第二十二話 講習会
「パトリックは四歳から十五歳まで、騎士団で従僕をしておりました。ああ見えて馬から船から、飛行船から車から魔導列車まで、騎士団が移動するために必要なものは全て扱えるようになっております。剣も弓も、銃もまたしかり」
「それなら……彼が自分でやったらいいじゃないの」
そこで老人はちょっと悲しそうな顔をした。
聞いてはいけないことを聞いた気がして、なんだか申し訳ないって気持ちになってしまう。
言い訳をするように肩を落として、ボブは寂しそうに悲し気に言葉を紡ぎ出す。
それは孫への期待とどうじにどこか諦めのようなものまで感じられた。
「孫には魔力を扱う才覚がないのです」
「……失礼な話だけどそれは致命的ね。魔猟には必ず、攻撃に魔力を載せる才覚がいる。でもなんでそんな腕を持っているのにわざわざ魔石工房なんかに入ったの?」
「孫は幼い頃から、魔石を加工する職人になるのが夢でして。成人になる十六歳の節目に、騎士団を辞めて、いまの工房に弟子入りしたのでございます」
物好きというか、なんというか。
十六歳だ。十年も従僕をしたならば、準騎士か王国騎士の最下位には任命されるだろう。
そうなれば騎士のなかでは、エリート街道を進めることになる。
自分の夢のために将来を捨ててでも邁進するその生き様に、アニスはふーん、と片頬をあげて微笑んで見せた。
「いいわ。でもその前にまず私が魔猟師の資格を取得してから、ね? 取得できたら、彼とコンビを組んであげる。それまではちゃんとした返事ができません」
「結構でございます。お嬢様の新事業の幕開けを喜んでお待ち申し上げております」
ふかぶかと頭を下げて、嬉しさを背中に背負いながら、ボブは退室した。
魔猟師? 資格試験?
「こんなひらひらのドレスを着たまま行ったら、笑われること間違いない」
馬術試合のときに履いたパンツと長袖で行こうか、と考えてはた、と気付く。
試験会場って――どこ?
このホテルからなるべくでるな、と父親からは厳命されている。
魔猟の資格を得れば外出する大義名分が立つが、それまではそうでもない。
また新しい壁が目の前に出てきた、と吐露したらボブがまたやってきて、魔猟師資格講習会というしおりを置いていった。
そこには翌日朝八時から。場所はこのホテルに隣接する射撃場と書いてある。
「用意が良すぎるのも考えものだわ! ボブったら……」
なんとなく老紳士の策略にまんまとはまった気がしたアニスだった。
翌朝になり、黒く染めた麻のパンツと、スモークグレーのシャツ、茶色のベストを羽織り、アニスは自慢の黒髪を丸く後ろでひっ詰めいかにも動きやすい服装で、中庭を訪れた。
そこには、こんな高級ホテルで催される資格試験ということもあり、やってきた人の層はほぼ、上流階級から富裕層。
一般人の姿はあまり見えず、どの受験者と思しき人々も、戦いの香りなど放っていない。
どうしてそんな人々が、魔猟の資格を求めるのかが、アニスには痛いほどよく分かっていて、ため息が漏れた。
「みんな好きですわね、本当に。趣味で鴨でも打たれていればよろしいのに」
ついうっかりそんな嫌味が口に昇ってしまった。




