第九話 治外法権
恐れながら、と老人は再度、質問する。
「ご冗談を。それよりも何が起こったのですか?」
「その前に一つ確認なんだけど」
「なんでございましょう?」
「このホテルのスイートルームが設置されている階は、諸外国の名士が訪れることもあるから、ここで何か起きたとすればどんな法律が適用されるのかしら?」
奇妙な質問だと老人は考えた。
室内には部屋の主と、その婚約者。
そして、不明なしかし殿下がその肩を寄せていることから、王族関係か貴族の令嬢だと思われる女性が一人。
人間の力では不可能なはずの編み棒が数本、硬い樫製の家具に深々と突き刺さっている。
そして、部屋の主。アニスの顔は怒りで紅潮しているようだ。
よくある男女の痴情のもつれかとも彼は思った。
「法律という意味で申しますならば、治外法権の場所となりまして。このホテルの土地でございますので、ホテルを所有するオーナーの国の法律によって裁かれるものかと思われます」
「そうなのね。じゃあもう一つ質問なんだけれど。ああ、サフラン。先程のあなたに聞いて頂きたい望みなのですが、回答していただかなくて結構です。この部屋にあなたが入ることを本日私は許可しましたか?」
「……何? いいや、僕は王族だ。婚約者がいる部屋に立ち入って何が悪い?」
「あと一つだけ。彼女、キャンベルがこの部屋に入ることを私は許したかしら」
「それはない。僕が許可をして同伴した」
「そういうことなんだけど」
にこりと微笑んでアニスは老人に回答を求めた。
何だどういうことだ説明しろ、とサフランが喚くのをよそに、ゲストアテンダントはアニスが求めていた返答を返してくれた。
「その場合でございますと、この部屋は一時的にとはいえ伯爵令嬢様に当ホテルから貸出をさせて頂いております物件となりますので。所有権は只今伯爵令嬢様にございます」
「つまりどういうこと?」
「治外法権が適用されますので、この国の王族専用の法律は適用外となります」
「じゃあ彼らは」
「住居不法侵入、騒乱罪、暴行傷害罪も適用されるのではないでしょうか。このような編み棒がふかぶかと突き刺さるほど、抵抗をされた証として見ることもできますれば」
「なるほどね。じゃあ私は彼らを訴えます。気が狂いそうになるほどの酷い目に遭わされてこの身が汚されるかもしれないという恐怖に襲われました」
「かしこまりました!」
おい、というゲストアテンダントの合図と共に、サフランとキャンベルが警備員に取り押さえられた。
王太子も海運王の娘もここではただの人、だ。
その光景は見ていて清々しいものを感じる。




