第三十二話 自由か無償奉仕か……
リンシャウッドは身の危険を感じたかのように、ふさふさの尾を抱き寄せる。
給仕の視線から自分を守るように、それを盾にしていた。
「わわわっ、私を商品みたいに見るな!」
「いえいえ、そういう侯爵令嬢様のご要望でしたので、余興までに」
「……ああ、それならいいけれど」
見たところ、と給仕は伝える。
あまり、価値がない、と両手を広げて皮肉そうに笑った。
「幼いし、美しくはありますが、ホテルの仕事で必要とされる美しさは成人以上となります。お嬢様はまだお若いし、接客業に興味があれば我がレストランで体験などをなされてみては、いかがでしょうか?」
「ふうん。そんなもんね。今は大して価値がない。そういえば、ここのお会計、おいくらかしら?」
「現在で……お待ちを」
給仕はまだ残りにデザートが待っていますと前置きして、約銀貨三枚です、とアニスに小さく囁いた。
人間よりも数倍優れた嗅覚や味覚、聴覚に恵まれたリンシャウッドの獣耳はそれを聞き逃さない。
銀貨三枚。
リンシャウッドと同年齢の少女たちが、さまざまな経緯で理由から最下層の奴隷に堕とされ、売買される様を幼いながらに彼女は目の当たりにしてきた。
この額だと貴族様のお屋敷で住み込みしながら、下働きをして一生を終える奴隷の売価とほぼ同じだ。
果たして自分にそれほどの価値は――リンシャウッドは必死にアニスにすり寄って懇願した。
それはもう恥も外聞もなく、ただただ自分が奴隷にされたくないためだけに行われる、美辞麗句を交えた彼女にしては最大級の懇願だった。
「おおおっ」
「お? 何かしら?」
「お美しく、聡明で、慈悲深いお心の持ち主である侯爵令嬢様。どどどど、どうか、お助けください。どうか、奴隷にだけは……戻らせないで」
魔猟資格試験を合格するほどの実力者。
大量に食事をすることを除けば、まあ、それなりの魔猟師と言っていい。
傍に置いておくのは悪くないかもしれない。
よし、食べた金額以上に、こき使ってやろう。
「いいわよそこまで言ってくれるなら。あなたの食べたものを肩代わりしてあげるわ。その代わりちゃんと働いてね」
「あ、ありがとうございます! もちろんです働きます――食事代分を働いたら?」
もちろん解放されますよね?
そんなリンシャウッドの願いは儚くも散った。
「死ぬまで馬車馬のごとく侯爵家に支えてもらうに決まってるじゃない」
「ああ、あんまりです! 食事をしただけで、一生涯働けなんて、まるで人身売買――!」
そうでもないけれど、と告げるアニス。
しばらくこき使えるアシスタントが必要だったのだ。
これを逃す機会はないだろう、そう打算的な彼女の性格が告げていた。




