第十六話 烈女は戦場を選ぶ
それも、親すら娘を出世の為に利用しようなんて。
直接、耳にするだけでも怖気が立った。
「私はお父様の娘だけど。あんな惨い行いをするような男性のもとに嫁ぎたいとは思いません」
「俺もその方がいいと思う」
「はあ? だって、いま道具になれって!」
「それはあくまで貴族としての話だ。親としては娘に自由に生きて欲しいと思う。サフランが死んだことで、お前が王家から受けていた恩義はもう消えた。後は好きに生きていいってことだ。表立った支援はしてやれんが……」
「結構です。冒険者でも、傭兵でも、賞金稼ぎでも。どうやってでも生きていく自信はありますから!」
おいおい、と父親は画面の向こうで呆れていた。
アニスの戦闘能力の高さを、まだフリオは知らない。
それをサフランの前では出すな、と教えてきたし、あの砦の一戦はたまたま生き延びれた、ということにしてある。
そんな血生臭い生き方を親が望むはずもない。
普通の女性としての幸せを掴んで欲しかった。
「お前な? もっと淑女らしくだな。元王太子妃補の経験を活かして、貴族令嬢に作法を教えるとか。宮廷詩人たちに褒められた、詩歌の才能を生かして、生計を立てるとか。もう少しこう女性らしく生きる方法は思いつかないのか?」
「生まれてからこの方、ずっと戦争と争いの中で生きてきた私になにを求めているんだか! たった、十六歳の小娘に、砦一つを与えて籠城戦をやらせたのはどこの誰よ」
「いやいいから話をちゃんと聞け。独立したいなら好きにすればいい。俺は辺境伯だが爵位は侯爵と同じだ。必然的に娘であるお前の爵位は伯爵になる。独立するなら女伯爵として、生きることもできる。それなら宮廷でも――」
「ですから! ……もう政治の世界に巻き込まれたくないのです!」
思いの丈を叫ぶ。
その意志の強さに、伯爵は鼻白んだ。
ならばどうやって生きていくというのか。
まさか、労働者をやったり、護衛や傭兵や冒険者になるなんて選択肢は――この娘ならやりかねない。
彼の頬を一筋の汗が伝う。
「身の振り方を決めてまた連絡をくれ。こちらはいつでも、誰かが対応できるようにしておく」
「決めたら多分、連絡しないと思います」
それは娘からの縁切り宣言に近い。
伯爵はいよいよ慌てた。
そんなことになったら妻に殺されてしまう。
魔族よりも恐ろしい妻に。
「そっ、ちょっ、待てよお前。いきなり親子の縁を切るとか、いきなりすぎるだろ!」
「……嘘ですが」
「なんて娘だよまったく……親をからかうんじゃない」
「身の振り方はどう決めるかはまだ分かりませんが、落ち着いたら連絡することにはします」
「必ず連絡してくれよ。あとこっちから本当に贈り物がある」
「贈り物?」
これ以上とんでもない爆弾をまた放り投げられるのだろうか?
嫌な予感がしてアニスは頬をヒクつかせた。
「箱の底にあるモノを隠してある。当面はそれを切り崩すなり、売るなりして、まずは生活しろ。なるべくならそのホテルは出ない方がいい」
「後から見ておきますわ……それでは」
父親がまだ何かを叫んでいた気がするが、それを無視して、ガチャリ、と受話器を置いた。
木箱の底を再度改めると、それは二段底になっていて、下には金貨や銀貨が詰まった革袋が十数個。
それだけでも、このホテルに数年は泊まれそうだった。
あとは――巨大かつ、純度の高い魔鉱石の一枚岩がどどんっと、そこに鎮座している。
重さの大半は、これが原因だ。
「これ一枚だけで、生涯この部屋で暮らしてもお釣りが来そう……」
なんだかんだ言って父親は父親として娘を心配してくれているのだ。
遠回しに彼の同志である、国王となったフリオの策謀から娘を守ろうとしてくれてもいる。
こうなってしまうとその言葉に甘えるのもなんだか悪い気がする。
四年ほど戦いから離れていた。
自分の腕はまだ現役時代のままに、戦えるだろうか?
淑女らしい生き方なんてアニスはちっともやる気が起こらないのだった。




