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殿下、貴方が婚約破棄を望まれたのです~指弾令嬢は闇スキル【魔弾】で困難を弾く~  作者: 秋津冴
第二章

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第三十話 銀貨一枚の重さ


「ちょっと! どうしたのよ?」


 自分の目の前で他人が倒れて驚かない人間はいない。

 見捨てていく者がいるとしたら、余程、心に余裕がないか排他的な考えの持ち主ということになるだろう。


「おいおい、そんな獣人。相手にするだけ時間の無駄だろう?」

「そうそう。さっさと追い出してしまえばいいのに。ここには相応しくないわ」


 前のめりに突っ伏したリンシャウッドを抱き上げようとして、膝を折るアニスとエリオットに向かい、その場にいた人々から冷たい言葉が浴びせかけられる。


 残酷なことを言う。アニスは心がざわついて、思わず後ろを振り返っていた。

 そこにいたのは、会場入りを果たしたときに気になった三人のうちの残り二人だった。


 人間族が二人。アニスと同じほどの年恰好をした片方の少女は、真紅の髪と、意志の強そうな青い瞳でこちらを見下すように肩を組んでいた。吊り上がったその目元に育ちの悪さを感じる。


 もう片方は長身の青年で、三十代に近い。その身長に匹敵するほど長い槍を手に携えていた。

 黒髪、中肉中背の優男。目元が軽薄そう。こちらを見て意味ありげな微笑みをした時点で、本能が拒絶した。

 

「生まれや育ちで人品が語れるなら、素晴らしいものね。エリオット手伝ってくれない」

「ええ、はい。アニス」


 ほらしっかり、とエリオットがリンシャウッドの手を自分の首に回して持ち上げる。

 アニスの嫌味が効いたのか、「そんな黒狼、さっさと売ればいいのよ。ここは上流階級の集まるホテルなのに」「まあまあ、いいじゃないか。どうせ、最初のクエストで死ぬパターンだ。死んだら――」


 いろいろと奪って弔ってやればいい。そう聞こえた気がする。

 あまりの物言いに、エリオットまで憤然としてやるせなさを見せていた。


 リンシャウッドは女性としては身長の高いアニスよりも小柄で、獣人族ということもあってか長くてふんわりとした毛先の尻尾と、黒の中に灰色の内毛が生えていて、とても可愛らしい印象の少女だ。


 外観にそぐわない背中に背負った巨大な愛銃と、そのお腹から断続的に鳴り響く、空腹時の腹の音がなければ……本当に愛らしい少女だ。

 彼女を背中に背負い、銃をアニスが背負ってホテルのレストランに移動したとき、エリオットはそんなことを考えていた。


 目が回る、という表現は単なる慣用句の言い回しだと思っていたら、そうではないのだと初めて知った。

 本当に、黒目がぐるぐると楕円軌道を描いていたのだ。

 

 黒狼の少女は目を回しながら、更に腹の虫を鳴らすという器用なのか、不器用なのか。

 とりあえず、栄養を与えるのが先決だろうという話になり、ぶっ倒れた彼女をレストランに運び込んだ。


「医者に押し付けられなかったのが問題でしたね」

「本当、先に回復魔法をかけてやるんじゃなかったわ」


 エリオットのぼやきにアニスが同意する。

 疲労で倒れたのだから、栄養と休息が必要だと思い、アニスはリンシャウッドが倒れたすぐ後で、自身の使える回復魔法を施してやった。

 

 それから二人でそれぞれ銃とリンシャウッドを背負ってホテルの医務室に運んだら、医者に言われてしまった。

「栄養と睡眠を十分にとれば問題ないですよ。獣人はこれくらいでは死にません。人より、頑丈だから」、と。


 栄養、という言葉を耳にしたのか、リンシャウッドはエリオットの喉元に背後から噛みつきそうな勢いで、「ご飯、ご飯!」と急かすように言い、また大人しくなる。


 このままではエリオットを捕食対象としかねない様子だったので、仕方なレストランへとやってきたのだった。

 それにしても、黒狼はよく食べる。獣人がよく食べるのかもしれない。


 ベテランの漁師が二人で抱える程に大きな巻貝、ローム貝の貝柱をクリームで煮たものが四皿。あっという間にリンシャウッドのお腹に消えた。続いて、四人前はありそうだった香辛料をふんだんに使ったリゾットが、数秒で大皿の上から消えた。


 スプーンとフォークを握るその手はしかし、テーブルマナーを崩すことなく、卒なく丁寧かつ迅速に食糧の補給を行っていた。


 リンシャウッドが皿から口へと料理を運ぶ速度があまりにも早くて、残された二人は食事にありつけない始末だった。このままではまずいと感じたエリオットが別に注文しておいたサラサ牛のステーキも、これまたどこから手が伸びて来たのか、リンシャウッドの前に皿が移動してぺろっと食べてしまう。


 まさしく、神業、と言っていいほどの食欲。食べることに関してこれ以上ないほどの貪欲さと真摯な情熱を、小さな黒狼の少女は併せ持っていた。


 しかし、何事にも限度というものがある。

 サラサ牛のステーキに味を占めたらしい彼女は「もう一皿追加、で」と給仕に求めるものの、隣に座るアニスから「それ銀貨一枚だから」と嘘とも本当とも取れないことをささやかれて、ぎくっとした顔をしつつ、注文を引っ込めていた。


「そ、そんなに食べてないもん」

「食べたわよ。十分、たくさん、満足過ぎる程に食べました。あなたは、ね?」


 そう言い、アニスは食卓に並ぶ、給仕が下げきれないほどのお皿の山を手で示した。

 うん、これなら銀貨一枚じゃ足りないな。


 エリオットはリンシャウッドから嘘だと言って欲しいと視線でねだられるも、首を振ってそれを否定する。

 黒狼の少女が満腹と同時に手に入れたのは――さっきまで言い争っていたアニスへの、借金だった。



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