第三十九話 炎の森
資料だけを見て作戦を立てるというのもなんとなく味気がない気がして。
アニスを含めた彼ら【妖撃】クランの一行は、その日のうちに、王都を出発した。
魔導文明が盛んになったこのご時世だ。
馬車に使われているのも馬ではなく、人工的に作り出した魔法生物、ゴーレムによって馬車はけん引されている。
とはいっても人型の石像が引いていたり、馬の彫刻が引いているのではなく、ぬめりとした外観に鈍く陽光を照り返す、鷲の頭と翼、ライオンの四肢を持つグリフォンを模した、人工魔法生物が二頭、馬車を引いていた。
「……これって空も飛ぶの?」
王宮御用達、貴族御用達の馬車は今でも六頭立ての箱馬車だし、引くのも質の良い駿馬ばかりと決まっている。
馬は賢いし人にもすぐに懐く。砦を任されて運営していた頃、自分が愛した馬が敵の矢に当たり死んでしまったことを思い出して、アニスはふと視線を反らした。
「いえいえ、翼は飾りのようなものですよ。本当に空を飛んだらいろいろと管理も含めて大変ですから。王都の空とか、警戒が厳重だし」
「そうね。飛竜を飼い慣らして王都の空を守るのだって、簡単じゃないって言うし。そっか、飛ばないのか……」
過去を忘れようと頭を軽く振り、同情している黒狼のリンシャウッドに気づかれないようにする。
馬車は幌馬車で、御者席にエリオットが。荷台にアニスとリンシャウッドの女性二人が、壁に備え付けられた座席に腰かけていた。
床には振動と下からやってくる衝撃対策として、分厚い布地がクッション代わりに並べられ、その上に横になってもいいようにと、刺繍がふんだんに施された朱色のこれまた分厚い絨毯が敷かれている。
夜になれば、女性陣は馬車で。
エリオットは野営のテントを張り、そこで寝ることになる。
季節はまだ夏と冬の合間だし、野営用の結界魔導具は意外としっかりとしていて、気温を一定範囲内に保ってくれたりする。
魔族との戦争が終わり、それぞれの国の文化を輸入したり輸出したりすると、こうも文明は飛躍的に発展するのね、とアニスは四年前にはなかった結界魔導具に感心してみせた。
この道具があれば、仲間たちはもうすこし生き残れただろう。
そんな悲しい過去はひとまず置いておこう。これからは自分が頑張って彼らの分も生きればいいのだから。
「だけど、こんな馬車まで必要あったの? だって、テイルズウィーバーって歩いて数時間かからない距離じゃない」
かつて王太子妃候補だった自分に気兼ねしたのなら、そんな気を使う必要はなかったのに、とアニスは漏らす。
すると、エリオットは違いますよ、と苦笑して見せた。
テイルズウィーバー。なだらかな丘陵地帯を背に、畑と雑木林が続き、合間に小川の流れる風光明媚なその場所に、いま百人単位で魔猟師や冒険者が神殿に雇われる形で集まり、消火活動に勤しんでいるのだという。
「あの写真、物凄い燃え方していましたもんね」
「ホテルの部屋から北の空を見たら黑くなっているのは、あれが原因だったなんてね。水属性の魔法使いや、水の精霊を使役する精霊使いが、多く動員されたとかされないとか」
そんな噂をホテルの従業員……主にエリオットの祖父であるボブから耳にして、アニスはちょっとだけ事情に詳しかった。
エリオットは自分たちの役目はそれ以外だから、とこの馬車を用意して来たのだ。
アニスは自分の真向いに座っているリンシャウッドをじっと見つめる。
黒狼の少女は、座椅子の下を持ち上げると食糧や乗客の荷物を詰め込めるようになっているそこを、ぱかっと持ち上げて幾つかの焼き菓子を取り出して食べ始める。
アニスにせがみ前借りした銀貨二枚で購入したそれは、道すがら通りがかった露店が用意していた焼き菓子を全て買いきったものだ。
「食欲だけは旺盛なのよねえ……」
「ご安心ください。男性には興味ありません」
「同性だったら嫌よ」
「それもないですねえ。大事な存在はもういますので」
そんなこと、聞いていないわよ、と突っ込んでやる。
今回の作戦の主力はリンシャウッドが担うことになる。
一番最初の仕事で、リーダーである自分が本領を発揮できないなんて。
アニスはそこがなんとなく気に入らなかった。




