第十七話 就職困難
お願いがあるんだけれど。
アニスがそう言い、ゲストアテンダントも元を訪れたのは、それから少ししてのことだ。
その手に包みをもって彼女はやってきた。
あの包装紙に包んだ、大きな魔石をテーブルの上に置かれて、ゲストアテンダントは目を丸くする。
「お嬢様! このような高価な品物をここに持ち込まれても、困ります。保管ですか?」
「いいえ。売れないかと思って」
「売る……こんな貴重な品物を?」
「ええ。さっさと処分しておきたいの」
なんの未練もないようにアニスは告げた。
ゲストアテンダント……机の上に置かれているネームプレートを見ると、そこには「ボブ」とだけ書かれていた。
ボブはアニスよりも背が低く、長年、この仕事を勤め上げることだけに生きてきたような、真面目さと年相応のゆとりを感じさせる瞳をした、六十代の男性だ。
自分の無理難題もどうにかしてくれるに違いないと、アニスはまだよく知らない彼を頼ることにしたのだった。
あの殿下の一件で、彼は無償の優しさを寄せてくれたから。
それは老人が孫にしてやるような、そんな優しさだった。
すがるような目で自分を見てくるアニスを見て、ボブはうーん、と一計を案じる。
「魔石の市場はいま高騰しておりまして。いえ、自分がその専門家ではありませんが、孫がこのホテルに入っている宝飾店で働いておりますから。よく耳にしますもので」
「お孫さんが……」
「ええ、今年、十八になります。学院を卒業したばかりです」
「そうなんだ。販売を為されているの?」
「いいえ、孫は魔石を装飾する職人になりたいと、そう望んでおりまして。いま弟子入りがようやく叶い、工房に入ったばかりです」
脳裏で孫のことを思い出しているのだろう。
ボブは穏やかな顔つきをしてそう言った。
アニスは深い絆がこの家族にはあるのだと分かり、どこか憂鬱な気分になった。
それが表情に出たのか、老人はなにかに気づいたようになり、そっと話題を変えた。
「このような品物を最初からお持ちでいらしたのですか」
「いいえ。いえ、まあ、そうね……。もうしばらくここに滞在したいと思って」
「ありがとうございますお嬢様。ホテルを代表してお礼を申し上げます。しかしこれほどの大きさともなりますと、やはりなかなか買い手が見つかるまでに時間がかかる可能性がございます」
「そう……。どれくらいかかるかしら」
「詳しくは担当の者を呼んでからでないと分かりかねます。このホテルにはデパートも入っておりますので、そこの外商部のバイヤーを、お嬢様の部屋に向かわせることにいたしましょう」
「そうしていただけると助かるわ。あと質問なんだけど」
「なんでございましょうか?」
その質問はボブを驚かせた。
彼の声が裏返る程度には。
「いろいろとあって、伯爵家にもどれないの。ああ、戻りたくない、といったほうがいいかしら。だから、今借りてる部屋を使って、なにかビジネスを始めたいの。それは可能かしら?」
「は? ビジネス……でございますか? 確かにホテルの一室を数年単位で借りきり事務所とする方もいらっしゃいます。しかしお嬢様一体どのようなビジネスを?」
「うーん。私の特技を生かせたらと思って」
「特技とは、もしかしてとは思いますが。まさかあの……」
「そう、あの魔弾を、ね」
「……ま、まずはこの魔石の換金を考えましょう。それから……」
「お任せするわ」
アニスは条件を伝えれて満足だった。
ボブはとんでもないトラブルを抱え込んだ気がして、胃の辺りがちょっとだけ痛くなりそうだった。




