第二十一話 魔猟への誘い
しかし、とアニスは半信半疑のままだ。
どうしていまパトロンの話をするのか、今一つ理解できない。
「いいのかしら? あなたには恩があるし、二つ返事で引き受けてもいいと思う。私の財力と権力が続く限りなら。でも今はその状態にふさわしくないような気がする。だって彼……あなたのお孫さんはまだ働き始めて一年も経ってないのでしょう? 他の同僚や先輩たちがいい顔するかしら?」
「パトロンとはいずれ、お嬢様の状態が落ち着いてからで結構でございます」
「……何かしら? 前振り? いいえ、違う。予約というやつなの?」
いえいえ、とボブは首を左右に振る。
もうちょっと簡単な理由がありそうだった。
「近年、魔族との戦争も増えております」
「まあ……そうね」
数年前。
あの砦を守りぬいた敵は、魔族に加担した国家の軍勢だった。
サフランの面影がちらりと胸を打つ。
この部屋の中に一週間以内に彼はいたのに……そんなことを思い出すと心臓が掴まれそうに痛かった。
「そのせいかこの王都の周辺……と申しましても、半径二百キロ圏内ですが。これまで眠っていたはずの魔獣たちが目覚めているという報告がいろいろと寄せられておりまして」
「へえ、そう‥‥‥」
アニスの心の痛みをボブが察することはない。
感情を表に出さないようにと、アニスは務めた。
サフランの死亡時ならばともかく、落ち着きを取り戻している今ならば、動揺を隠す程度は問題ない。
結論を早く述べてくれない老紳士に、少しばかり苛立ちもしたが、その間は却ってアニスの心の揺れを外に出さずに収めるのに役立ってくれた。
「そこで王国と致しましては戦える能力のある個人が、ある一定の試験を受けることにより、合格となれば魔猟を行ってもよいという、緩和令を出すことになりました。つい、先週のことです」
「ちょっと待って。それってもしかして――」
眉根を寄せて訝しむアニスに、ボブはニッコリと微笑んで見せた。
「はい。お嬢様は新しい事業を始められたいとおっしゃっておりましたし、魔猟でございましたら法律に触れることもなく、合法的にお嬢様の能力を活かすことができるかと」
「そのついでに、あなたの孫に良質な魔石を与えてやってほしい。そういうこと? 今回の仲介はそのための言ってみれば賄賂みたいなもの‥‥‥」
「賄賂などとそんな大層なことは思っておりません。孫も助かりますしお嬢様も新しく仕事を手にすることができます。双方丸く収まり、よろしいかと思われます」
大した名演説だわ。
老紳士の老獪さに、アニスは舌を巻いた。
でもそれだけでは魔猟はこなせない。
相手は一体に完全武装した兵士が数人がかりで立ち向かい、どうにか倒せるような脅威なのだ。
アニスは自分の闇属性とそのスキル『魔弾』には絶大な信頼を置いてきた。
しかし、それは対人としてだ。魔獣相手では話が違う。
「まあいいけど。でも私の闇属性のスキルは対人で効果を発揮するの。対魔獣ともなれば、それは保証できない。それに人手もいるし」
「ご心配には及びません。私も若い頃、魔族を相手に戦ったこともございます。お嬢様のスキルであれば、十分に魔獣と渡り合えるものかと」
「買いかぶりもいいところね。そうなると魔猟師の資格を受けて……人手もいるわ。最低でも一人、サポーターがいないと魔猟はできない」
そこの抜かりもございません、とボブは言った。
なんだか嫌な予感がしてまさか、と尋ねてみる。




