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殿下、貴方が婚約破棄を望まれたのです~指弾令嬢は闇スキル【魔弾】で困難を弾く~  作者: 秋津冴
第三章

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第四十二話 宵闇の事件


 太陽が暮れて月が姿を表す時間を、昔の人は宵闇と表現したらしい。

 その夜は満月に近い夜で、辺り一面を煌々と三連の月の一つ、青の月が青白い光で世界を満たしていた。


 他に赤の月と銀もあるが、それは青の月のはるか後方に位置していて、いまの夜はなんだか誰もの顔が死人のように青白く、不気味に見えてしまう。


 アニスの闇属性スキル魔弾は、打ちだす前に銀色に瞬き、彼女の周囲に浮かんでから、標的へと向かって音速に近い速度で射出される。

 

 困ったことに、青白く輝く月の光は、アニスの魔弾が宙に浮いただけで、敵にその位置を知らせてしまうのだ。

 狩人はこちらなのだが、標的にされているグリーンホーンは賢い魔獣なので、普段と異なるなにかを察知すると、途端に獰猛になり集団で、敵に向かって押し寄せる習性がある。


「嘘でしょっ! こんなことになるなんて聞いてないわよ!」

「だから言ったじゃないですか! 相手から見えない遠距離から一頭ずつ確実に仕留めるべきだって!」

「そんなことしたらローズ・ローズと融合しているグリーンホーン以外の個体だって狙撃することになるでしょ! それこそ魔族に非道な行いだって文句言われちゃう!」

「二人共、文句は良いから早く走って!」


 全速力だった。

 今まで生きてきた中で、こんなに走りこんだのは、四年前のあの日ぐらいだ。


 故郷の砦を守るなかで、敵に向かい死を覚悟して決死戦を挑んだあの日くらい。

 あのときは、サフランと婚約が成立したことにより、王家が騎士団を派遣してくれて、それによって間一髪、アニスは命を救われた。


 しかし、いまここに騎士団は誰一人としていない。

 かつて知ったる仲の、気心が知れた部下たちも、誰もいない。


 あるのは闇と、青白い世界と、対岸までどれほどあるか分からない断崖絶壁と。

 そして――今回、生死をともにすることを選んでくれた二人の仲間だけ。


 後ろからは「ボオオオッ」「グモ――っ」「ウモオオオッ!」などと牛が吠えるがごとく、グリーンホーンが吠え立ててくる。


「走るのはいいけど、どうするのよエリオット!」

「あの断崖をうまく飛ぶしかないでしょ?」

「跳躍っ!」


 目前、十数メートルに見える断崖絶壁の対岸は、ゆうに三メートル離れた距離だ。

 アニスは自分自身を魔弾に見立てて、地面からの跳躍に活かせば、どうにか越えられる距離だし、過去にも砦の戦いで防壁から防壁へと飛び移って戦っていたから、どうにかできる自信はある。


 エリオットはどうだろう?

 それにリンシャウッド! あの子はどう見ても身長だって低いし、俊敏さはアニス以上だが、跳躍力があるとは―ー。


 そこまで考えて、こうなったら二人を先行させて、自分は後ろから追いかけることにした。

「断崖の前で止まって!」とアニスは速度を落とし、後方数メートルに迫ったグリーンホーンに対して、あらかじめ浮かばせておいた魔弾を次々と射出する。


 それは狙い違わず、数頭のグリーンホーンを射殺した。

 しかし、そこまでだ。その倍以上はあるグリーンホーンの群れが、アニスを踏みつぶさんと襲い掛かる。


 アニスは後で待っている二人の場所まで駆けつけ、自分を中心とした半径数メートルの距離にある地面を魔弾代わりにして、対岸へと打ち出そうと決めていた。そんなときだった。


「ええいっ、まどろっこしいっ! 闇の精霊、薙ぎ払え!」


 黒狼が吠えた。

 背中から足元から、周囲のありとあらゆる影から闇の中から、意思を持ったかのように墨色の炎が噴き出してくる。

 それは意思を持つかのようにして、エリオットとアニスを避け、眼前に迫ったグリーンホーン数十頭の群れを勢いよく呑み込んで消えた。


 暗黒の地下から亡者どもが悲鳴を上げて叫ぶような音が周囲に響きわたる。

 それは凄まじい炎の竜巻となって、青白い世界に一つの大きな闇の柱を打ち立てた。


「……なっ、なに、今の? どういうこと?」


 漆黒の炎が燃え盛る音は、聴いただけで魂そのものをあの世に持って行かれそうな気分になる。

 あまりもの恐ろしさに、同じ闇属性のスキルを持つアニスでさえも、身体の真っ芯が震えた。


 エリオットも同様に荒く息を吐き、自分の正気を保とうとしていた。

 たくさんの生命の肉体を焼き、命の炎を燃やし尽くした後、平然としてその場に立っているのは、リンシャウッドひとりだけだった。


「ふう……。あまり使うと怒られますが、まあこれくらいなら……」


 久しぶりに召喚した闇の炎はいい仕事をしてくれた、と額の汗をふきふき、リンシャウッドがそうこぼす。

 アニスとエリオットがようやく平静を取り戻した時、辺りにいたはずのグリーンホーンは一等残らず消えてしまい、おまけにその痕方すら。燃えカスすら残っていなかった。


「あなた、どうやったの……。あんな数の魔獣を――」

「吸収したんだ。闇の精霊を召喚して……だから、僕たちの体力や気力もそこそこ奪われた」


 エリオットが勘弁してくれよ、と顔に手を当てて叫んでいた。

 彼の所属していた騎士団には聖騎士とかもいて、聖なる炎を召喚して巨大魔獣を焼き尽くしたことも何度かあったし、その任務に同行して目の当たりにしたこともある。


「こんなに何も残らないなんて、あり得ないよ」

「私も初体験だわ。黒狼の闇の炎。噂に聞いてはいたけど、こんなに」


 凄まじいものだったなんて。

 思わず敵にしたくない相手だ、とリンシャウッドに対する認識を改めた二人だった。


 そんな二人に対して、リンシャウッドが困ったように打ち明ける。

 内緒にして欲しい、と両手を合わせて懇願するのだ。


「一族に知れたら、とんでもないお仕置きを受けるんです! 闇の精霊を勝手に使うなって……どうかお願い。秘密にして!」

「それはいいけれど、でも、大丈夫なの?」

「へ? ひいいいっ――――! 何あれ!」


 アニスの心配は、リンシャウッドの隠された実力とか、闇の炎の威力とか、グリーンホーンはどこに消えたか、とかではなく、テイルズウィーバー一帯を焼いていた炎の精霊が、ぽつり、またぽつり、と闇夜に浮かび上がり一つの大きな炎の巨人となって、こちらに向かい天空を歩いてくる、それだった。


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