第十八話 外商部
ホテル・ギャザリックの外商部から派遣されてきた男性は、灰色のスーツを着こなした、黒髪のいかにもやり手と感じさせる人物だった。
淵なしの眼鏡をかけた彼は、アニスが応接間のセーブルの上においた魔石板を、見て驚いていた。
「これほどの大きさな一枚岩はなかなかありませんよ、お嬢様」
「私が好きで持ちこんだわけじゃないもの。父親の贈り物なの」
「……なるほど」
もしかしたら、あの不正をしていたという、海運王から没収した財産のなかにあったのではないか、と訝しんでしまう品物だった。
そうだと確認をしたわけでないが、曰くつきの品だとしたら、手元に置いておくのはトラブルも予測できる。
さっさと処分してしまうのに、越したことはなかった。
「これは一度、お預かりをして専門家に資産価値を見積もらせる必要があるかと」
「いますぐに売却はできないの?」
「市場には需要というものがありまして」
つまり、買い手がいない商品は、売れないということだ。
だが、ボブは魔石市場の価値が高騰していると言っていた。
そんな売り手が有利な市場で、買い手がつかないという判断をここで下す、外商部の彼は本当に有能なのか、と首をかしげてしまいそうになる。
ニコルソンと名乗った彼は、仲介してくれたボブの話では、やり手のバイヤーだといった感じだった。
片手で眼鏡のただす彼の仕草には、もったいぶったところがなく、魔石の売買には素人のアニスにも分かりやすい説明で理解してもらおうと、心がけているのがよく分かる。
「今すぐに売れなくてもまあ困ることはないけれど。でもあまり長く手元に置いておきたくはないの」
「……それでしたら、この魔石を担保として、銀行から融資などを受けられた方がよろしいかと」
「担保? 融資を受けるとしても、その魔石の価値が、いまより落ちたら、借りている額より多くの負債を背負うことになるじゃない」
価値がいまよりも上がるなら、銀行は喜んで、より多くの金額を融資することだろう。
逆に価値が暴落したら、その魔石を売り払った上に、融資した金額に足らずの分を要求するはずだ。
この若さで、借金持ちになることは避けたい。
ギャンブルを進められているようで、あまり気乗りはしなかった。
「あくまで負債を返せなくなった際の処置となりますので。お嬢様の実家、伯爵家の資産状況などを改めて調査する必要がございますが……」
と、アニスはそこで言葉を遮った。
「実家に、お世話に、なりたく、ないの!」
「左様でございますか……」
「ボブから、魔石が高騰していると聞いたわ」
「それは確かにその通りです。今販売してしまっては、もしこれ以上の価値がついた場合に、本当ならば手にすることができる利益を見逃してしまうことになります」
「……あなたは外商部の人間じゃないの? 私に投資を勧めてどうするの。私はこれを売却できるかどうかって訊いているだけ」
「その問いには、我が外商部の受け持ちではなくなるため、正確なお返事は後日となります」
「他の部所を通じて売却するってことね?」
「その通りです。このホテルの中には、魔石を宝飾品として加工し、売り出す店が入居しておりますので」
これだったら、最初から、その店を通じて話をした方がいいのに。
ボブの職務として、顧客から資産売買などの提案があった際には、外商部の人間を通じるように言われているのだろう。
そうでなければ、あの老紳士が、こんなまどろっこしいやり方を紹介するはずがない。
それとも――。




