第三話 口の軽い男
そんなキャンベルは自分は悪くないと声を上げる。
それは泥棒猫の論法だった。
「だって、いずれわたしの物になる部屋だって、サフラン殿下が! そう言って……下さったから。なら、そこでお互いを深く知り合うのもいいかなって。まさか、まだアニス様がいらっしゃるなんて……」
「私はまだ彼と婚約を破棄してもいませんしここから出ていくいわれもありません!」
「おいやめろ! キャンベルが怖がっているじゃないか!
「あなたはどっちの味方なの?」
「決まっているだろう、キャンベルだ」
「ああ……もうっ!」
他人の婚約者を略奪し、相手の部屋にはりこんで二人でイチャイチャとしようと、彼女から言い出したと聞いた時には、腕に力がこもったけれど、それは許すことにした。
だって、女性からでなく男性が、秘密を暴露するなんて最低ではないか。
口の軽い男は死滅すべきなのだ。
サフランのように。
アニスは睨まれてしょんぼりとうなだれているキャンベルを、傍からみても可愛いと思った。
「サフラン殿下は、好きな女ができたらすぐに次の女に行くような軽い方だけど。あなたはそれでもいいの?」
「いえ。殿下はそのようなことはなさいません。私たちの仲も、半年以上前からのことですし」
「へえ、そうなのね。殿下」
それに対して自分はどうだろう?
入り口横の壁には鏡がはめ込まれている。
それを二人に気づかれないように、横目でじっと見つめた。
腰まである母親譲りの黒髪は、量が豊かだとよく言われる。
その髪を片方にまとめ三つ編みにして流しているが、彼は形の良い額を出してみてはどうかと言ってくれた。
普通ならヒールを履いて隣に立つと、男性は長身の女を嫌う。
目線が被るからだと。
だが、自分よりもさらに頭一つ高いサフランは、笑顔で気にするな、と言ってくれた。
君ほど、美しい容姿端麗な美女を他に知らない、とも言ってくれた。
まるで吟遊詩人が歌う美女のような容姿だ――ちょっと待て。
その意味の本意を知り、編み棒が指の中でべしりっと音を立てて折れる。
「ひいいっ、待て、なんだ? 今度はなにを怒っている!」
「助けて、サフラン様、殿下! 私、こんなとこで死にたくないー!」
被害者面した不法侵入者たちは、口をそろえてそう言った。
吟遊詩人の語る美女?
それは……金髪碧眼で華奢な幼い少年のようなスタイルの女性のことだ。
つまり、胸がなくお尻もなく、色気なんてどこにもない、外観だけが綺麗だと上辺の誉め言葉であり。
事実、自分にそれが――キャンベルのような豊かな胸もお尻もないことを思い知らされて、アニスはもう一本もっていた編み棒をへし折った。
今度は、バキンっと虚しい音が赤いベルベットのふわふわした弾力性がある床に吸い込まれていく。
それを上からヒールのそこで踏みつけて、アニスは二人に向き直った。
「……サフラン様。あなたがどのような女性を好みかよくわかりました。それならそうともっと早くに言ってくださればよかった……」
「あ、え……? いや、済まない……正直言えば、君は僕のタイプではない」
死刑宣告にも似た彼の告白に、いまやアニスが泣きだしそうだ。




