第十四話 スパイ
連絡先を見て、アニスはさっさと魔導具に魔力を込め、その番号をテン・キーで打ち込んだ。
リンリンっと軽やかな鈴にも似た音色がなり、やがて、ガチャリ、と受話器を持ち上げる音が聞こえる。
魔導具は長方形の箱の一番上部がやや下り坂になっていて、台形に近い。
その右下には数字が1から0まで並んでおり、その上には通話用の受話器があった。
隣にはパネルがはめ込まれていて、それがほぼ前面のすべてを占めている。
そこに映ったのは、まだ四十代前と若い、アニスとよく似た瞳を持つ、金髪碧眼の男性だった。
「連絡してくるな、と書いてあっただろう?」
「なっ!」
開口一番、娘の行動の浅はかさに呆れるように彼、 オルティノ・グレイムスことフランメル辺境伯レットーはやや長めのため息をついた。
直情径行な娘のやることなど、すべてお見通しだ。
そんな顔をしているものだから、アニスは余計に腹が立った。
こちらも文句を言い返してやろうと、受話器に口を当てて、大きく息を吸い込むと叫んでやる。
「こんなバカな話、二度も三度もあってたまるもんですか!」
「バカな話とはなんだ? 娘を心配して俺がしやった気遣いに、おまえ、何か文句でもあるのか?」
「……! そのやり方が、見え透いていて、気に入りません! まるで連絡して来いとでも、言っているかのようだわ」
「俺はこっちから連絡するまでこの魔導具を大事に、常に手の届く場所に置いておけという意味であれを書いたんだ」
「だったら連絡を待て、と書けば良いではないですか! 戻ってくるな、なんてどういう意味よっ! ……こっちはいろいろとありすぎて、もう不安で不安で……」
と、サフランと付き合うようになってから覚えた、宮廷所作の一つ。嘘泣きを敢行してみる。
しかし、それはあっさりとバレてしまった。
「お前が不安になったときは、とにかく食べて飲んで胃の調子悪くしてさらに寝込むんだろ」
「――――っ!」
「俺が何年、お前の親をやってると思ってんだ。父親だぞ、簡単に騙せると思うなよ」
「そんな……。だって、父親だと語るなら、さっさと駆けつけて、あの馬鹿を殴ってくれたって良かったじゃない……」
そうすればもしかしたら彼だって。
幽閉か追放にはなったかもしれないけれど、見せしめのようにその命は儚く散らすこともなかった。
などと続けようとしたら、それもあっさり看破された。
「フリオ陛下が長い時間をかけて用意した計画だ。俺はお前を巻き込まないように随分と骨折ったんだぞ」
「そんなこと、誰も頼んでない……」
「今更こんなことを言うのはあれだが、サフランはお前にふさわしくなかった。もちろんそういうことを決めるのは当人同士だが、傍目から見てもあいつに対して理解をしている年上女房を気取っているように見えた」
「そんなこと今はなにも関係ない……」
分かっていたのなら早く忠告して欲しかった。
亡き婚約者に、心の底から、身体までも許してきた自分が、愚か者みたいではないか。
自分自身がそれを理解できていなかったからこそ、実の親であるレットーに諭されるのは辛い。
それも、父親とは年に数度会うか、会わないか。
その程度しか、顔を会わせる機会は少なかった。
近くの他人よりも遠くの家族、か。
むしろそれだけの心配を両親にかけてきたことを考えると、逆に申し訳なさが生れてくる。
でも、待って、とアニスは考えた。
数年前から第二王子様は周到な準備をしてきた、と父親は語る。
ならば、どうしてもっと早く教えてくれないのか。
もしかして――。




