第二十話 パトロン
エリオットは丁重に魔石を包んだ箱を持ち上げると、礼儀正しく一礼して退室する。
その様を見て、祖父は孫に満足そうな視線を見送っていた。
アニスは部屋に残ったボブに意味ありげな顔をして見せる。
用件はそれだけ? とそんな顔だ。
老紳士は孫を紹介したいだけで、ここまでしてくれたのだろうか?
いや、そこにはもっと深い思惑があるような気がした。
「エリオットはまだまだ駆け出しでございましたら、原石を調達することもままなりません」
「え? 原石……ああ、魔獣の体内にある魔石のことね。それなら業者市で買えるのではなくて?」
なんとなくアニスは投げやりな返事をしてしまう。
そんな誰が用意しても手に入るようなもののために、力を借りたいというのは、考えが足らないと言わざるを得ない。
天井に取り付けられて、緩やかに回る大きなファンが運ぶ爽やかな風に頬をくすぐられ、気分を良くした彼女はここまで世話になっているのだから、もう少し話を聞いてみるかという気になった。
「業者市の物は各店ごとに仕入数があらかじめ決まっておりまして」
うん? ということは、店の中で取り合いになる?
もちろんその場合、上にいる者から順繰りに良質な魔石を手にできることになる。
エリオットは新人もド新人だ。
そんな彼に例えば、SからEまでのランクがあるとして、中間ランクのCほどの輝きと品質をもつ魔石がやってくることは、これから先、数年あるいは十年はないだろう。
そして、魔石は加工していなければ、一般人は触れることも、所有することも許されない。
魔石は一種の劇毒物で、金や銀、その他の宝石類と紋章と呼ばれる魔法を刻印することで、その毒素を消滅させることが可能だ。
原石からは瘴気がふんだんに溢れ出てしまい、近寄るだけで人に幻覚や嘔吐などの症状をもたらす。
死んだ魔獣から瘴気が漂い、辺りが負の世界へと変化するのは、ひとえに魔石が浄化されていないことから起こる現象だった。
「でも、その見習いから始める覚悟でやっているのだから、良質な魔石を手にできないのは、仕方ないのではなくて? そこにボブが手を出したら、彼の職人としてのプライドを踏みにじることになるのではなくて?」
「お嬢様だけがそのように為さるのであればそうなのですが」
私が?
私は彼に便宜を図ったりしないわよ。そう言いかけて止めた。
「パトロンになってやって欲しい。そういうこと?」
「噛み砕いて申しますとそういったことになります」
ボブは意図を察してくれたことに嬉しそうな顔をした。




