第五話 冤罪
寒い冬を暖かく過ごして欲しいと祈り、かいがいしく編み物の道具を購入するために、ホテルに出入りしている商人からそれらを買い付け、部屋に戻って見れば――これだ。
『ええっ、だめですよ。サフラン様……まだ陽も高いですし』
『なに、気にすることはない。ここはまだ誰も戻ってこない』
『誰も? でも、婚約破棄して下さるって、あ、駄目ですってば』
『いいから黙って服を脱げよ。君が大好きなんだ』
扉の向こうからは、そんな恥じらいの声が廊下まで届いていた。
そんな、入り口から入ってすぐのリビングではなく、レストルームやベッドルームでやってくれていたら、まだこちらも気づかなかった。
部屋に入れば物音に気付いただろうが、サフランが勝手に入って待っていることはよくあることだ。
このスイートルームは小高い丘の傾斜を利用して建築されているホテルの構造上、裏庭に通じる小径がある。
そこからキャンベルを逃がすことだってできただろうに。
気遣いができないと言い訳するには、サフランはもう大人だ。
少年とはいえ、子供だからと特別な目で見てやるには、限度がある。
「私と彼は王家と伯爵家が取り決めた約束に従い、婚約をしている身です。ですから婚約破棄をなさるというのであれば、個人の意思ではどうしようもないこともあると理解できませんか?」
とりあえず両家の名誉のために、そう問うてみる。
まともな感覚が働く男性ならここで尻込みするだろうし、それならばと日を改めてアニスの父親に相談しに行くだろう。
と、思っていたのだが。
考えが甘かった。
「アニス、その約束なんだが。君は伯爵の娘だ、つまり家の当主じゃない。だが、いまのところは王太子妃補だ。意味がわかるか?」
「……つまり私は伯爵家の人間ではなく王族の一員に近しい存在だとおっしゃりたいのですか」
「そういうことになるが」
「では国王陛下の次に権力を持つ地位にあらせられる、王太子殿下の采配で、この婚約破棄を認めると?」
「僕はこう見えても馬鹿じゃないからな。王室法典くらいは読んできた。識者に確認をしたところ僕の判断だけでも婚約を破棄することはできるそうだ。明確な理由があればな」
「明確な理由なんて……」
これについては第三者を交えて話をしなければ始まらないと思う。
そう考え、アニスは怒りに身を任せて投げつけようとしていた編み棒の折れた残骸を、そっと棚の上に置いた。
それから室内を歩き、キッチンからシャンパンとグラスを持ち出してくる。




