第十二話 死者への追悼
愚かしいことだと思いつつも、そうするように決断したのも自身だと思い返す。
ここで負けるよりも気高く立つべきだと、心はアニスを励ましていた。
そうだ、あの時のように。死と隣り合わせにありながら、砦を守り抜いたあの時のように。
男に利用される女だけで終わってはならない。
まずは父親と連絡を取ることだ。そのためにもこの数日間の間、遮断してきた世間のことを知らなければならない。
呼び鈴を三回鳴らす。
それはベル自体が通話機となっていて、あちらにいるゲストアテンダントと会話を望むという合図だった。
「お久しぶりでございます、お嬢様」
あの日に対応してくれた彼がそこにいた。
「こんにちは。今日は晴れていていい気分なの。最近お断りしていた新聞を読みたいのですが」
「新聞でございますか。いいニュースはたくさんございますが、悪いニュースはあまりないかと思われます」
彼の言うちょっと捻った返事に、アニスは首を傾げた。
今の自分にとっていいニュースなんてものはほとんどないはず……?
それでもいいから運んでほしいと伝えたら、彼自身が数日分の新聞を抱えて扉をノックした。
「王都と、辺境と、半島辺りで発行されています新聞も、取り寄せてございます」
「辺境? どうして半島なんて」
「読んでいただければわかるものかと」
ありがとうとだけ告げ、そっと扉を閉じた。
リビングルームに戻り、自分で紅茶を淹れる。温かいそれは、アニスの心を癒し素晴らしく気分が良くなった。
彼から聞いた通り、新聞を日付ごとに古いものから順に読んでいく。
ここ数日間の間に何が起こったのかがありありと手に取るようにわかるようだった。
「第二王子が王権を奪取。旧国王政権は解体。
新国王政権は新たなる道へと……そんな。
王太子サフラン、騒乱罪でホテルを追い出され、ホテル側から損害賠償請求される。
共に同伴していた女性は海運王の娘か……。
フランメル辺境伯、リッテローザにて海運王の違法行為を暴く。
十数年に及ぶ密漁と密輸現場が相次いで検挙。海運王の爵位および財産は没収に……なんてこと!」
それ以外にも様々な驚くべきニュースが日を追うごとに連れて紙面を賑やかしていた。
アニスが世間から離れ、酒や暴食で孤独に寂しさを紛らわしている間、世の中は凄まじい速度で変革を迎えていたのだ。
そして海運王とその娘が罪を問われて投獄され、前国王との癒着が明らかになり――。
「前国王テーオル殿下、前王太子サフラン殿下。罪を問われ断罪に……」
王族の特権を利用して海運王を庇護し、その権益を享受してきた罪で前国王とサフラン及び、その兄弟姉妹が、それぞれ国内外に追放されたり、王族が入ることになる監獄島や監獄塔へと収監されたとあった。
驚きなのは二人の処分。
サフランが心底嫌っていた第二王子フリオは、前王の血が残ることを余程、嫌ったのだろう。
前王室に連なる者をほとんど処分したといってもいいその処断の仕方は、苛烈を極めていた。
前王と前王太子は、政権が交代したほぼ翌日に、断首刑に処されているのだから。
もしかしたらそれほど、王国に深々と犯罪の根が食い込んでいたのかもしれない。
「フリオ様とお父様が手を組んだって。そういうことかしら……こんな時期に婚約破棄されていたなんて、なんて運命の悪戯なのよ」
婚約破棄をされていなければ多分自分も首を刎ねられていただろう。
人生というのは恐ろしいものだ。
たった一つ、歩く道を間違えればそれだけで何もかもが狂ってしまうのだから。
自分にひどいことをした相手が断罪された。
それはざまあみろと言いたいが、しかし彼らは罪を償ったと言ってもいい。
死者を罵り、嘲ることは、生きている者がするべき賢い行いではない。
たまたま断罪されることから免れた自分は、彼らの死を今は悼むべきなのだろう。
そう思い、アニスは二人の冥福をそっと祈った。
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