第二十三話 貴族のたしなみ
貴族のたしなみ、と言えば聞こえの良いそれは、いうなれば無慈悲な殺戮だ。
魔獣が住んでいるエリアを大勢の雇われ人たちが包囲し、徐々にその網を狭めることで、網の入り口に待つハンターの元へと誘導する。
銃口を魔獣に向け、いまかいまかと引き金を絞りたくて仕方がない、そんな狩りの熱気にあてられた人々が年に数か月だけ、その心を狂わせる時期がある。
魔猟は普段、禁止されていて特定の魔獣にのみ、ある期間だけ魔猟が解禁されるのだ。
アニスも辺境伯令嬢。
父親が国王陛下や公爵閣下たちからの頼みを受けて、嫌々ながら魔獣を追い込む役目を引きうけたのを、いくども目にしているし、その場に同席したこともある。
憐れなものだった。いわば、他人の命を大勢で弄び、最後に殺した者が喝采を浴びるゲーム。
そこしか行き場がなく逃げ場所を失い、追いかけて来る人間たちから必死に逃れようとする魔獣を、一撃で仕留める紳士のスポーツだという。
魔獣は害悪でしかなく、畑や都市部に災厄をもたらすから、害獣として処分しても問題ないという。
それが、貴族社会のたしなみ、魔猟。
なぜこんなに批判的な言葉しか思い浮かばないかというと、アニスはスポーツとしての魔猟が大嫌いだからだ。
幼い頃から敵兵たちと至近距離で命のやり取りをしてきた彼女にしてみれば、誰かの命を奪うということは、こちらもそれ相応の危険に身を置いて戦いに挑まなければ、卑怯である、という観点を持っているからである。
「サフランが王になったら、甘え倒して魔猟を永遠に禁猟化する法律を施行させようと、王妃になってからやることリストの中に挙げていたのに」
と、思わずとんでもないことを呟いて、おっとしまったとアニスは口元に手を添える。
幸い誰にも聞かれていなかったから良かったものの、内容があまりにも物騒である。
前国王関係者だと知れたら、それだけで会場に配置されている役所関連の衛兵に職務質問を受けかねない。
その辺りのことも危惧をして用意した動きやすいこの格好は、外見だけすれば、どこかの貴族の令嬢に仕える侍女、といったふうにも見えなくない。
ここからどうするのかと辺りを見渡すと、中庭の中央には白い行軍用のテントが張られていた。
夏の陽ざしを避けるために張られた屋外テントには足元部分の骨組みがむき出しになっており、屋根を支えている状態だ。
中には魔猟師教会と看板があり、その教会関係者が胸に紫色のリボンを付けて、ずらっと並んだ四十人ほどの参加者に、パンフレットと木製のボードにバネ仕掛けの金属枠で書類を挟み込むようになっている物、ついでに振ればインクがにじみ出るペンなどを併せて配っている。
アニスは早く会場入りしてしまったためか、列の最初から四番目だった。
テントの中にテーブルと簡易的な折りたたみ式のイスが置いてある。
「身分証明書を」
「えっと、はい、これ」
いかめつい顔をしてあごにちょび髭を生やした傭兵然とした男が提示を求める。
写真付きのそれを渡すと、どこかで見た顔だ、とそんなうろんな表情をしてから、彼はあっと気付いた。
目の前にいる従者風の少女は、最近、新聞を賑わせていたあの前国王の息子と共に写真が掲載されていた少女。
前王太子妃補、アニス・フランメルだと。




