第二話 可愛い彼女
目の前で展開される愛の光景に、ただ呆然とするアニス。
彼女を放り出して、殿下とキャンベルは座っている長椅子の上で、イチャイチャとキスを始めた。
私のスイートルームで勝手になにを始めてるのよ!
アニスは落ちていた編み糸の束を無造作に掴むと、王太子サフランめがけて勢いよくそれを投げつけてやった。
「きゃあっ!」
「おい、なにをする! ああ、可哀想な僕のキャンベル。あんな獣じみた女に襲われるなんて」
「サフラン、わたし、怖いっ……」
「おい、貴様! 僕のキャンベルに何をするんだ! ぶっ――」
仲睦まじい二人のあいだを裂くような真似をしてはいけないと理解はしている。
それは無粋な行為だから。
しかし、キスまでするなら外でやって欲しい。
サフランの怒声に向けて、アニスは編み棒を彼に向けて投げつけた。
正確に。そして素早く、適切なやりかたで、それはサフランとキャンベルの見つめ合う空間のどまんなかにヒットする。
ダーツの矢が、標的にあたったときのように、編み棒がビィイインっと鋭く揺れていた。
「ヒッイイイッ――!」
「うわっ、なにするんだ、この暴力魔!」
二本目を投げる準備をして、アニスは静かに警告した。
これは浮気だ。
まぎれもない浮気だ。
さて悪いのは誰?
お仕置きされるべきはどっち?
「で、どういうことから始まったのかしら、殿下? 説明を――!」
彼女はキャンベル・トラストというらしい。
海運王ジョニー・トラストの数いるこどもの一人で、幼い頃から父親の愛情をあまり与えられたことがない可哀想な令嬢だ、とサフランは語った。
父親は最近、伯爵の爵位を得たらしい。
「父は、ジョニー・トラストと申します……アニス様」
「へえ。そうなのね」
「ううっ、視線が怖いっ……!」
ジョニー・トラストといえば、王国の経済の半分を担うと言われている大富豪だ。
その業績と王国に納税した金額をかんがえれば、王国が爵位をあたえることは当然のことだ、とアニスは思った。
成り上がりの新興貴族の娘と、どこでどうやって出会ったのだろう?
疑問に思いながら、キャンベルに目を移す。
長椅子のうえで畏まる二人をまえにして、アニスはいつでも次の編み棒を投げつけられるように仁王立ちのままでいた。
二人を入り口から逃がさないようにするためでもある。
最低限の説明を聞いてから納得するかどうかを決めようと考えていた。
キャンベルは亜麻色の髪を肩口で揃えた、深い緑色の瞳が印象的な、小柄な少女だった。
大人の男性と肩を並べる長身のアニスと違い、男性に好まれる容姿の女性だ。
細く華奢な腰をしているのに、胸元は豊かだし、お尻も豊満だ。
ドレスの丈も膝上と短く健康的な太ももが、男性の視線を誘うだろう。
胸元も深くまでスリットが入り、その縁取りには細かい宝石が使われていて、それはキャンベルの少女らしい魅力をさらに増していた。
「どうしてここでこんな行為をしようと思ったの?」
「それは彼女が、キャンベルがここで愛し合いたいと望んだから」
「はあ――? なんて恥知らずなことを言うのですか、貴方は!」
アニスは常識から遠く外れたキャンベルのおねだりとそれを暴露する殿下の口の軽さにめまいがした。




