第十話 魔弾
そのまま、室外へと連行されていく彼らは、まだ自分の立場を弁えず、廊下を去るまでうるさく騒いでいた。
「おい! なんだこの扱いはふざけるな! 僕はこの国の王太子殿下だぞ? 王族たる僕に下賤なおまえたち平民が触れることなど、おい! 訊いているのか、覚えていろよ、アニス! このままでは済まさないからな!」
「ちょっと待ってよ私関係ないのにー! 殿下ー!」
「うるさい奴らだ。ホテルの外まで連行するだけださっさと歩け!」
下賤な平民なんて言われたら、誰だって丁重なもてなしをしたくなくなるのは、当然ではないか。
騒がしい連中が消えていなくなるとアニスは先ほどまで腰を下ろしていた椅子に、深々と身体を埋めて泣き出していた。
こんなはずじゃなかった。
彼のことを愛していたし、もっともっと良い家庭を築けるように努力したかったのに……。
涙が溢れて止まらない。
左右から一つずつ止まらないそれを拭くように、ゲストアテンダントは胸ポケットに差していたハンカチを差し出した。
「お嬢様。問題児たちは去りました。しかしこのままではお嬢様の身にも、陛下のお力が及ぶでしょう。どうか一刻も早く、ここを立ち去るべきかと具申いたします」
「どうかしらね。あの馬鹿殿下だもの、もうそろそろ、足元を掬われることになるんじゃないかしら」
「当ホテルにご滞在されていらっしゃる間は、わが社とわが社のオーナーがお嬢様をお守りするでしょう。しかしそれにも――」
そういえばそうだった。
ここに滞在する費用はすべて王家の財産から賄われているのだ。
自分で持ち込んだ宝飾品や財産として与えられた私財をすべて投じれば、まあ、十年は暮らせるだろう。
その後にどうなるかは、まったくもって予想がつかない。
「お父様に連絡取ってみるわ。ありがとう」
「いいえ、どうかこれからも良いお付き合いをお願いしたいと思います」
王太子殿下に海運王の娘。
その二人を敵に回してこの国で生きていくことは果たしてできるのだろうか。
アニスの前には大きな暗雲が立ち込めていた。
「ところで一つご教授願いたいのですが」
「何かしら?」
「この椅子に深く刺さった編み棒。どのようにして、行われたのですか?」
「それは、その――」
説明するのが面倒くさいので、アニスはゲストアテンダントを伴い、裏の庭へと歩き出た。
適当に開けた場所に適当に大きそうな岩を見つけ、適当にそこいらで拾った小石を親指と人差し指で挟んで見せる。
「これを、こう!」
「ををっ……?」
シュダンっ!
と、音が連続した。
合計で四回。四つの小石が、岩肌にめり込んでいた。




