるのね。娘を道具程度にしか思ってないんだわ。でもそれでもいい。私はもう辺境伯とは何の関わり合いもないから。もうここから出て行くから、邪魔しないで」

「出て行く? どうやってだ? おまえの行き場なんて、そのホテルしかないだろう?」

「帝国の男性と知り合ったの。彼は普通の人よ、魔石彫金技師になろうとしているの。彼に着いていくわ。だから邪魔しないで」

「それだけでおまえのことを見過ごせというのは、虫が良すぎやしないか?」

「大丈夫よ。必ず分かったって連絡してくるから。それじゃ」

「あ、おい!」


 辺境伯が言いかけた何かを聴き終える前に、アニスは通話を切り上げた。

 床に転がる二人の緊縛をスキルで弾き、解放すると、先ほどのセリフに付け加えるようにして、彼らに後がないわね、と伝える。


「そうです。しくじった私たちには未来が……」

「我々には未来がない……。辺境伯様は必ず刺客を差し向けるはずです」

「そうならなくていいようにしてあげるから。あと十五分だけ黙って私に従いなさい」


 諭すように言われ、オネゲルとアルテューレの二人は顔を見合わせて、不承不承肯いた。


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